第23話 突入
「静かですね」
「うん、妙ですね」
テシウスの屋敷に忍び込み、様子を伺いながらクリストフと状況整理をしている。
事前に入手していた見取り図のおかげで、侵入にさほど苦労は無かった。アデリアーナ郊外から街への侵入も、身体強化が使えるメンバーに苦労は無い。俺やセリアに至っては
話をしていると、ちびラーケイオスがパタパタと戻って来た。彼には、その小ささを活かして偵察をしてきてもらっていたのである。
『皆、逃げ出しておるようだな』
『逃げ出して?』
『ああ、殆どもぬけの殻だぞ』
皆が逃げ出しているらしいことを伝えると、クリストフはそういう事かと頷く。
「今回、アデリアーナに立て籠もったのはテシウス派にとっても想定外だったんですよ」
「想定外?」
「ええ、拘束した主要メンバーの証言によると、昨日アルシス殿下一行を監禁したうえで、素知らぬ顔で王都に戻り、今日、王都で蜂起する計画だったようです。それを君たちからの連絡で我々が先手を打ったために王都に戻れず、アデリアーナに立て籠もる羽目になったようですね。自領に王国軍が向かっている領主貴族たちは気が気じゃ無いでしょうし、それは脱落者も出て来るでしょう」
そう言う事か。なんか報告するまで色々時間かかったような気がするけど、それでも間に合ったんだな。ただ、そうだとしても王国軍の反応が早い。それを指摘すると奥歯に物が挟まったような回答が返ってきた。
「我々にもいろいろ情報源はありましてね。テシウス派の貴族が妙な動きをしているという情報は少し前からあって、警戒はしていたんですよ。ただ、具体的な計画は分からなかったので、君たちからの連絡は助かりました」
「お役に立ててよかったです」
「ええ、今回の一番の功績は君たちからの連絡ですよ」
テシウス派のメンバーは、リアーナが襲われたことをラーケイオスが察知できることを知らなかったのだろう。リアーナの事は心配だが、今回はそれが幸いしたと言うのは何とも皮肉なことである。
いずれにしても、人がいないのは好都合。さっさとアルシス殿下の救出に向かおう。見取り図によると、牢は地下にあるようなので、何はともあれ地下に向かう。
地下牢の前は流石に無人と言うことは無く、見張りが二人いた。こんなところでもたついて仲間を呼ばれたりなどしたくない。申し訳ないけど死んでもらう。
「
障壁などで抵抗されると面倒なので、闇魔法で一瞬にして串刺しにする。クリストフが少し驚いたような顔で訊ねてきた。
「その魔法は?」
「闇属性魔法です。詳細はいずれ」
とにかく、牢にいる人を助けなければ。だが、牢の中にいたのは、カーライル公爵ただ1人。
「叔父上!」
「クリストフ、お前か」
その呼掛けに、クリストフを従兄弟だと言っていたソフィアの言葉を思い出す。
一方、同行してきた部下が開錠を試みている間、クリストフは手短に人質の状況を確認していた。
「叔父上、アルシス殿下はどこに? その他の方たちは?」
「アルシス殿下は……殺された!」
「……本当ですか?」
クリストフの声が震えている。最優先事項だったアルシス殿下の救出。それはもはや果たせない。
「リアーナ様は? リアーナ様はどうなったのですか?」
リアーナの事が心配で、思わず横から訊ねる。
「君か。リアーナ様はレジーナと言う女が祭壇に連れて行くとか言っていたな」
「祭壇?」
「ああ、私も良くわからんが」
クリストフが素早く見取り図を確認し、潜入している本館の隣の建物を指さす。
「おそらくここです。ここが小神殿となっていますから、祭壇があるとすればここでしょう」
そうか、別の建物か。気が急くが、この次は龍神剣の確保だ。それにしてもレジーナの奴、いったい何のためにリアーナを連れて行った?
そうこうしているうちに、鍵が開き、公爵は外に出てきたが、引き続き状況の確認は続いている。
「リオン様は?」
「リオンはそのレジーナに殺された。屋敷に同行した近衛騎士10人も一緒にな。20人程屋敷に入らず待機していたメンバーがいるが、彼らについてはわからん」
「残った近衛騎士は全員ではありませんが、逃げ延びています。王都にも連絡がありました」
「そうか」
確かにテシウスが反乱を起こして立て籠もったという情報はアデリアーナ側から連絡が無いと分からない。話によると、俺達の送った使い魔で事態を知った残りの近衛騎士団は、襲撃を辛くもかわして逃げ延び、王都と連絡を取ったのだと言う。
こちらからの情報提供が役に立ったことに安堵する。しかし、アルシス殿下は救えなかった。と、そこで少し疑問がわいた。
「エヴァ、アルシス殿下ってお前の魔法で蘇生できるんじゃ無い?」
その問いに、エヴァはカーライル公爵に、アルシスの死亡時刻を聞く。それが、昨日だと言うことを聞いたエヴァは首を横に振った。
「無理。
エヴァの答えに、その場を改めて重い沈黙が支配する。その沈黙を打ち破るようにクリストフが口を開いた。
「さて、アルシス殿下が既にお亡くなりになっている以上、我々は外から突入する騎士団と呼応してテシウス殿下を拘束します。叔父上には部下を一人つけますので、本陣まで戻って下さい」
カーライル公爵を見送ると一行は上を目指す。テシウスの部屋はこの建物の3階。途中、見晴らしのいいところで、魔石灯を使った信号通信器を使い、アルシス殿下の死亡を本陣に伝える。
