第24話 レジーナの正体

 小神殿の周囲は異様に静まり返っていた。

 本館や周囲の貴族街は、突入した騎士団による制圧戦が行われており、悲鳴や剣劇の音、魔法を放ったのか、たまに爆発音などが聞こえてくるが、ここはそれらの喧騒がまるで嘘のようである。ドアを開けて中に入ろうとすると、エヴァから制止された。


「待って、ここから先は魔族との対戦よ。守護魔法をかけるわ」


 そう言うと、俺とセリアの二人の前に立ち、錫杖を地面に立てて祈りをささげるようなしぐさの後、魔法を唱えた。


光聖鎧アイギアス・ルークス!」


 その言葉と共に、俺たちの身体が淡く光始める。


「それで闇魔法からの攻撃をいくらか軽減できるわ。完全に無効にできる訳じゃ無いし、時間的には30分くらいしか保たないから、気をつけて」


 例えその程度の時間であっても、有るのと無いのとでは大きな違いだ。


「ありがとうな、エヴァ。ホント、お前は大した奴だよ」

「そ、そう言うことは勝ってから言うこと」


 プイっと横を向いてしまった。いつもこうなら可愛いのに、と思ったらこちらの視線に気づいたのか、文句を言ってきた。


「だいたい、あんたは常日頃からもっと私を敬いなさい! こんな時だけじゃ無くて。扱いがぞんざいすぎるのよ!」

「へいへい、ごめんな」

「エヴァ様、ラキウス、ふざけてないで」


 セリアが顔を引きつらせてる。怖いよ。


「ごめん、セリア」

「許して」


 二人で謝る。竜の騎士(仮)と大聖女を謝罪させる女、セリア。実は最強の存在か。





 キィと、ドアを開けて中に入る。中は外と同様、静まり返っている。だが、ホールの周り中にかがり火がたかれ、暗くは無い。目を凝らすと、真正面の祭壇にリアーナが両手を鎖で縛られているのが見えた。


 近づいていくと、もう一人、リアーナの前に女性が倒れているのが見える。周囲を警戒しつつ駆け寄ると、女はレジーナだった。しかも何故か服を着ていない。ガントレットやブーツは履いているが、いつも着ていたボンデージ風の服がどこにも見当たらない。訳が分からないが、相手が相手なので、目を逸らすわけにいかない。注意深く近づいて、倒れているレジーナの首に手を当てたが、脈が無い。女性陣の手前、お行儀は良くないが、裸の胸に耳を当てる。やはり心臓が動いてない。


「死んでる」

「本当?」


 セリアに聞かれたが、死んでるものは死んでいる。レジーナとの決着をつけようと思ってきたが、何故か死んでしまった? だが、そんな俺の考えを吹き飛ばすようにラーケイオスの声が響いた。


『気をつけろ、騎士殿。最悪の事態だ!』

『最悪?』


 だが、ラーケイオスと最後まで話す前に、リアーナが目を覚ましたのか、うめき声をあげた。


「リアーナ様、大丈夫ですか」


 リアーナに駆け寄ろうとするが、何かおかしい。あれ、リアーナってあんな服着てたっけ? 確か白地に金糸の刺繍の入ったローブを着てたはずなのに、今はその上からどす黒い、どこか有機的な感じのする服を着ている。胸の所などはまるで獣の手にも見えるような胸当て。これはそうだ、レジーナが着ていた服に似ている? その時、リアーナがカッと目を見開き、哄笑した。


「アハハハハハ!! 最高だ! 最高の身体だ! 無限に、無限に魔力が湧いてくる!」


 そう言うと腕に巻き付いていた鎖を引きちぎり、立ち上がった。


『最悪だ! 巫女殿の身体が乗っ取られた。敵は憑依型の魔族だ!』

『憑依型?』

『人や獣に取りついて操るタイプの魔族だ。恐らくそこに倒れている女も乗っ取られていたのだろう』


 確かに最悪極まりない。俺はエヴァとセリアに事態を伝えると、リアーナと向き合った。


「お前は誰だ? レジーナなのか?」

「ああ、坊やか。違うぞ。レジーナと言うのは、そこな器の名前。我が名はアスクレイディオス! かつてこの地を治めし72柱の魔族が一柱だ!」


 そう言うと、リアーナの姿をしたアスクレイディオスは、無造作に手を上に払う。わずか、そのしぐさ一つで、神殿の壁が外にはじけ飛んだ!


