第9話 空母イシュトラーレ

 港町リヴェラ。王都アレクシアからテオベ川を下って半日強の河口に位置する街である。王都からレオニードまで行く場合、リヴェラまで船で下り、そこで船を乗り換えて向かうのが一番早い。風の調子さえ良ければ、二日程度で着けてしまう。


 また、王都に一番近い港町という立地のため、海洋貿易の品を王都に送る、あるいは王都の品を内外に送る結節点として重要な位置を占めている。ただ、その立地環境を考えれば、もっと栄えていてもいいはずだが、現状は必ずしもそうでは無い。


 その理由としてはいくつかあるが、最も大きいのは、テオベ川を船で上流に上っていくのが非常に骨の折れる作業だと言うことにある。当然ながら、この時代の船は帆船であり、川を遡上する際にも風を動力として使うが、地上の場合、風向きが安定しないこともあり、時に岸から馬を使って曳航することが必要になる。その馬の維持などに金もかかるし、遡上に時間がかかるしで、特に国内の領地から王都に物資を運ぶのはリヴェラを通らない陸路での輸送がメインになっていた。


 最近では俺の直轄領であるレオニードがオルタリアのリドヴァルと貿易協定を結んだこともあり、対オルタリア貿易のかなりのパイをレオニードに奪われていると言うのも、その原因の一つかもしれない。


 その意味では、リヴェラでの俺に対する評判は必ずしも芳しいものでは無い。だが、今はまだ構想段階だが、これに対する解決策は既にあった。ずばり、蒸気船の開発である。


 蒸気機関については、まだまだ開発途中であり、最近ようやく模型レベルで機能検証ができたくらい。今後、蒸気船に搭載するサイズに大型化して実用化するのには、あと数年かかるだろう。それでも前世における技術導入のスピードから考えると驚異的な早さで進展していると言える。


 蒸気船が実用化された場合、まず最初に投入するのは、このリヴェラとアレクシアを結ぶ航路だと考えている。実用化されたばかりの技術をいきなり外洋で使うのはリスクが高すぎる。まずは河川で経験、ノウハウを積み、その後、外洋船に適用していく。その上、アレクシア-リヴェラ間の水上交易が盛んになることは、双方の経済にとって大きなメリットがある。そう言うことでも俺はこの街に注目していた。







 だが、今日この街に来ているのは、別の理由。完成した空母と榴弾のデモンストレーション、それを閣議メンバーに対して行うことが目的であった。


 艦載機ならぬ艦載飛竜たちの船酔いに悩まされたのは半年以上前。それから訓練を重ね、ついにレオニードの飛竜部隊は晴れて船酔いを克服したのである。


 また、榴弾も完成していた。信管に関する知識などまるで無かったので、実現ははるか先だろうと思っていたのだが、この世界の技術者は魔法と組み合わせてあっという間に完成させてしまったのである。弱い発火機能しか持たない簡易なスクロールにクズ魔石を組み合わせ、魔力が流れるのを阻害する回路が着弾の衝撃で切断されると発火、爆発するという仕組みである。俺自身は全く思いつきもしなかった。異世界人やべえ。


 今日この街には、ドミティウスの他、財務卿ドミテリア公爵、軍務卿アルカード侯爵、外務卿リューベック候爵の、4人の閣議メンバーが集合している。いや、今は王太子として俺もメンバーに入ったから5人か。なお、全員が王都を空ける訳にはいかないため、宰相であるカーライル公爵は王都で留守番であるが、彼は元より俺の派閥なので何の問題も無い。


 日頃そんなVIPを迎えることが無いリヴェラの街はてんやわんやであったが、街の有力者たちとの細かい調整はソフィアに任せ、俺は閣議メンバーとともに、フェレイダ・レオニダスで出港したのだった。






 沖合に出ると、待機していた空母が近づいてくる。国内であろうと、あまり人目に晒したくないため、空母には沖合で待機してもらっていたのだ。その姿を目の当たりにした閣議メンバー全員が、その巨大さ、異様な船型に一様に驚きの声を漏らす。


「ラキウス、あれがお前の言う航空母艦か?」

「はい、陛下。船で運ぶことで飛竜の行動距離を飛躍的に伸ばすことが出来ます」

「それによるメリットは何だ?」

「戦術の幅が広がります。敵を側面や後方から攻撃することも可能になりますし、後方撹乱や補給線の遮断などにも使えます」

「なるほど。ではデメリットは?」

「そうですね。やはりお金がかかることでしょうか。空母を単独で運用するわけにはいかないので、護衛艦も含めた複数の機動艦隊を持つにはそれなりの予算が必要になります」

「その予算をどうやって捻出するつもりだ?」

「その話はいずれ。今はまず、空母とこのフェレイダ・レオニダスの大砲の有用性をご覧ください」


 予算の捻出には売上税の導入を始めとする税制改革を考えてはいるが、それを先に出してしまうと空母導入の判断に色眼鏡をかけてしまうことになる。まずは純粋にこの兵器を導入したいと考えるかどうか判断してもらいたかった。その意図を汲み取ったのか、ドミティウスは話題を変える。