俺は頭の上に止まっているラーケイオスの分体に街の門の破壊を依頼した。その瞬間、アデリアーナの郊外の森から巨大な影が舞い上がるのが見えた。影はいったんはるか上空に舞い上がったかと思うと一回転して門に向かって地上すれすれを飛んでくる。その前方に魔法陣が光ったかと思うと、次の瞬間、轟音と強烈な光が辺りを支配した。
放出されたブレスは、街の門だけでなく、はるか先の貴族街の門もぶち抜き、テシウスの屋敷がある丘の一部をえぐり取ってさらに後方の山にぶつかって大爆発を起こした。辺りは真昼の太陽を超えるかのような光に照らされ、何も無くなったブレスの通り道を浮かび上がらせている。───おいおい、もうちょっと手加減しろよな。
吹き飛んだ門から騎士団が一斉になだれ込んでくるのが見えるが、俺たちは俺たちで上に向かう。この後はさすがに無人と言う訳にはいかない。ラーケイオスのブレスを受けて、下の部署と連絡を取ろうと飛び出してきたらしき騎士と階段で鉢合わせになる。
「何者だ、貴様ら⁉」
誰何してきた騎士を問答無用で切り伏せる。だが、敵は一人では無い。この後はもう力尽くだ。
「
闇魔法と風魔法の刃が廊下に詰める騎士たち5,6人の胴を一度に薙ぎ払った。それに怯んだ敵騎士たちの元に飛び込み、数人を切り伏せる。
「待ってくれ、投降する。命は取らないでくれ」
戦意を失い、命乞いをする敵の処遇をクリストフに問うが、彼は頭を振った。
「捕虜を取ってる暇はありません。どうせこいつらは大逆罪で死刑です」
そう言いつつ、クリストフは俺の肩を叩いて前に出る。そのまま、敵騎士の群れに飛び込み、全員を斬り倒した。返り血に染まった姿で振り返ると笑う。
「まあ、命乞いする敵を殺すなんて汚れ仕事は大人に任せればいいんですよ」
その後も散発的に攻撃があったが、全て切り伏せ、テシウスの部屋にたどり着いた。扉を少しだけ開け、中の様子を覗くと、ラーケイオスのブレスとその後の騎士団の侵入でそれどころで無いのか、俺達のことには全く気付いていない。
部屋の真ん中のテーブルの前に座る男が、苛つきを隠そうともせず、周りを厳しく問い詰めている。
「クリスティアからの援軍は来んのか⁉ レジーナはどこ行っている⁉」
それにオロオロと対応している男たちが二人。
「テシウス殿下の両側にいるのが、カーディナル侯爵とサルディス伯爵ですね」
サルディス伯爵と言うのはカテリナの父親のはずだ。カテリナは今はどうしているだろうか。流石に今はこの事態は伝わっているだろう。心を痛めているのでは無いか。だが、俺のそんな苦悩は知る由もない、クリストフは淡々と続ける。
「後は護衛の兵士か文官のようです。殿下と両側の二人以外は皆殺しで構いません」
怖いことをサラッと言う。だが、時間をかけていられないのは確かだ。クリストフはテシウス殿下を拘束すれば目標達成かも知れないが、俺はリアーナを助けに行かなければならない。覚悟を決め、クリストフとタイミングを合わせて部屋に飛び込む。
「何も……!」
「
何者?と問おうとした、その言葉を最後まで言わせず、向かってきた護衛の兵士たちを一気に貫く。その隙にクリストフとその部下がテシウスら主要メンバーに肉薄する。
「殿下、投降してください!」
「貴様、王子に向かって不遜。成敗してくれる!」
テシウスが剣を抜いた。が、その剣に見覚えがある。あれは龍神剣じゃ無いか。だが、宝玉も剣も光っていない。龍神剣を取り戻さなければと思った、その時、頭にラーケイオスの言葉が響いた。
『そなたとアルテ・ドラギスにはもうパスが通っておる。呼べば来るぞ』
そうだ。リアーナも呼んだだけで龍神剣は手元に飛んできたじゃ無いか。
「来たれ、アルテ・ドラギス!!」
その瞬間、龍神剣がテシウスの手を離れ、飛んできた。剣を握ると、火花を放つかのように光を放ち始める。
「何者だ、貴様⁉」
俺に問うテシウスの言葉に答えてやる。王族の権威を自ら放り投げた男。もはや敬意を払うに値しない。
「竜の騎士だ!」
「何だと!」
俺は無造作に龍神剣を振るった。もちろん、テシウスたちを狙ってはいない。部屋の外側に向かって振るわれた剣から光が伸び、壁を破壊し、窓枠を両断し、不幸にも巻き込まれた護衛騎士や文官たちを消し炭に変えていく。
「投降しろ!」
睨みつけると、テシウスがガックリと膝をついた。
クリストフとその部下たちが手早く、彼とカーディナル侯爵、サルディス伯爵を拘束していく。
その様子を見ながら、だが、爽快感や達成感は無かった。むしろ複雑な気持ちにならざるを得ない。拘束されている彼らは自業自得だが、巻き込まれた者たちはどうなるのだ。目の前でカテリナの父親が拘束されている様を見ながら、今後、カテリナに訪れるであろう苦難を思うと心が痛い。俺は彼女の言葉に何度も救われていながら、彼女を不幸に落とす手助けをしている。何て恩知らずな奴。だが、今は前に進まなければならない。彼女には後で何度でも謝ろう。
とにかく、テシウスの反乱は片が付いた。次はリアーナの救出。今度こそ、レジーナとの決着をつけてやる!
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