第26話 真実の告白

 リアーナを救出した翌日、セリアやエヴァとともに、リアーナが宿泊している宿を目指す。アデリアーナの街は、街の中央を走る大通りがラーケイオスのブレスで焼かれ、道の両脇に建つ建物は崩壊はしていないものの、熱と衝撃波でボロボロになっていた。


「あーあ、こりゃ再建に相当の時間がかかりそうだな」

「大神殿が丸ごと崩壊したファルージャに比べればマシよ。あっちは再建に20年はかかりそうだって」


 エヴァの言に、改めてラーケイオスの力の凄まじさを感じないわけにはいかない。俺が持つ龍神剣アルテ・ドラギスの力も。

 少し使っただけで分かったことがある。龍神剣アルテ・ドラギスとは、剣では無い。剣の形をしているだけのマップ兵器だ。ため込んだ魔力をまとめて放出するための武器。小さな街なら一振りで消滅させてしまうことすら可能な兵器。


 だが、肝に銘じておかなければならない。ラーケイオスの力はもちろん、龍神剣アルテ・ドラギスの力も、俺の力では無い。これはラーケイオスの力を借りているだけなのだ。そもそも、竜の騎士としての力自体、自らの努力で勝ち得たものでは無い。俺が纏っていると言う竜の魔力。その偶然の産物なのだ。竜の騎士などとおだてられ、酔ってしまわないようにしなければ。


 宿に着くと、リアーナが笑顔で迎えてくれた。昨日、ずっと泣き続けていたから心配してたけど、元気になってくれたようで良かった。リアーナは、助けてくれたことへの謝意を述べると、話し始めた。


「ラキウス君、竜の騎士となるあなたには、私の祖父、先代竜の騎士であるアレクシウスのことについて話をしておかねばなりません」


 そう切り出したリアーナだったが、突然、思いもしなかった言葉を口にする。


「あなたは、『異世界』と言うものをご存じですか?」


 ドキリ、とする。何を言おうとしているのか。いや、パスを繋いだ時に、俺が異世界からの転生者だと言うことも伝わったのだろうか。だが、続く言葉は意外なものだった。


「私の祖父、アレクシウスは異世界からの転生者でした」

「やっぱり!!」


 叫んだのはエヴァだ。だが、リアーナはエヴァを目で制すると、話を続ける。


「祖父は死の直前に、私の祖母テレシアに伝えたそうです。自分とアデリア様は異世界からの転生者だったと」


 そう言うと、俺をまっすぐ見た。


「わかりますよね、私の言いたいこと。あなたは、あなたの大事な人に伝えるべきことがあるんじゃ無いですか?」


 やはり、リアーナは俺が転生者であることを知ったのだ。そしてそれを隠したまま、自分が何者なのかを隠したままでセリアに向き合おうとしているのか、と問うているのだ。俺はリアーナに「わかった」と伝えると、セリアに向き直る。


「セリア、ごめん。君に黙っていたことがあるんだ。ちゃんと言わなくちゃとずっと思ってた。でも、どう思われるか怖くて……言えなかった」


 セリアは少し不安そうな顔をして、でも、黙って聞いてくれている。


「俺は異世界からの転生者なんだ」

「えっと……。何言ってるのかわからないんだけど」


 当然ではあるが、いきなり異世界転生の話などされても、理解などできないのだろう。彼女の困惑は一層深まったようにも見える。


「だから、俺はこことは別の世界の人間だったんだ。そこで一度死んで、この世界に転生してきたんだ」

「それって、ラキウスが別人になっちゃったってこと?」

「そうじゃ無い。別の世界で死んだけど、この世界に赤ちゃんになって生まれ変わったんだ。セリアも会った母さんから生まれてきたよ」


 それを聞いたセリアは安堵したような笑みを浮かべた。


「じゃあ、何も問題無いじゃ無い。ただ、前世の記憶があるってだけでしょ」


 いや、そう言う問題か? でも、彼女は続ける。


「だって、ラキウスはラキウスよ。私のために決闘をしてくれた時も、私を命がけで助けてくれた時も、友達になりたいって言ってくれた時も、前世の記憶を持ったままのあなただったんでしょう? だったら、前世も含めてあなたよ」

