第14話 俺の女友達と大聖女が修羅場な件

 ここは聖地ファルージャの手前の街、アデリアーナ。

 前世での学校生活になぞらえれば、修学旅行と言うのが正しいのだろうか。2年後期に、初代国王アレクシウス陛下の没した地で、今は聖地となっているファルージャを訪れるのが恒例行事となっていた。


 ファルージャまでは、馬車で2日半、馬なら2日弱の道のり。王都から南の内陸部に下るので、船で行くわけにもいかず、旅行の手段は馬車か馬、あるいは徒歩に限られている。修学旅行と言っても、地上を集団で移動できるような交通機関があるわけでもなく、基本、現地集合。貴族なら馬車を並べ、平民なら乗合馬車に乗っていくと言うことになる。


 で、俺はと言うと、またセリアと一緒だ。一方で、前回の反省を踏まえ、馬車には同乗せず、馬で護衛騎士や陪臣貴族家の学生たちと一緒に行くことにした。横に並んだライオットから、今日一日、いかにヘンリエッタが優しくて素晴らしい姉であるかを聞かされて閉口気味だけど。いや、ヘンリエッタが優しくて素晴らしい女性だということを否定するつもりは無いけど、ライオット、そろそろシスコンは卒業しようよ。


 アデリアーナはその名が示す通り大聖女アデリアゆかりの地。伝承によると生誕地に当たるらしく、彼女の死後、墓所も作られた。王室直轄領ではあるが、第二王子テシウス殿下の管轄下に置かれている。一方、ファルージャは第一王子アルシス殿下の管轄。


 セリアに聞いたところ、元々、ファルージャは王太子が管轄する街であるが、現時点で王太子が未定のため、ファルージャの管轄を第一王子にするに当たって、その手前に位置し、ファルージャに負けず劣らずの謂れを持つこの街を第二王子の管轄とすることにより、バランスを取ったのだとか。


 王子様の権力争いに配慮しなければならないってのも大変だ。そう言えば、アルシス殿下はソフィアの許婚だった。ソフィアにとって、ファルージャに行くと言うのは、初代国王の聖地を訪れると言う以上の意味を持つのかもしれない。


 そう言う訳で、王都から最初の宿泊地、アデリアーナで宿に泊まって、セリアと一緒に食事をしてるんだけど、何故か大聖女の皮をかぶったギャルが一緒の席にいる。


「何で、お前がここにいるんだよ? エヴァ」

「いいでしょ。私、神殿勤めばっかりで王立学院行けなかったから、一度、学生生活ってのをやってみたかったんだよね。院長先生に、『大聖女からのお願い』って言ったら、二つ返事でOKしてくれたよ」


 ───こいつ、大聖女の権力を使って、修学旅行に自らをねじ込んだな。


「それは分かったけど、何で生徒でも無いのに制服着てるんだ?」

「いいじゃん、やっぱ学生生活って雰囲気感じるには制服っしょ」

「エヴァ様、とっても似合ってます。素敵です」

「でしょ、でしょ。さすがセリアちゃん、見る目ある」


 セリアは、俺を生き返らせてくれたエヴァに心酔してるから、彼女のやる事なす事、肯定的に捉えてしまう。今では「エヴァ様」「セリアちゃん」と呼び合う仲になっていた。


 まあ、エヴァは俺達より二つ年上だが、小柄だし、しゃべらなければという条件付きではあるが、かなり可愛い。制服着てても全く違和感は無い。むしろ一部のマニアな紳士に受けるんじゃないだろうか。そんな失礼千万なことを考えていたが、一つ重要なことを思い出した。


「そう言えば、俺のアポ申し込みを忙しいって言って全部蹴ったくせに、旅行なんかに来てる暇あるのか?」

「いやあ、毎日忙しいって。夜はキッチリ8時間寝ないと、大聖女の威厳を保つための美肌を保てないし、食事もゆっくり時間をかけて、しっかり噛んで食べないと美容に良くないし、午後の効率を上げるためにも昼寝の時間もきっちり取らないといけないし」

「食って寝てるだけや無いかい!」


 思わずエヴァの頭に手刀を叩きこんでしまった。もちろん手加減はしている。

 当のエヴァはケラケラ笑ってるけど、セリアの方はジトっとこっちを見つめている。


「ラキウスってエヴァ様と仲いいのね?」

「は? こいつと?」

「セリアちゃん、違うの。こいつが一方的に会いたいって言ってきて」

「誤解を招くような言い方をするな!」


 本日2回目の手刀を叩き込んだが、エヴァは相変わらずケラケラ笑っていた。






 その夜、部屋で一人でいると、窓にコツコツと何かが当たる音がする。ここは二階なのに何だろう?と警戒しながら窓を開けると、眼下にエヴァの姿があった。


「何やってんだよ、お前」

「いいから、部屋まで運んで」

「何で?」

「何でって、そっちが話があるって言うから、部屋を抜け出して来たんじゃない」


 いや、確かにそうだけど、何で窓から入ろうとしてんだよ、普通にドアから入れよな。そう思ったが、話があるのは事実。仕方が無いので、下に飛び降りると、エヴァをお姫様抱っこして部屋に運ぶ。彼女は、部屋に入ると遮音の魔法を施した。


