第10話 レティシア再び
王宮の大広間にドミティウスの声が響いた。
「ラキウス・リーファス・アラバイン、そなたを正式に王太子に任じ、初代国王アレクシウスの聖剣、アルヴェリオンを授ける。我が王国の繁栄のために一層尽くせ」
「謹んでお受けいたします。陛下の片腕として、王国の繁栄と国民の安寧に身命を捧げる所存です」
聖剣アルヴェリオン、それは正式な王太子の証。アレクシウスの他の2本の聖剣であるリヴェラシオン、ルークス・アステリオンと同様に伝説の剣であり、この立太子の儀において王太子に下賜されるものだ。
俺は既にリヴェラシオンをリアーナから受け継いでいる。今、アルヴェリオンを手に入れ、残るルークス・アステリオンは国王に即位する際に受け取ることになるだろう。そうなれば、アレクシウスが退位して以降、初の聖剣全てを持つ国王が誕生することになる。竜の騎士の象徴たる
平民に生まれ、目的も無く貴族を目指し、セリアと出会ってからはひたすら彼女を追いかけて上を目指した。望みが叶って彼女と結婚することができた途端に王族の血を引いていることが判明し、セリアと別れずに王となるために選んだ道は、血で塗装された道だった。これから先も何千、何万という人を俺は殺めていくだろう。そんな俺が、アレクシウスの再来のような顔をして王となる。それが果たして正しいことなのかわからない。だけど、もはや迷うまい。俺の隣にはセリアがいてくれるのだ。彼女と共に俺は王となる。
その思いと共に、アルヴェリオンを持って列席者に振り返る。万雷の拍手が響く中、最前列に立つセリアと目が合った。その宝石のような蒼い瞳が潤んでいる。彼女もまた、思うことがたくさんあるのだろう。その思いに応えていきたい。
その後は、列席者からの挨拶を受ける。王族お披露目の時と違い、今回の立太子の儀は周知されてから半年ほどの猶予があった。そのため、大陸中の国から王族や王族に準じる特使が訪れている。国交を持たないミノス神聖帝国と、完全に属国となったクリスティア大公国を除いた全ての国からである。
即ち、西の隣国であるオルタリア王国。
そのオルタリアのさらに西にあるレドニア公国、ナルディア王国。
ナルディア王国の西の隣国にして大陸の西端を占める都市国家の連合体、レント都市連合共和国。
オルタリアとナルディアの南の草原地帯に位置する、遊牧民をルーツに持つサフ首長国。
レントの南に位置し、大陸南西部を占める大国、ガレア王国。
そしてガレア王国の南の対岸に散らばる島嶼国の連合体、マリス島嶼国連邦、の7か国。
もちろん、これらは主要国。それ以外、都市国家レベルの小さな国もまた、参加していた。
そうした国からの代表団の中に、見知った顔があった。白い軍装に身を包んだ女性、レティシアである。「また、近いうちにお会いしましょう」、そう言って帰国の途について1年あまり。彼女の軍服姿には変わらず、凛とした気品と美しさがあった。ただ、前回よりも少し表情が柔らかくなっている。まあ、前回は「自分を振った男の顔を見てみたい」でやって来たのだから、表情が硬かったのは仕方ないんだけどね。
「ラキウス様、王太子就任おめでとうございます」
「ありがとうございます。レティシア様もお元気そうで何よりですね」
当たり障りのない返事をしたつもりだったが、レティシアはクスっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ええ、元気で変わらず、お転婆姫をやってますよ。ラキウス様が周りの評判なんか気にする必要は無いっておっしゃってくださいましたから」
「……」
いや、何と答えたらいいのだろう。周りの列席者も戸惑っている。そもそも挨拶だから普通は、簡単に自己紹介して祝辞を述べて終わりなのだけど、これは俺とのつながりを他国にアピールすることが狙いなのだろうか。一方で、オルタリア随行団の「諸悪の根源はお前か」みたいな視線を見るに、事前に用意されていた対処方針からも外れてるんだろうな。そんな微妙な空気の中、レティシアは続けた。
「お転婆が高じて、この度、駐アラバイン王国大使の任を拝命いたしました。父から『お前はもうオルタリア国内にいらない』と見限られたのかもしれませんが、これからはお近くで仕事をさせていただきますので、よろしくお願いしますね」
「ええええええっ!!」
驚きすぎて、こんな場であり得ない叫び声をあげてしまった。王族の姫君が短期間の訪問では無く、長期にわたって他国に駐在するなんて、そんなの、自分から人質になりに来るようなものじゃ無いか。列席者も驚いたのか、周り中ざわめいている。
「ちょっと待って下さい、レティシア様。王族の姫が他国に駐在する、その意味が分かっていらっしゃるのですか?」
「あら、だって、ラキウス様は紳士ですもの。 信頼に対して仇で返すような真似をするお方では無いと、心から信じておりますわ」
そう言ってにっこりと笑うレティシアに、今日二度目の驚愕をすることになった。
(やられたっ!!)
彼女は周辺国の代表が注視する中で、自分を人質にするような非礼を働くことは無い、という言質を俺から取ろうとしているのだ。どう返せばいい? そのようなことはしない、と返すのは簡単だ。元より俺自身にそんなつもりは無い。そもそも、各国が見ている前でレティシアを人質にするつもりだと発言する選択肢などあり得ない。だが、王太子である俺の言葉は王国自体の行動を縛る。できるだけ王国の行動の自由度を確保し、かつ、外交的非礼と言われないようにする返し方は……。
「もちろんです。信頼には信頼を。あなたが私に寄せて下さる信頼に、私も最大限の誠意をもって応えるつもりです」
100点では無いが、取りあえずはこれでいいだろう。少なくともこちら側の信頼の前提として、オルタリア側の信頼という留保条件がついている。無制限にこちらの行動を縛るわけでは無い。一方、レティシアはその答えに満足そうに頷くと、さらに驚くべきことを口にしたのだった。
「ありがとうございます。私とラキウス様が固い信頼関係で結ばれていることを嬉しく思いますわ。つきましては、この信頼関係を私とラキウス様の間だけで無く、国レベルに引き上げたいと思いませんか?」
おい、こんな平場でそんなことを言ってしまうのか? そんな俺の内心の驚愕を知らないかのように彼女は続けた。
「オルタリアはアラバイン王国と同盟を結びたいと考えております。ラキウス様には、その条約締結のため、ぜひ、オルタリアにお越しください」
「ええええええっ!!」
本日2回目の情けない叫び声が大広間に響き渡ったのだった。
========
<後書き>
次回は第6章第11話「信頼には信頼を」。お楽しみに。
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