「俺と戦っちゃいけないんじゃ無かったのか?」

「許可が下りたのさ。今度は手加減しないからね。行くよ」


 そう言うと、アスクレイディオスはふわりと宙に浮いた。かと思うと、空中に無数の魔法陣を描いていく。何という魔力。巫女の身体を得たことで、これほどの魔力を展開できているのか。


 このままでは、魔法陣から放たれる魔力に押し切られる。その時、エヴァが錫杖を地に立て、魔法を唱えた。


神聖領域サンクチュアリ!!」


 すると、周囲に光のカーテンがかかったようになり、無数の魔法陣が消えていく。これまた規格外の大聖女の魔力。巫女の身体を乗っ取った魔族の魔力を打ち消すと言うのか。だが、苦しそうだ。


「アデリア様だって、テレシア様とは恋愛バトル以外の戦いしたこと無いって聞いてるのに、何、この罰ゲームぅ!!」

「忌々しき大聖女よ。また、お前か」

「何言ってんの! あんたとは初対面よ! 私はアデリア様じゃ無ーい!」


 アスクレイディオスからするとエヴァもアデリアと同様に見えるようだ。これは、ラーケイオスが言っていたように魂の色が同じと言うことなのかもしれない。だが、そんなことを悠長に考えている暇は無い。


「来たれ、わが眷属! 憎き大聖女を犯し抜いて殺せ! ひとかけらの尊厳も残さぬよう徹底的にな!」


 アスクレイディオスの声に応えるかのように地から無数の影が湧き出て来る。影は獣のような形を取るとエヴァに殺到した。それにいち早く反応したのはセリアだ。聖剣リヴェラシオンを振るうと、次々と影を屠っていく。流石だ。彼女に来てもらって良かった。俺一人では、この数の影を相手に、エヴァを守り切れなかっただろう。


 一方、俺も龍神剣アルテ・ドラギスで影を喰いまくる。だが、キリが無い。アスクレイディオスを倒さなければ意味が無いが、リアーナの身体を傷つける訳にはいかない。どうしたらいい? その方策を探して、俺はラーケイオスと会話を続けていた。


『ラーケイオス、あの魔族を倒す方法は無いのか⁉』

『身体のどこかに、あの魔族の核となっているものがあるはず。それを我の魔力で打ち抜けばいいのだが』

『……だが?』

『巫女殿と我のパスが回復しないうちにやると、巫女殿ごと吹き飛ばしてしまいかねん』

『マジかよ』

『それに魔族を消滅させるだけの魔力を撃つためには龍神剣アルテ・ドラギスの鍵を全て外す必要がある。つまりそなたと巫女、我の全てのパスが通ることが必要だ』

『お前のブレスで直接撃つってのは無いの?』

『大聖女やそなたの想い人を吹き飛ばしていいのならばな』

『ダメに決まってるだろ!』

『ならば、必死で巫女殿に呼びかけろ。身体を乗っ取られていても、まだ意識はあるはず』


 おいおいおい、そんな不確かな方法しか無いのかよ。だけど、迷ってる暇はなさそうだ。エヴァとアスクレイディオスの魔力比べは徐々にエヴァが圧されつつある。空中の魔法陣が復活してきていた。あれが一斉に発射されたら、全ては避け切れまい。俺は龍神剣アルテ・ドラギスで喰えるとして、エヴァは、何よりセリアはどうなる。ええい、自棄だ。聞いているかもわからない巫女に大声で叫ぶ。


「目を覚ませえええ、リアーナ!!」

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