第22話 白銀の花嫁

 海神神殿の控室。俺は声を出すのも忘れ、見入っていた。ウェディングドレス姿のセリア、その美しさに。総レースのシルクのドレス、純白を纏う彼女は例えようも無く美しい。彼女の美しさは良く、女神のようだと讃えられるが、断言できる。今、俺の前に立つ彼女の美は、女神すらも凌ぐ。


「ラキウス?」


 呆然と見入っていたが、セリアの呼び声に我に返る。


「ごめん、あまりに綺麗で見惚れていた」

「ありがとう、嬉しい」


 身体を預けてくる彼女を優しく抱きとめる。強く抱きしめてしまうと、ドレスが崩れてしまいかねないから慎重に。


「ラキウス、私、幸せよ」

「俺もだよ」


 君と出会って、一目で恋に落ちてから、ただひたすらにこの日が来ることを待ち望んでいた。君に釣り合えるように努力した。途中で強すