第23話 ネックレスの秘密
夕刻、場所を屋敷に移して、パーティーが始まった。
メイン会場に参加しているのは主要陪臣の他、商船・商業ギルド幹部など街の有力者とその家族に限定されているとは言え、その数は200人近くいるだろう。魔石灯のシャンデリアが煌めく中、色とりどりの衣装の男女がさんざめく、その様は壮観であった。
ホール中央の階段踊り場にセリアと並んで立ち、ここまで来た感慨を胸にグラスを掲げる。
「今宵は俺とセーシェリアの婚礼の儀に集まってもらい、礼を言う。皆の助力により、このレオニードを始め、領地の経営は順調に進んでいる。今後は我が妻セーシェリア共々よろしく頼む」
ここに集まっているのは、辺境伯夫妻とリアーナ以外、俺の家臣、もしくは格下。横柄に聞こえようが、あくまで領主としての態度で臨む必要があった。俺からの挨拶に続き、セリアが挨拶する。
「領主ラキウスの妻となりました、セーシェリア・フェルナース・ジェレマイアです。皆さま、よろしくお願いいたします」
結婚により、彼女は名前が変わった。フィオナ家の母とフェルナース家の父の娘としての名から、フェルナース家からジェレマイア家に嫁いできた妻としての名に。名を告げ、淑女の礼をする彼女の美しさ、優雅さに、会場のあちこちから感嘆のため息が漏れた。
「それでは、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
乾杯の音頭に皆が一斉に唱和する。飲み干す酒が美味い。ポルメドーレをベースにいくつかのリキュールを加え、炭酸水を割り材に使ったカクテル。上等の酒であることもだが、人生最良の日、その事実こそが最上の味付けだろう。
踊り場からホールに降り、さあ食事───とはならない。200人からなる参加者から祝辞を受けるのだ。さすがにこの人数になると、厳密とはいかないが、ランクの高い順に挨拶することになる。真っ先に進み出てきたのは、当然、この一団の中でも段違いにランクが高い彼女であった。
「ラキウス君、セーシェリア様、本日はおめでとうございます」
「リアーナ様、こちらこそ、私どもの結婚式にご出席いただき、ありがとうございます」
リアーナはいつもの略式の巫女服では無く、正装であるローブを着ていた。白地に金糸で刺繍の施された豪華絢爛たるローブ。王国一の美姫と讃えられる彼女の美貌をこれ以上無い程引き立てていた。
その正面に俺と共に立つのは、純白のドレスに身を包んだセリア。白銀の花嫁と黄金の巫女との、絶世の美の競演は、周り中のため息を誘っていた。そのセリアからもリアーナに返礼する。
「リアーナ様、ありがとうございます。アデリアーナでおっしゃられていたこと、肝に銘じておきます」
「あ、あれは、……ちょっと差し出がましい物言いと言うか、忘れてください」
ん? アデリアーナでって、俺たちと話した後、二人きりで話していた時のことか? 何の話か気になるが、聞いても答えてくれないんだろうな。セリアの言に、ちょっと慌てていたリアーナだったが、俺達を眩しそうに眺めると微笑んだ。
「……本当にお似合いです。お幸せになって下さい」
リアーナが下がり、次に進み出たのはカテリナ。辺境伯は親族であるため、挨拶の対象外だ。俺の陪臣に男爵位の貴族は複数いるが、誰もがかつての主君の娘であるカテリナを最上位と見なしている。昨日まで結婚式の準備に忙殺されていた彼女も、今は爽やかな若草色のドレスに身を包み、鮮やかな赤毛と目鼻立ちのはっきりした顔立ちと合わせ、華やかで、それでいて清楚な雰囲気を纏っていた。
「ラキウス様、セーシェリア様、ご結婚、本当におめでとうございます」
「ありがとう、カテリナ。でも、私に敬称はいらないわ。元クラスメイトの友人に様付きで呼ばれても困ってしまうもの」
カテリナとセリアの、このわざとらしいやり取りは敢えてのもの。パレード終了後、俺とセリア、カテリナの3人で話し合って決めたものだ。
新参の領主の元に、これまた他の領地から妻が嫁いでくる。古参の陪臣たちからは、旧領主家のカテリナ、ひいては自分たちが軽く扱われていると思うことがあるかもしれない。だから、領主である俺と陪臣であるカテリナの上下の差ははっきりさせたとしても、妻であるセリアはカテリナを下に見ないという姿勢を見せる必要があるのだった。
話を聞いたカテリナは当初、躊躇したが、最終的には受け入れた。結局のところ、お互い、クラスメートであり、友人であった相手との間に上下関係を持ち込むことに戸惑いもあったのだろう。カテリナはセリアの言葉に柔らかな笑みを浮かべた。
「わかったわ、セーシェリア。それでは改めてよろしくね。共にラキウス様を支えましょう」
「ええ、お願い。ラキウスを二人で支えるの」
カテリナの後は、いったい何人の挨拶を受けたか分からない。エーリックもいたが、流石に結婚披露パーティーの場でカテリナのことを持ち出すことは憚られたのだろう。お祝いを述べられただけで終わった。だが、いつまでも先延ばししていい話でもない。近いうちにきちんと向き合う必要があるだろう。
そうやって何人もの挨拶を受けていたが、途中で気づいてしまった。娘やら妹やら、やたら年頃の娘を紹介してくる奴が多い。結婚披露の場だと言うのに、もう側室候補として自分の親族を売り込みに来る、その逞しさに苦笑が漏れる。お前ら、俺の隣にいる花嫁を見て、俺が他の娘に目移りするとでも本気で思っているのか?
