第13話 冒険者の頂
「何あれ?」
「手形?」
「叩かれたの?」
「ダッさ」
場所は、後期の始業式が開かれている講堂の壇上。勲章を授与された俺は、全校生徒の前でのお披露目という栄誉に浴していた。
前世でも良くあったと思う。夏休みに運動部が全国大会優勝したとか、始業式で発表されるというのは。あれと同じなんだが、今、俺に注がれているのは賞賛では無く、失笑。
その原因は、左頬に残る赤々とした手形である。
今朝、セリアと会った瞬間に引っ叩かれた。
「バカ!」と泣きそうな目で睨みつける彼女に、そこまで心配させたのかと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
始業式が終わり、教室に入ったのだが、セリアは隣に座ってこない。朝の事で気まずいのか、母親に何か言われたのか、その両方かも知れない。その代わり、別の人物が隣に座っていた。
「カテリナ様」
「あら、以前、カティアって呼んでって言いましたよね」
「いや、さすがにそれは」
「では、せめて『カテリナ』と呼び捨てにしてくださいな」
「じゃあ、カテリナ、何でそこ座ってるの?」
「あら、席は自由でしょう? 誰かさんも今日は座ってこないみたいだし」
そう言うとカテリナがセリアの方をチラリと見る。つられてセリアの方を見ると、彼女もこちらをチラチラ見ていた。その姿を確認したのだろう。カテリナはこちらに向き直るとクスリと笑って、大仰に話し始める。
「ラキウス君、受勲おめでとう。サルディス家も奔走した甲斐があったというものですわ。お披露目は誰かさんのせいで台無しになってしまったけど」
何か言い方に棘がある。セリアがイライラしてるのが分かる。───今、ドン!と机叩いたぞ。
「それにしても、シーサーペントを倒したラキウス君の勇姿、素晴らしかったですわ。それ程の偉業を成し遂げたのに引っ叩くような誰かさんにも見せて差し上げたかったですわね」
「カテリナ、言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」
セリアが横に来て、腕組みしながら仁王立ちしている。怒りのこもった目でカテリナを睨みつけているが、カテリナに臆した様子は無い。
「あら、足を引っ張ってばかりいる誰かさんに代わって、今後は当家がラキウス君のサポートをして差し上げましょう、と言うことですわ」
「何ですって?」
「なので、彼の隣も譲ってくださいね。ああ、今日は座っていらっしゃらないし、今後もそれで構わないですよね?」
「いい訳無いでしょ!」
「あら、どうして?」
「だって、彼の隣は私の席なんだから! 取らないでよ!」
カテリナはクスリと笑って立ち上がるとセリアの肩をポンと叩いた。
「ちゃんと言えたじゃありませんか。……素直になりなさいな」
そう言うと、いつも座っている席に戻っていくのだった。代わりにセリアが俺の横にストンと座る。彼女は何となくばつが悪そうにしていたが、おずおずと切り出した。
「その、悪かったわよ。叩いたりして……。ううん、ダメね、ちゃんと謝らないと。ごめんなさい。あなたの晴れ舞台を台無しにしてしまったわ」
セリアの気持ちが嬉しかった。そしてカテリナの心遣いも。
「大丈夫だよ。むしろ、それだけセリアが僕のことを心配してくれてるって分かって嬉しかったと言うか」
「本当?」
セリアが覗き込んでくる。その美しい瞳にドギマギしてしまった。
「も、もちろん。あ、別に叩かれて嬉しいとか、変なこと言ってるんじゃないからね。誤解しないで」
「当たり前じゃない。何言ってるの?」
セリアにジトっと睨まれてしまった。その後、二人でクスクス笑いあう。
ああ、フェリシア様。誤解されるようなことはするなと言われたけど、教室で二人並んで楽しくおしゃべりするくらいは許してください。
そんな幸せな時を過ごしていたが、「チッ」という舌打ちの音が聞こえてきた。音の聞こえてきた方を見ると、リカルドである。停学期間を終えて戻ってきたのだ。学院側も自主退学を期待していたと思うが、厚顔にも復学するという希望を跳ね除けることはできず、今日から戻ってきたという訳である。もっとも俺達を苦々しげに見てはいたが、停学明け早々に問題を起こすつもりは無い様で、何も言ってはこなかったが。
その日は後期初日で、学院は午前中で終了。午後は冒険者ギルドに向かった。実は今回のシーサーペント討伐で、もう一つ、ご褒美があったのだ。
「ラキウス君、おめでとう。今日から金剛石級冒険者だ」
ギルド長から金色のプレートを渡される。金剛石ってダイヤだから透明のプレートかと思っていたが、金色だったのか。まあ透明だと、下から2番目の水晶級と区別がつきにくいから、これはこれでいいのかもしれない。
それにしても15歳で金剛石級か。通常、冒険者登録自体が成人年齢である16歳からだから、15歳で金剛石級冒険者と言うのは前代未聞である。まあ、シーサーペントのほぼ単独撃破と言うのは、功績としても申し分ないし、レジーナの件で信用が失墜したギルドとしては、新しい看板が欲しいタイミングだったというような幸運も重なったのだろう。サルディス伯爵家からの推薦状も効いたのかもしれない。
いずれにしても、もらえる名誉はもらっておきたい。正直、金剛石級冒険者と言う肩書が、貴族社会に対して訴求効果を持つかと言われれば微妙だろう。爵位を上げることに直接役に立つとも思えない。しかし、少なくとも世間一般に対しては効果を持つに違いない。一つ一つは小さくとも功績を積み上げて、いつかセリアに追いつくのだ。
そう言えば、忙しいと断られて、エヴァにはまだ相談できていないけど、レイヴァーテインに言われた、竜の魔力をまとっているということはプラスになるのでは無いだろうか。慟哭や悲哀も受け入れろと物騒なことも言われたが、ラーケイオスといずれ出会うようなことも言われた。王国の守護竜との結びつきならば、大きなプラスになるだろう。
そう思っていたのだ。その時は。だが、俺は想像すら出来ていなかった。レイヴァーテインの言葉がどのような形で現実のものとなるのか。それが王国にどれほどの衝撃をもたらすことになるのかを。
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