「そうか。ちなみにあの船の名は何と言うのだ?」

「『イシュトラーレ』と名付けました」

「イシュトラーレ……風の女神の名前だな」

「はい、天空神の娘である女神の名です。天翔ける飛竜たちの母艦として相応しい名前かと」


 ドミティウスの質問に答えると、続いては今日のデモの概要についての説明である。


 飛竜による攻撃は最大で数十キロ先に対して行うことが可能だが、そこまで長距離だと、水平線の彼方になって、何をしているのか見ることが出来ない。したがい、今日は数キロ先の標的艦数隻に対して飛竜部隊による爆撃を行った後、フェレイダ・レオニダスの大砲で仕留めるというプログラムになっている。


 そうこうしているうちに標的艦に近づき、イシュトラーレからは飛竜騎士が次々と飛び立っていった。その数およそ20騎。彼らは一直線に標的艦に近づくと、胸部に架装した爆弾を落としていく。この爆弾は単なる爆弾でも、散弾爆弾でも無く、焼夷弾。もっとも、前世のようなナパーム剤を使った焼夷弾では無い。あくまで爆弾の周りに油を詰めたもの。燃焼効率は高くは無いが、木造船主体のこの時代の船には十分な脅威であった。


 爆弾自体の爆風と飛び散った火の着いた油により、標的艦が次々と炎に包まれていく。そこに接近したフェレイダ・レオニダスの舷側砲が一斉に火を噴いた。


 ドオオオン!という周囲を圧する大音響が響く中、発射された砲弾は次々と標的艦を捕らえていく。訓練のたまものか、撃ち漏らすことなく標的を捕らえて行く様は見事の一言。そして、新開発の榴弾は、かつてのように突き抜けてしまうこと無く、確実に相手を粉砕していく。


 デモは一瞬のうちに終わった。燃え盛りながら海中に没していく標的艦を見ながら唖然としている大臣たちに向かい、一礼する。


「いかがですか。この技術をさらに発展させ、より強力な武器を生み出していきたいと思います。今はまだ魔法の方が強いかもしれませんが、いずれ戦場の在り方を一変させて見せますよ」






 デモンストレーションとしては、まずは成功と言えるだろう。空母機動艦隊の導入の是非については、来週の閣議で諮られることとなった。港に戻り、出迎えたソフィアに、閣議に向けて、空母機動艦隊の導入に必要な予算額と、それに必要な税制の在り方、改革に伴う税収増の見積もりの試算を命じていたら、隣にリューベック候が立った。


「殿下も策士ですね」

「……何が言いたい?」

「いえ、空母機動艦隊の導入など、殿下の目的からすると二次的なものでしょう? 魔力に頼らない軍事力の確立と、その予算獲得名目での税制改革によって貴族から徴税権を引き剥がす。レオニードやクリスティアで行った改革を見ればわかりますよ。あなたの真の目的は貴族の弱体化と王権の拡大。違いますか?」


 驚いてしまった。リューベック候の言ったことは、まさに俺の考えていたことだ。だが、俺はその考えをごく限られた、信頼できる人間にしか話していない。独自にその考えにたどり着いたのであれば、恐るべきことだし、もし敵に回られると厄介である。そんな思いで不審の目を向ける俺に、彼はフッと笑みを浮かべた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私は味方です。閣議の方も心配いらないでしょう。少なくともドミテリア公爵は、あなたの考えを理解した上で味方に付くでしょうし、アルカード侯爵もあれだけの威力の兵器導入に反対するとは思えません。彼にはあなたの考えを見抜くだけの頭も無いでしょうしね」

「卿が味方に付く理由は?」

「その方が面白そうだから、と言うのは半分冗談で半分本気です。まあ、外務卿としても、強大な軍事力は望ましいですしね。軍事力の後ろ盾が無い外交など無意味ですから」


 そう言うと、こちらの反応も待たず、行ってしまう。呆気に取られて見送る俺に、ソフィアが囁いた。


「だから言ったでしょう。リューベック侯爵は良くわからない人だって」

「そうだな」


 面白そうだからという、その言い分が、いつかの魔法士団長の言葉を思い起こさせて不安を誘う。だが、だからと言って、根拠も無く疑っても仕方ない。今の俺が築き上げた土台は彼の思惑一つで揺らいでしまうほどやわでは無い。味方になってくれると言うなら、まずはその話に乗っかっておこう。


 翌週の閣議で、空母機動艦隊の導入と税制改革は満場一致で認められたのだった。



========

<後書き>

次回は第6章第10話「レティシア再び」。お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る