第16話 私の運命の人

 修学旅行の期間が一週間延長となった。本来は現地滞在は2泊3日で移動期間を含めて10日の日程だったのだが、何故か、街を管轄する第一王子のアルシス殿下が歓迎の夜会を開いてくれる事になり、王子の到着を待つ間、滞在期間が延びたのである。


 神殿の広大な庭園では、急遽決まった夜会のための準備が進められている。その庭園の一画にあるベンチに座り、その様をボーっと眺めながら、たった今、学院の教師から申し付かったばかりのミッションのことを考えていた。


 そこに、セリアがやって来る。彼女は、もじもじと手をすり合わせて、視線をあちこちにさまよわせていたが、意を決したように切り出した。


「ねえ、ラキウス、アルシス殿下が来て夜会をすることになったでしょう? 急に決まったから一人で参加するのも大丈夫みたいだけど、その、もし、エスコートする人がまだ決まってなかったらどうかなあと思って」


 そ、それはエスコートして欲しいと言うお願いなのか!

 そんなの、こっちから土下座してでもお願いしたいことだよ。

 だけど───。


「ごめん、凄くうれしいんだけど、さっき先生に呼ばれてさ。何故かリアーナ様のエスコートをしないといけなくなったんだ。本当にごめん」


 セリアは衝撃を受けたようだったが、愛想笑いを浮かべる。


「そ、そうなの? だったら仕方ないわよね」


 ハハハ、と乾いた笑いを浮かべながら去っていくセリアを眺めながら心の中で血涙を流す。エヴァの野郎、許さねえ。教師からは「リアーナ様のエスコートは大聖女様の指示だから」って言われたんだぞ。何考えてやがるんだ、あいつ。そう考えていたら、その元凶がこっちにやって来た。ギロっと睨むと、ベンチに並んで腰を下ろし、面倒くさそうな視線を向けて来る。


「何か言いたことあるわけ?」

「大ありだよ。何で俺がリアーナ様のエスコート役なんだよ? せっかくセリアからエスコートしてくれって言われたのに……」


 エヴァはちょっと呆けた顔をしていたが、すぐにその顔が怒りに染まった。


「何でも何も、あんたのためにやってるんでしょうがあああ!!」

「ご、ごめんなさいいい!」


 胸ぐら掴んで怒鳴ってくるエヴァの勢いに押されて、思わず謝ってしまう。

 エヴァは手を放し、ベンチに座りなおすと、ため息をつきながら説明を始めた。


「今度の夜会、セリアちゃんと出席しても、あんたは誰ともしゃべれないわよ」

「ええと、それはどういう?」

「今回の夜会は王族が主催し、学生だけじゃなくて、神殿上層部や街の有力者も出席する大規模なものになるわ。王宮での夜会程では無いけど、かなり格式が高いものになるでしょうね。そうした場では、身分が低い者は格上の者に話しかけられるまで、自分からは話ができないってのは知ってるわよね」

「ああ、それは知ってる」


 学院の授業でも聞いたし、セリアの個人補習でも教えてもらった。


「それでもワンランク下くらいであれば発言できるわ。でも、あんたは正式にはまだ男爵ですら無い、ただの平騎士だから、序列的には相当下位。セリアちゃんも辺境伯令嬢ではあるけど、爵位を持っているのはあくまでお父上であって、セリアちゃん本人じゃ無い。あんたがセリアちゃんと出ても、周りは『凄い美人を連れた成り上がりの騎士」くらいにしか見てくれなくて、数日後には忘却の彼方。と言うより、セリアちゃんしか目に入らなくて、あんたは存在すら認識されないってことになりかねないわね」

「……」

「今回の女性の出席者で、〇〇夫人とかじゃ無い、個人としての肩書を持っているのは、大聖女である私と、竜の巫女であるリアーナ様だけ。でも、私は元は子爵家の出だし、大聖女と言っても、そこらの上級貴族と同等程度にしかならない。でもリアーナ様は違うわ。国の象徴たるラーケイオス様の巫女であると言うだけでなく、アレクシウス陛下の孫娘で、アラバインの名を冠する者なのよ。今回の出席者の中でも序列は第1位。主催者で第一王子であるアルシス殿下すら凌ぐわ。リアーナ様より序列が高いのは国王陛下と王太子殿下しかいないのよ。今は王太子不在だから、リアーナ様より上は国王陛下しかいないってことになるわね。その隣にあんたが立てばどうなると思う? 誰もあんたを無視できない。理解しなさい。リアーナ様の横に立つだけで、あんたは今回の夜会の主役になれるんだから」


 驚いた。セリアに追いつくためにも名声が欲しい俺には有難い話だが、正直、エヴァの狙いが分からない。俺を主役にして何がやりたいんだ?


