第7話 世界の中心と言われて

 フィリーナの試験はその翌々日だった。当日は授業はお休みだが、実技試験を見学しようと学院に行くと、フィリーナを送って来たらしいセリアと出会った。フィリーナの様子を聞くと、苦笑いする。


「『お兄ちゃんを不幸にしたら許さないんだからね』って言われるくらいにはなったわ」


 はあ、それでもだいぶマシになった方だろう。このまま他の男に目を向けてくれればいいのだが。


 一方、グラウンドでは、実技試験が始まっていた。俺はクリストフと模擬戦やったから、実技やってないが、実際の実技試験はどんなのだったのだろうと見ていると、魔法を出してみせたり、的当てをやったりしている。


「平民枠の試験ってああいうのをやってたのね」


 セリアが興味深そうに眺めている。


「貴族の試験はどんなのだったの?」

「実技はトーナメント形式で模擬戦やったわね。私優勝したんだから」

「そいつは凄いな」

「でも、それでソフィアと同点一位ってことは、他の教科でソフィアに負けてたってことだけど」


 セリアはソフィアに負けたくないと頑張っていたらしい。でも最近は、そう言う気負いは消えているようだ。しばらく、そうした取り留めのない話をしていたが、突然、ひときわ大きな爆発があった。誰か、強力な魔法をぶっ放したみたいだ。


「フィリーナ⁉」


 魔法を放ったのは、フィリーナだった。的当てで、自分の的だけでなく、周囲の的まで吹き飛ばしている。おいおい、マジかよ。


「凄いね、フィリーナちゃん。魔力、私より上かも」


 セリアが目を丸くして見ている。フィリーナはと言うと、的を吹き飛ばしただけでは飽き足らず、頭上に直径2メートル以上ありそうな火球イグニススフィラを生み出しつつあった。試験官らしき人が慌てて止めに入っているのが見える。風に乗って「お兄ちゃんのバカアア!!」って声が聞こえてくるけど、俺知らないもんね。だが、そこに突然声がかかった。


「君の妹さんもなかなかですねえ」


 驚いて声のした方向を見ると、眼鏡をかけた、不健康そうな男がそこにいた。


「アナベラル侯爵……」


 こいつ、何のつもりだ。クリストフの兄らしいが、全く異質で、底が知れない。そう言えば、こいつの判断で俺は特待生クラスに配属されたのだったか。


「侯爵は俺を特待生クラスに入れたとおっしゃってましたが、妹も特待生クラスに入れるつもりですか?」

「君の妹さんを? まさか。そんなつもりはありませんよ」


 そう言うと、フィリーナに再び目をやる。


「希少な四属性持ちで魔力は上級貴族並み。……でも、それだけです。君とは違いますよ」


 ちょっと待て、今、何と言った? 四属性持ち? 何故そんなことがわかる? その俺の疑問が通じたのだろうか。彼はこちらを向いた。その瞳に魔法陣を煌々と輝かせながら。


「鑑定眼を持っているのは大聖女だけでは無いということです。私は君を一目見てわかりましたよ。君こそが新しい竜の騎士だと。アレクシウス陛下の魔力については、古文書に記録が残っていましたからね」


 こいつ、エヴァの鑑定眼のことも知ってるのか。それにしても最初から俺を竜の騎士だとわかっていただと。


「竜の騎士だから、特待生クラスに入れたということですか?」

「もちろんです。竜の騎士は国の象徴。当然、付き合う人も厳選すべきです。特待生クラスの人間は、10年後、20年後に国の中枢や地方の要衝を抑える大貴族達。君はそういう人たちと付き合わねばなりません」

「ご配慮どうも。それで、俺をどうしたいんですか?」


 警戒心丸出しの質問に、侯爵はクックッと笑う。


「そう警戒しないでください。私はただ、君の行く末を見てみたいだけですよ」

「行く末?」

「そうです。君は今、ミノス神聖帝国と小競り合いをしているようですが、今後はそれでは済みません。何しろ、一国に匹敵する、あるいはそれを凌駕するような武力を持つ個人が、いきなり出現したんです。今各国は躍起になって君のことを調べていますよ。ミノスだけではありません。南のクリスティアも、西のオルタリアも、いや、大陸中の国がね。今後、世界は君を中心に回ります。行く末が楽しみになってくるでしょう?」


 一体全体、こいつは何を言っているのだ。俺が世界の中心? 馬鹿げている。第一、それは俺一人に留まることでは無い。


「それはこの国をも巻き込む話ですよね。この国の魔法士団長として、他人事ではありませんよ」

「もちろんです。だが、停滞しているより遥かにいい。私は動乱の時代を見てみたい!」


 頭がおかしいとしか思えない。動乱を見たいとか、まさか今回の一連の動きにこいつが関わってるんじゃあるまいな。


「動乱の時代を呼ぶためなら、アルシス殿下とテシウス殿下の二人を戦わせても構わない、ということですか?」


 咄嗟のことで、上手い言い回しが出来ず、ストレートに聞き過ぎた。まともに答えてくれるとも思えない。だが、反応は意外なものだった。


「ラーケイオス様を起こした呪符は、私が用意しました。竜王様にはさっさと起きていただかなくてはなりませんでしたし、君にも覚醒してもらわなくてはなりませんでしたから。でも、その後のテシウス殿下の反乱には関わっていませんよ」


 絶句してしまう。それでは、ファルージャのあの騒ぎは彼が糸を引いていたと言うのか。


「ラーケイオスを起こした呪符って、下手したら何千人、何万人も死んだかもしれないんだぞ!」

「でも、君が食い止めたおかげで、死んだのはカーディナル侯爵の息子一人ですよね」

「結果論だろうが! それに、それで龍神剣アルテ・ドラギスを王都に持ち帰ることになったことも反乱の一因だぞ!」

「さあ、他人の判断の責任を問われても困りますね」


 ダメだ。話が噛みあう気がしない。侯爵もこれ以上はしゃべる気が無いらしく、去って行こうとしたが、思い出したように立ち止まった。


「そうそう、君の卒業後の行先ですが、第一騎士団に決まりました。ラーケイオス様を王都に置いておきたい人たちの意向が働いたようですよ。頑張ってください」


 侯爵が去った後、セリアと身を寄せ合っていた。人前では節度を保てと言われたが、これくらいは構うまい。何より、侯爵の毒気に当てられて、そうせずにはいられなかった。しばらく言葉も出なかったが、最初に口を開いたのはセリアである。


「サヴィナフ閣下、何を考えているのかしら」

「わからない。でも、あいつが危険なのは確かだ」


 テシウス殿下の反乱に関わっていないという、あの発言も真実かわからない。だが、もしも反乱に関わっていたのだとしたら、王太子候補二人を亡き者にしてまで、見届けたい俺の行く末とは何なのだろうか。単に動乱が見たいわけではあるまい。彼の真意が掴めない。だが、今はそれを判断する材料が足りない。


 グラウンドでは、合格を伝えられたのか、フィリーナがピョンピョン飛び跳ねているのが見える。微笑ましいその光景も、今は少し違って見える。俺だけなら転生者として例外と思っていられた。だが、フィリーナも希少な四属性持ちに上級貴族並みの魔力量。平民ではあり得ない事態だ。これはもう、偶然ではあるまい。父さんか、母さんの血統に何か秘密があるとしか思えない。普通に考えれば魔力の大きな母さんの方か。すぐには分からないが、こちらも調べておかなければ。


 喜ばしいはずの妹の合格を前に、深く深く考え込まずにはいられなかった。

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