「ちょっと最近、神殿の人達が君とのことであれこれ画策していて、一緒にいるのを見られると面倒なんだよね」


 なるほど。だから、アポを断っていたのか。画策してる内容が何か気になるが、どうせ聞いても答えてくれないんだろうな。


「で、相談したいことって何?」

「実は……」


 俺はレイヴァーテインに言われたことをエヴァに説明した。金色の魔力が竜の魔力であること、いずれラーケイオスに会うと言われたこと、ラーケイオスとの出会いが慟哭や悲哀も呼ぶらしいことなど。エヴァは難しい顔をしている。


「なるほどね。それは、ちょっと私の手に負えないかなあ。竜の巫女様に相談した方がいいかもね」

「竜の巫女?」

「そう、今回ついてきたのも、実はリアーナ様に会うためなんだよね。その時、一緒に相談しようかな」


 確かにラーケイオスに関する事は竜の巫女に相談するのが一番だろう。わざわざ忍んで来てもらったけど収穫は無しか。


「それにしても、何で俺が竜の魔力なんか宿してるんだろうなあ?」


 思わずこぼした疑問。回答などあると思ってなかったが、意外なことにエヴァからすぐに答えが返ってきた。


「いくつか仮説は立てられるでしょ」

「どんな?」

「まず、前提を整理してみようよ。竜の魔力を使えた人って他に誰かいたっけ?」

「そりゃ、アレクシウス陛下だろ、竜の騎士だったんだから」

「そうね。じゃあ、まず仮説一つ目。あんたがアレクシウス陛下の血を引いている可能性」

「アホか、俺は平民だぞ」

「わかんないよ。王族の誰かが平民孕ませて、その子孫かも知れないじゃん」

「孕ませてって、お前なあ。仮にもお前、大聖女だろ。もう少し言葉選べよ」

「仮じゃ無くて、正真正銘、大聖女ね。そこ大事なところだから」

「どーでもいいわ。それより、その説だと、現在の王族の人達が竜の魔力使えないことの説明がつかない」


 そうだ。竜の魔力だけじゃ無い。闇魔法も今の王族に伝わっていない。それに何か理由があるのだろうか。


「そうかあ。じゃあ、もう一つの仮説。アレクシウス陛下があんたと同じ転生者だった、という可能性」

「は?」

「アレクシウス陛下は闇魔法も使えたわけでしょ? あんたとそっくり。転生者であることが竜の魔法、てか竜魔法でいいや。竜魔法や闇魔法を使えるトリガーになってるってのは?」

「だけど、転生者であれば闇魔法やその竜魔法が使えるって言うなら、エヴァ、お前も使えなくちゃおかしいんじゃないか?」

「転生の他にも何か特殊な条件がいるのかなあ? ああ、もうわかんないや」


 考え込んでしまった。二つとも大胆過ぎる仮説だが、有効な反論があるわけでは無い。ただ、この場で考えていても分かることでは無い。これもリアーナに聞けば、何か糸口でもあるのだろうか。エヴァの方はまじめに考えることに飽きてしまったようだ。


「まじめな話はもうやめやめ。どうせ検証できない仮説はどこまで行っても仮説なんだしさ。それより、楽しい話をしようよ」

「楽しい話って何をだよ」

「そりゃ修学旅行で異性の部屋に忍び込んでやると言ったらコイバナでしょ。コイバナ! で、セリアちゃんとどこまで行ったの? 今日もセリアちゃん、あんたの事、嬉しそうに話しててさ。いやあ、妬けるねえ」

「おま、落差激しすぎんだろうが」

「しっかし、こんな前世と合わせて40歳のおっさんのどこがいいのかね」

「余計なお世話だ!」

「そうだ、セリアちゃんに『あいつは40歳だよ』って教えて上げよっかな?」

「お前! 絶対やめろよ!」


 エヴァの両肩を掴んで睨みつける。こいつの場合、どこまで本気かわからないが、本当にやられたら、洒落にならない。だが、その時、いきなりドアが開いた。遮音の魔法のせいで、ノックが聞こえなかったのか。