「気持ち悪いとか……思ったりしないの?」

「思うわけ無いわ。それにアレクシウス陛下も転生者だったんでしょう。あなたを気持ち悪いなんて言ったら、アレクシウス陛下も気持ち悪いのかって話じゃない」


 彼女の美しい瞳が俺を見た。どこまでも優しい微笑みと共に。


「何も変わらないわ。あなたは私の大切な友達よ」


 気が付いたら、涙が頬を伝っていた。転生者であることを知られるのが怖かった。どう思われるか不安だった。そんな不安を彼女は吹き飛ばしてくれた。これまで何度も俺を救ってくれた、その変わらぬ優しさで。


 ハンカチを取り出し、俺の涙を拭こうと伸ばした彼女の手を思わず強く握る。


「セリア、俺は!」


 しかし、その言葉は、エヴァに遮られた。


「はいはい、どさくさに紛れてセリアちゃんの手を握ってんじゃないわよ」


 バッと手を放す。いけない、俺は何を口走ろうとしていたのだろう。エヴァは俺たちを一瞥した後、今度はリアーナに問う。


「アデリア様も転生者だったんですね?」

「ええ、それが何か?」

「私も転生者だから」


 エヴァの告白に、リアーナもセリアも驚いている。


「本当ですか?」

「本当よ。そいつと同じ、日本と言う国から来たの。それにしても、どちらの時代の竜の騎士も大聖女も転生者。これに何か意味があるのかしらね」

「さあ、私にもわかりません。でも、運命と言うものがあるのだとしたら、そう言う事なのかも」


 エヴァの問いにリアーナが目を伏せる。実際、意味などあるか分からない。単なる偶然かもしれない。そうで無いかもしれない。でも、考えても分からないことを考えても仕方あるまい。


 その後、明日の王都への出立に向けて、いくつか事務的な連絡をしてお暇しようとしたら、リアーナがセリアに声をかけた。


「セーシェリア様、お話したいことがあります。お残りいただいても?」


 セリア個人に話とか珍しいことがあるものだ。彼女が残ることに同意したので、俺たちは宿のホールで待ってると告げて、外に出た。





 宿のホールでベンチに座りながら、リアーナとの会話を思い返す。今回、リアーナからもたらされた情報は驚くようなものだった。


「エヴァ、お前の予想が当たってたな」


 ベンチで横に座り、考え事をしているらしいエヴァに声をかける。アレクシウス陛下が転生者と言うことは、彼女が以前に仮説として上げていたものだった。俺としては褒めたつもりの言葉だったが、エヴァから返ってきたのは、不機嫌そうな視線。


「ロジックを突き詰めていけば、当然にたどり着いた答えよ。それより、あんた、何セリアちゃんに告白しようとしてんのよ。あんなところで告白されてもセリアちゃんが困るだけでしょ。少しはTPOを弁えなさい」

「ごめん、助かったよ」


 そうだ。俺はまだ男爵ですら無い。辺境伯に認めてもらえない立場。それを人前で告白されたらセリアが対応に困ることになる。感情に任せて行動して、セリアを窮地に追い込むところだった。


「そんな考え無しだから、セリアちゃんに往復ビンタ喰らって、リアーナ様に土下座する羽目になるのよ。いつかあんたの生涯が伝記になることがあれば、頬っぺたに手形を張り付けた竜の騎士様が巫女様に土下座する図ってのは、必ず挿絵で入れてもらわないとね」

「悪かったよ。皮肉もそれ位にしてくれ」


 チクチクと俺の浅慮を指弾してくるエヴァに降参する。そうこうしていたら、セリアがホールに降りてきた。


「大丈夫? リアーナ様と何の話してたの?」

「ううん、何でもない。竜の騎士となるあなたを支えて欲しいって言われただけよ」

「そうなの?」


 何となくはぐらかされた気がするけど、詮索するのも良くないだろう。話せる時が来たなら、セリアの方から教えてくれるだろう。俺たちは、明日の出立に向け、準備をするべく、宿を後にしたのだった。


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