第15話 黄金の巫女
「龍神剣って岩に刺さってたりしないんだな」
「エクスカリバーじゃないし」
「チッチッチ、岩に刺さってたのはエクスカリバーじゃ無くてカリバーンなんだな」
「どうでもいいわ、そんな無駄知識。どうせこの世界じゃクソの役にも立たないし」
「……何の話してるの?」
場所はファルージャの大神殿。
学生全員集合し、大神殿を訪問しているのだ。ファルージャは聖地だけあって、その大神殿は王都の大神殿を凌ぐ規模である。30メートル以上ある天井の高さに圧倒される。その神殿のホールの真正面に、アレクシウス陛下が使っていたという剣が飾ってあった。
俺のボケに、同じ転生者のエヴァはすぐ反応したが、この世界の人間であるセリアには、岩に刺さった聖剣の逸話は通じなかったようだ。
それにしても、国宝とも言うべき剣にしては、やけに無造作に展示してある。さすがに手を伸ばしてすぐに手が届くと言う高さでは無いが、魔力で身体強化した人間ならすぐに手に取って逃げられるだろう。鍵のかかったケースに入れるとかしないのだろうか。
「あんな無造作に飾ってあって大丈夫なのかな? 盗まれたりしないのかね」
「大丈夫じゃない? 噂によると、あの剣はラーケイオス様と繋がってるらしいから、盗んだりしたら、ラーケイオス様に殺されるわよ」
俺の疑問にエヴァが答えるが、そのエヴァは今は大聖女のローブを着ている。昨日まで「学生気分を満喫するんだ」って言って制服着てたのに。まあ、白を基調としたこのローブもエヴァに似合ってるんだけどな。
「お前、今日は制服じゃないのな?」
「リアーナ様と面会の約束があるし。さすがに学生服ってわけにはいかないでしょうが」
竜の巫女リアーナ様か、どんな人だろう。王国一の美姫という噂ばかりが先行して、どんな人か想像もつかない。その時、ホールの一画で「リアーナ様だ!」「リアーナ様よ!」という歓声が上がった。人だかりで見えないが、竜の巫女様のお出ましらしい。その人だかりがこちらに動いてきていたが、近くまで来たところで、人混みが二つに分かれて、一人の女性が姿を現した。
息を呑んだ。
王国一の美姫と言う賛辞は、お世辞でも何でもなかった。俺はこれまで、セリアと並び立つような美女がこの世にいるなんて想像もしていなかった。その想像だにしていなかった存在が今、目の前にいる。
腰まで届く金髪をポニーテールに纏め、セリアと同様の切れ長の目。纏うローブはエヴァと同様、白を基調としている。しかし、ふんだんに金糸を使った絢爛たる刺繍と、その豪奢な金髪が相まって、全身がまるで金色に光り輝いているような印象を受ける。黄金の巫女───そんな形容が心の中に浮かんでくる。
セリアとどっちが美人かと問われると困る。どちらも甲乙つけがたい美しさ。ただ、方向性が少し違うと言うか、リアーナの方は少し人間離れした美貌と言うべきだろう。その理由は何と言っても長い耳でわかるエルフの血。
しばらく、呆けたように彼女を見つめていたが、突如、腕に痛みが走った。
「痛!」
腕をつねられたらしい。見ると、横にいるセリアがプイっとそっぽを向いている。───ううう、誤解しないで欲しい。セリアへの想いが揺らぐ事なんて無いんだから。
リアーナはエヴァに向かって歩いていたが、ふと俺の方を見ると驚いたような表情を浮かべた。その時に初めて気付く。彼女の瞳の色に。俺と同じ金色の瞳。初めて同じ色の瞳を持つ人を見た。彼女は向きを変え、俺の前に立つと名を聞いてきた。
「あなたは?」
「王立学院の学生でラキウス・リーファス・ジェレマイアと申します」
その名を聞くとリアーナは微笑んだ。
「ラキウス様。ラーケイオス様と同じ名なのですね」
「い、いや、親が中二病なもので」
「チュウニビョウ? 意味がよくわかりませんが、でも、ここを訪れる方たちの中には読みまでラーケイオス様と同じにしてしまった方もいらっしゃいますから、恥ずかしがることはありませんよ」
ううう、なんか慰められた気がしない。しかし、竜の巫女はそんな俺の様子にお構いなく、名乗ってくる。
「ラキウス様、竜の巫女、リアーナ・フェイ・アラバインと申します。お見知りおきを」
「アラバイン? え、王族の方なのですか?」
驚いてしまった。王族にエルフがいるのか。だが、彼女は微笑みながら否定する。
「いいえ、王族ではありません。でも、無関係でも無いのですよ。初代国王アレクシウスは私の祖父に当たります」
「ええええっ⁉」
今度こそ本当に驚いた。アレクシウス陛下のお孫さんって、凄く偉い人なんじゃ無いのか? そもそも何故王族じゃ無いのか?