「ラキウス、いないの? エヴァ様がいなくなった……って……」


 セリアが入って来て、呆然と俺達を見ている。あれ、俺、エヴァの両肩を掴んで、顔を寄せて……。えっ、これ、すごくまずい体勢じゃない? セリアは何も言えずに俺達を見ていたが、目に涙が滲んでくる。そのまま、無言で部屋を飛び出していった。


「セリア!」


 慌てて追いかけ、前を行くセリアの手を掴んで呼びかける。


「待って、セリア、違うんだ。話を聞いて!」

「触らないで!」


 セリアが手を振りほどこうとするが、この手を放してしまったら、取り返しがつかない。引きはがされないよう、痛くない程度に力を込めながら、必死で宥める。


「誤解なんだ! 信じて!」

「何が誤解だって言うのよ!」


 どうする?本当のことを話そうにも、「転生者同士、相談してました」なんて、荒唐無稽な話、信じてもらえる訳もない。「そんな嘘でごまかそうと言うのか!」と逆に怒らせてしまうだろう。そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけて、周り中から人が集まってきてしまった。何だ、何だ、と言う好奇の目に晒されながら迷っていた、その時、エヴァの声が響いた。いつもとまるで違う、大聖女としての厳かな声。


「セーシェリア様」

「何ですか? いくら大聖女様だからって……」


 エヴァの事を「エヴァ様」と呼んで慕っていたセリアが、「大聖女様」と呼び方を変えて睨みつける。が、その表情がすぐに呆然としたものに変わった。セリアの視線を追って振り向くと、エヴァの両目に魔法陣が浮かび、爛々と輝いている。周りの人達も、目の魔法陣に気づき、黙りこくった。


「セーシェリア様。御覧の通り、私は鑑定眼を持っています。私には他の人の魔力が見えるのです。彼とはこの目で見えていることを相談していました」


 周囲の人たちの間に「……鑑定眼……」と言う言葉がざわざわと広がっていく。それと共に、皆、後退りを始めた。鑑定眼が非常にレアなのは、持っている人が何十万人に一人と言うように極端に少ないことが最大の理由だが、それだけでは無い。人々から忌避される能力だからである。誰だって、自分を丸裸にしてしまうような人の前に立ちたくは無いのだ。だから、鑑定眼を使って商売をしようとか、出世しようとか言う人でない限り、能力を隠してしまう人が多くなる。エヴァも鑑定眼の事を伝えているのは、神殿上層部の他は、同じ転生者である俺だけだったはずだ。それをこんな衆人環視の中で明らかにしてしまうのか。


「セーシェリア様。3人だけで話し合う時間をください。きちんと説明しますから」

「……わかり……ました」


 その後、持たれた3人での話し合いで、俺は転生の事を除く全ての事を話した。セリアも最初は半信半疑と言った感じで聞いていたが、最後は信じてくれた。でも、肝心の件が残っている。


「で、相談してた内容は分かったけど、それで、さっきは何してたのよ?」

「……う」


 言葉に詰まってしまった。前世と合わせて40歳というのをばらすとか言われて掴みかかった、なんて、どう説明すりゃいいんだよ。でも、沈黙が長引けば長引くほど、不信感が増していく。そこにエヴァが口を挟んだ。


「何をしてたも何も、こいつ、怒って私に掴みかかってただけだって」

「掴みかかって?」

「そうそう。ちょっとセリアちゃんとのことをからかっただけで『やめろー』とか言って。余裕の無い奴はやだねー」

「そうなの?」


 半信半疑で聞いてくるセリアに、俺はブンブンと首を縦に振る。怒って掴みかかってたのは間違ってない。エヴァはもう自分の役目は終わったとばかりに立ち上がる。


「それじゃ、後は若い二人に任せてお暇しましょうかね」


 お前はお見合いの仲人か何かかよ!

 エヴァが出て行った後、セリアは複雑な表情を浮かべていた。まだ、何か飲み込めていない、そんな感じだったが、口を開く。


「何か納得できないけど、信じてあげるわよ。でも、一つだけまだ怒ってるんだからね」

「え、と、何?」

「これからは困ったことがあったら、隠したりしないで、ちゃんと相談して。どんな荒唐無稽に思えることでも笑ったりしないから。あなたの力になりたいの、お願い」


 セリアの優しさにジーンときた。同時に、転生の事を隠していて申し訳ない気になる。いつかきちんと話せる日が来るだろうか。セリアなら受け止めてくれるだろうと思いつつ、まだ俺の方の心の準備ができていない。自分の心の弱さが嫌になるが、もう少しだけ待っていて欲しい。更けていくアデリアーナの夜の中、そんなことを取り留めも無く考えるのであった。

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