第6話 妹、襲来再び

 さらに一月ほどが経った。季節は晩秋の色合いを深め、残り学期も一月ほどというところである。


 その間、俺は金剛石級冒険者の特権を使い、王都の冒険者ギルドを通じて、国中の冒険者ギルドに協力要請をした。俺や関係者の情報を探るような動きをしている人間を見かけた場合の情報提供、必要に応じて監視、場合によっては拘束するようにとの依頼である。


 王都とサディナ、フェルナシアに限っては、冒険者ギルドだけで無く、非合法の暗殺者ギルドや盗賊ギルドにも協力を要請した。もっぱら俺の関係者への暗殺依頼などを受けないこと、そうした依頼をしてくる人間がいた場合の情報提供である。協力を渋るギルドには直接出向いて、ギルドマスターを締め上げて半殺し───もとい、真摯に協力を依頼した結果、どこも快く協力を申し出てくれた。声が震えていたけど、きっと、竜の騎士に協力できる感動に打ち震えていたに違いない。


 もちろん、事が国と国との関係に発展する可能性もあるので、カーライル公爵やセリアのお父上には話を通しておいたし、襲われる可能性のあるセリアにも話をしておいた。そうやって、取りあえず打てる手は打ったところで、少し安心して、今日も今日とてセリアと帰宅デートである。だが、その日はいつもと違った。王都の冒険者ギルドから緊急の連絡が来たのである。


 デートを邪魔されて不機嫌極まりない俺に、ギルドの職員は恐る恐ると言う感じで口を開いた。


「ラキウス様のことを聞いてくる者がいたので、ギルドに留め置いているのですが……」

「どんな奴なんだ?」

「それが女の子で、ラキウス様の妹だと名乗っているのですが……」

「は?」





 セリアと一緒に急いで冒険者ギルドに行く。そこには、仏頂面をしたフィリーナが待っていた。


「お兄ちゃん! お兄ちゃんのことを聞いただけで放してくれないんだけど!」

「悪い、悪い、最近は物騒だからさ。だいたい来るなら来るって事前に言っておいてくれれば良かったのに」

「だっていきなり行って驚かせたかったんだもん」


 フィリーナが口を尖らせている。それにしてもこいつ、何しに来たんだろう。まさか今更家出してきたってわけでもあるまい。聞いてみたら驚くべき返事が返ってきた。


「私もね、王立学院受けるんだよ。その受験に来たの」


 だが、改めて考えてみると驚くようなことでは無いのかもしれない。フィリーナも俺と同じ両親から生まれてきたのだ。相当な魔力を持っていてもおかしくない。しかし、入学試験か。わずか2年前の事なのに、はるか昔のことのように思える。そう言えば、俺もギルドに併設された宿に泊まったけど、1日目は気のいい冒険者たちと朝まで飲み明かしコースだったな。まあ、酒は飲んでいないけど。


「そう言えば、宿はどうするんだ?」

「リィアさんが手配してくれたから、このギルドの宿だと思うけど」


 こいつ、冒険者登録してないくせに、冒険者ギルドを便利使いしてるな。まあいいかと手続きをしようとしたところで、セリアが口を挟んだ。


「フィリーナちゃん、うちに泊まらない? ここより王立学院に近いし、宿代もかからないわよ」

「いいの? 食事は? 食事」

「もちろん、うちのシェフが腕を振るって御馳走するわ」

「やったー!!」


 思わぬところで大貴族のお屋敷に泊まれることになったフィリーナは大喜びである。だけどいいのだろうか。そのことを聞くと、「もちろん」という言葉に続いて声を潜めてくる。


「今の騒ぎで彼女があなたの妹だってことが皆に知られてしまったわ。どこで誰が聞いてるか分からないし、一人で宿に泊めておくのは危険よ」


 確かにそうだ。セリアの機転に感謝しなきゃ。最後に俺は、知らせてくれたギルド職員に無作法な対応を詫び、知らせてくれたことに礼を言ってギルドを後にした。俺の依頼を守って知らせてくれたのに、失礼な態度でいたままじゃ悪いし、何よりセリアに失望されちゃうよな。






 さて、セリアの家に着いて3人で食事をすることになったのだが、食事のついでのおしゃべりで、セリアとつき合うことになったことを報告したのがまずかったらしい。フィリーナはナイフとフォークを取り落とし、愕然とした表情を浮かべている。


「え、お兄ちゃん、セーシェリア様とおつき合いしてるの?」

「うん、辺境伯に認めてもらったんだ。婚約とかはまだだけど」

「……結婚するつもりなの?」

「ああ、結婚は国王陛下に認めてもらわないといけないから、もっと先になると思うけど」


 フィリーナは下を向いてしまった。何かをこらえているようだったが、口をついて出たのはいつぞやと同じ質問。


「……私とセーシェリア様とどっちが大事?」


 その問いに何と答えるべきか。家族に向ける好意と恋人に向ける好意は違う、どっちも同じくらい大事、そう誤魔化すこともできた。だけど、もう、そんな逃げるようなことはするまい。


「セリアだ。セリアは俺にとって、誰よりも、世界中の誰よりも大切な人だよ」


 フィリーナはしばらく無言だった。その沈黙を破るようにポツリとつぶやく。


「……セーシェリア様、ずるい」


 そう言うと、我慢できなくなったのか、一気にまくしたてた。


「そんなに綺麗で、大貴族のお嬢様で、何でも持ってて。その上、お兄ちゃんまで! セーシェリア様、ずるい! ずるい!」


 事もあろうに、セリアに矛先が向いてしまった。


「フィリーナ、謝りなさい! セリアが何不自由なく育ったお嬢様だとでも思ってるなら大間違いだ!」


 そうだ、セリアがどれだけ謂れのない誹謗中傷に耐え、苦しんできたと思ってるのだ。だが、その時、セリアの声が響いた。凛とした、強い意志のこもった声。


「フィリーナちゃん、あなたからはそう見えるのかもしれない。否定はしないわ。でも、それでも、ラキウスのことは譲らない。だって、あなたに負けないくらい、私もラキウスのことが大好きだもの」


 気圧されているフィリーナに声をかける。今の彼女は恋に恋しているようなものだ。兄への敬愛の念を思慕の情と勘違いしているだけ。


「フィリーナ、大丈夫だよ。王立学院行ってみな。お兄ちゃんよりいい男がいっぱいいるから」


 兄離れして欲しいとかけた言葉はだが、逆効果だったようだ。


「いないよ! お兄ちゃんくらい強くて、優しくて、かっこいい男の人なんかいないもん! 知ってる? 私がいつも友達からお兄ちゃん紹介してって言われて、それを断るのにどれだけ苦労してたか?」


 それは、ただの虚像だよ。そう言いたい。強さはともかく、それ以外はただ、綺麗な面のみを見せていただけ。実際の俺は、愛する人を守るためとは言え、他人を殺したり、拷問したりもする、そんなとても他人に見せられない汚い側面を見ていないから。でも、そんなことを言えるはずも無い。


「お兄ちゃんがいけないんじゃん! 私の理想を上げちゃうから!」


 彼女は椅子を蹴って立ち上がると、そのまま、与えられた部屋に駆けて行ってしまった。追いかけようとしたが、セリアに制止される。


「今はそっとしておいた方がいいわ。あなたはもう帰って」

「ごめん、兄離れできてない妹で」

「いいの。大好きなお兄ちゃんを他の人に取られるって不安になる気持ちは分かるから」


 まあ行き過ぎている気がしないでは無いけど、取りあえずはセリアにケアをお願いして、その日は寮に帰ることにした。妹の行く末を案じながら。

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