「私はアレクシウスと先代竜の巫女テレシアとの間に産まれた子、カイルの娘なのです。私の父は王位継承権を持たない代わりに、アラバインの姓を名乗ることを許されたのですよ。それ以来、アラバインの家系は王家のアラバインと巫女の家系のアラバインの二つに分かれているのです」
何かすごい重要なことをサラッと話されてしまった。
「ラキウス様、お手をお借りしても?」
リアーナが俺の両手を握ってくる。周り中の人間がざわついているが、彼女は気にせず、何かに集中している。すると、握っている両手から、彼女の魔力が流れ込んできた。暖かい、金色の光をイメージさせる魔力。何だろう、この感触は以前にも体験したことがある。そうだ、転生の時だ。あの時、金色の光に包まれた。それと同じ感触なんだ。
しばらくそうしていたが、手を放すと、彼女は微笑み、片手を天にあげて叫んだ。
「来たれ、アルテ・ドラギス!」
すると、飾ってあった龍神剣がスーッと彼女の手元に飛んできた。彼女は両手で剣を俺の前に差し出す。
「ラキウス様、龍神剣、真名を『アルテ・ドラギス』と申します。ミスリルを遥かに超える強さとしなやかさを持ったラーケイオス様の鱗から魔法で研ぎだした王国最強の剣。お持ちになってみますか?」
「い、いいんですか?」
震える手で剣を受け取る。その瞬間、柄と剣身の間にある宝玉が光り始めた。何だろう、この光は?と思っていたら、突然、リアーナが視界から消えた。いや、俺の前にいきなり跪いたのだ。え、何? 何で竜の巫女様が俺に跪いているの?
「ようこそ、ようこそいらっしゃいました。りゅ……」
「リアーナ様!!」
リアーナの震える声は、エヴァの大声でかき消された。エヴァはそのまま、リアーナを羽交い絞めにして、ずるずると引きずって行く。
「あ、あ、アルテ・ドラギスー」
響き渡るリアーナの情けない叫び声。エヴァが一旦彼女を放すと、どたどたとこっちに走って来た。───かと思うと、むんずと龍神剣をひったくり、再びリアーナを引きずって行く。───凄いな、エヴァの方が小柄なんだけど。
「何だったの、あれ?」
「……さあ?」
俺はセリアと顔を見合わせるのだった。
❖ ❖ ❖
「困ります! 皆が見てる前で何を口走ろうと言うのですか?」
「……ごめんなさい。だって、ようやく待ちわびた日が来たのだもの」
エヴァはため息を吐いて目の前の美しきハイエルフを眺める。10代後半くらいにしか見えない容姿だが、100歳は超えていると言う。その長い年月待ち続けた、その日がようやく来た、という事の重さなど彼女には想像もつかない。だが、敢えて心を鬼にしよう。
「リアーナ様、あの少年が水龍レイヴァーテイン様の声をただ一人聞くことができた、という事が明らかになった後、王都の神殿は、ある推論に達しました。今回はその確認のために来たのですが、先ほどのあなたの態度を見るに、結論は明らかなようですね」
「ええ、間違いありません。彼こそがその人です」
「……そうですか。ですが、事は国の大事にかかわります。それに龍神剣は王家の所有物。扱いについては、一度王家にお伺いを立てなければなりません」
「そうですね。アルテ・ドラギスの鍵を外す許可も得なければなりませんね」
アルテ・ドラギスの鍵? エヴァはそこまでは知らない。だが、竜王と繋がる剣、持ち主亡き今、そのままの形で保管されていなくとも不思議はない。何らかの封印がされているということなのだろう。
もう一つ、エヴァには気になることがある。
「リアーナ様、彼がレイヴァーテイン様から聞いたことの中には、彼とラーケイオス様の出会いにより慟哭や悲哀がもたらされるとの言葉もあったようです。こちらについてどう思われますか?」
「そこはわかりません。ただ、彼の事が王室に認められ、ラーケイオス様も目覚めるのだとしたら、他国にとっては脅威となるでしょうから、そうした外国との衝突などは想定しておかないといけないでしょう。それも含めて、王室がどう判断するかですね」
確かにそうした問題は考えられるだろう。特に、龍神信仰を邪教と見なすミノス神聖帝国との衝突は避けられまい。エヴァ自身は王宮に直接のコネクションがあるわけでは無いので、神殿経由になるが、王宮にはその懸念も伝えたうえで、判断を仰がなくてはなるまい。
「リアーナ様。私は王都に連絡を取ります。王宮から返事があるまで、くれぐれも内密にお願いします」
「ええ、わかりました。しかし、意外ですね。失礼ながら、かなり型破りな聖女様と伺っていたのですが」
「あなたを前に演技をしても無駄でしょうから」
自らが何者かを悟られないよう、道化を演じてきた。愚か者として真面目に取り合ってもらわない方が都合がいい。何か失言しても、冗談だったで済まされる。しかし、全てを見通す竜と心を通わす巫女には無駄であろう。それに、他にも真摯に向き合わねばならない理由があるのだ。
「リアーナ様、もう一つ。事が明らかになれば、神殿は彼の取り込みを図るでしょう」
「私かあなたと彼の婚姻を画策するだろうという事ですね」
「そうです。ですが、私にはその気はありません。何より彼を心から慕っている大事な友人を裏切りたくありません」
「私にも縁談を断るようにと?」
「その通りです。あなたの御心は分かりませんから、不躾なお願いとは承知していますが、お願いいたします」
リアーナはじっとエヴァを見つめていたが、フッと笑った。
「分かりました。私とて今日会ったばかりの少年にどうこういう想いはありませんし、私たちハイエルフと人間では過ごす時間が違いますから。祖母のように200年以上未亡人生活なんてまっぴらごめんですしね」
ウィンクをするリアーナにエヴァは礼を言う。そこにどこまでの本心が込められているかはわからないが、今はこれでいい。つぶやくエヴァの言葉にリアーナの声が重なった。
「いよいよですね」
「ええ、250年以上の長きに亘った空白が破られる。ラーケイオス様にも今度こそ起きていただかなくてはなりませんね」
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