「何のためにそこまでやるんだ?」

「そのうち説明するから。今は黙って神輿に乗ってなさい。それより、リアーナ様のところに行くわよ。そのために呼びに来たんだから」

「分かった。……エヴァ、何かお前、感じ変わった?」

「こっちが素よ。あんた、私のこと、ただの馬鹿だと思ってたでしょ」


 ごめんなさい。否定できません。心の中で謝りながら、リアーナの部屋に向かうのだった。






「あ、ラキウス君、来ましたね」


 リアーナが出迎えてくれる。出会って初めのころは、様付けで呼ばれていたが、そんな柄でも無いので、君付けに変えてもらったのである。その後、何度か話すようになって分かったのは、リアーナは結構お茶目な人だという事だ。


「ラキウス君、聞いたと思うけど、私のエスコートお願いね。アルシス殿下に紹介しようと思うから粗相の無いように」


 これが、エヴァの言っていたことか。俺が王子様に話しかけるなんて、単独では絶対あり得なかっただろう。しかし、王子様と何を話せばいいんだ? 偉い人と言うと、叙任式の時に国王陛下に拝謁したけど、その時は決まりきった口上を述べるだけだったからなあ。王子様と共通の話題と言うとソフィアの事ぐらいしか思いつかないが、下手に彼女の話をすると、「俺の婚約者に色目使いやがって」とか言われて手打ちにされないだろうな。そんな馬鹿なことを考えるが、それとは関係なく、話は進む。


「後、私たちの関係も、聞かれたらどう答えるか決めておかないといけないですね。どういう関係がいいと思いますか?」


 いや、いきなりエスコートしろと言われて困惑してるのはこっちなのに、どんな関係にするかって俺に聞かれても。「ええぇ?」と口ごもってる俺を前に、リアーナはパンっと手を打ち鳴らすと、とんでもないことを言い出した。


「では、私の運命の人という事で!」

「ダメに決まってるでしょうがあああ!!」


 俺が何か言う間もなく、エヴァが大声を上げた。


「竜の巫女様の運命の人なんて言ったらとんでもない騒ぎになります!」


 ゼーハー、ゼーハーと肩で息をしながら抗議するエヴァをリアーナはクスクス笑いながら見ている。


「エヴァ様、真面目ですねえ」

「リアーナ様が不真面目すぎるんです!」


 うーむ、不真面目なギャル聖女と思ってたエヴァがいいようにあしらわれているのは斬新な光景だな。と、これまた不真面目な感想を抱くが、エヴァはその話題を早々に切り上げようと決めたようだ。


「とにかく、リアーナ様、馬鹿話はそれ位にしましょう。ラキウス、あんたについては、とりあえずレイヴァーテイン様の使徒という事になってるから、そのつもりで。ラーケイオス様の巫女とレイヴァーテイン様の使徒が並ぶのであれば、不自然じゃ無いでしょ」


 エヴァの説明に分かったと頷く。リアーナは「えー、もう種明かしなんてつまらなーい」とぶつくさ言っていたが、エヴァは構わず、夜会のロジについて説明を続ける。それによると、今回の夜会で、主要出席者として壇上に登るのは、まずは主催であるアルシス殿下、殿下の婚約者であるソフィア、竜の巫女であるリアーナとレイヴァーテインの使徒(という設定)の俺、王国宰相のカーライル公爵、ファルージャの神殿長、大聖女エヴァの7人らしい。


 彼女からは更に、街の有力者なども含めた他の参加者の情報、それぞれの序列、挨拶すべき対象者、その挨拶の際の注意点、夜会のプログラムなどの説明があった。正直、情報量が多すぎてうまくやれるか不安だが、リアーナがフォローしてくれると言う。


「まあ、このリアーナお姉様に任せて、大船に乗った気でいてください!」


 ───本当に大丈夫なんだろうな。

 エヴァの方は一通り説明し終わったようで、リアーナに最後の質問をぶつけていた。


「リアーナ様、ラーケイオス様のご様子はどうですか? お目覚めになられそうですかね?」

「ラーケイオス様、全然起きてくる気配無いんですよね。ここ何年か『起きろー!』って呼びかけてるんだけど『後5年、後5年』って。後5分じゃ無くて後5年ですよ! どんだけ朝が弱いんでしょうね」


 いや、それは朝が弱いとか、そう言うレベルか?


「ラキウス君、ラーケイオス様をたたき起こして下さいね」

「無茶言わんといてください」


 ニコニコ笑いながら無茶な要求をするリアーナに苦笑するが、これが冗談でも何でもなく、本気で言っていたことに気付くのはほんの少し後であった。

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