最後は心を無にして挨拶を捌き、ようやく解放されたころには心底疲れていた。辺境伯夫妻へのお礼を済ませ、自分の家族のところに合流する。父さんも母さんも、フィリーナまで食べて飲んで上機嫌だった。───俺とセリアは乾杯時のカクテル以外、まだ何も口にできていないと言うのに。そんな父さんと母さんに、セリアが深々と淑女の礼の姿勢を取った。
「お義父様、お義母様、不束者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」
そんな正式の礼をされたのは初めてなのだろう。父さんは「お、おう」と言ったまま固まっている。母さんも苦笑していた。
「セーシェリアさん、そんな堅苦しくしなくてもいいから。ラキウスのこと、よろしくね」
「もちろんです。それと義娘になったのですから、『セリア』とお呼びください」
それを聞いた母さんの頬が緩む。
「セリアちゃん!」
「は、はい、お義母様?」
パン!と両手を打ち合わせて母さんがセリアの名を嬉しそうに口にする。それにセリアも少し戸惑いながらも応えるのだった。そこにフィリーナが横から口を挟んでくる。
「ねえねえ、私もセリアお義姉ちゃんって呼んでいい?」
期待に目を輝かせているフィリーナにセリアも釣られて笑みがこぼれてしまう。
「もちろん。よろしくね、フィリーナちゃん」
「へへへ、セリアお義姉ちゃん、よろしくね」
フィリーナも心から嬉しそうだ。こいつら、最初の頃は張り合って、母さんにそろってお尻を引っ叩かれていたのに、変われば変わるものである。と、そこで、フィリーナが思いついたようにセリアに問うた。
「セリアお義姉ちゃんって、貴族のこととか詳しいよね?」
「まあ、辺境伯の娘として恥ずかしくない程度には」
それを聞いたフィリーナは母さんのネックレスを持ち上げて、セリアに見せた。
「素敵。ラキウスが贈ったの?」
セリアの目にも相当高価な品に映るのだろう。当然平民の両親が持っているはずも無く、俺が贈ったのかと聞いてくるが、俺は首を横に振った。
「いや、それは俺たちの祖母の形見なんだ。祖父が生前に祖母に贈ったみたいなんだけど、誰か分からないんだよね。裏蓋に紋が彫ってあるんだけど」
フィリーナが裏蓋を開けて、セリアに紋を見せた。だが、セリアも首を傾げている。
「家紋じゃ無くて、個人紋ね。でも、こんな紋章は見たことが無いわ」
やはり俺と同じ、個人紋という結論を出しているが、人の特定には至らないようだ。まあそうそう簡単にわかる訳は無いと最初から思っているから失望も無いが。
「賑やかだな。何をやってるのかね?」
そこに辺境伯がやって来た。セリアが楽しそうに話をしているのが気になったのだろう。
「お義母様のネックレスに彫られている紋章が誰のだろうって話をしてたの。お父様、知ってる?」
娘に問われ、辺境伯がどれどれ、とネックレスを覗き込んだ、その直後、ガシャアアン!という大きな音が響いた。辺境伯が手に持っていたグラスを取り落とし、床に落ちて割れたのである。辺境伯は蒼白になっていた。手が小刻みに震えている。どうしたのか、と問おうとした次の瞬間、辺境伯が母さんの両肩をガシッと掴んだ。
「どこで⁉ どこでこれをっ⁉」
「い、痛い!」
焦ったように詰問してくる辺境伯に肩を掴まれた母さんは痛さにうめく。慌ててセリアが父を止めた。
「お父様、やめて! お義母様が痛がってる。それに女性にそんなこと、失礼よ!」
「す、すまない。我を忘れてしまった。マリア殿、大変失礼した」
娘に注意され、我に返った辺境伯が手を放し、母さんに謝罪する。母さんはその謝罪を受け入れたけど、辺境伯は相変わらず呆然としてネックレスを見ていた。
「義父上、このネックレスがどうかしたのですか?」
「い、いや、君は知っているのか? このネックレスの入手経路を」
「入手経路も何も、祖母の形見です。名前は分かっていませんが、祖父に当たる人に生前贈られたものだと聞いておりますが」
その説明に、辺境伯はなおさら愕然とした表情を深めた。目を大きく見開き、まじまじと俺を見つめている。
「……ラキウス君、君は……!」
「?」
彼が何に驚いているのか分からないが、辺境伯はそれを説明してくれること無く、母さんに向くと、頭を下げた。
「マリア殿、そのネックレスをお貸しいただけないでしょうか。調べたいことがあるのです。誓って、誓ってお返ししますから!」
「……わ、わかりました」
半ば勢いに押し切られる形で母さんがネックレスを渡すと、辺境伯は、「必ずお返しします」ともう一度だけ伝えると足早に部屋を出て行く。後には呆気にとられた俺達だけが残されたのだった。
「お義父さん、どうしたんだろう?」
「わからない。あの紋章が知ってる人のだったってのは想像つくけど」
セリアと二人、顔を見合わせて首を傾げる。辺境伯はいったい何にあんなに驚いていたのだろう。パーティーが随時解散となり、人も閑散となった会場で俺たちは狐につままれた気分に覆われていた。
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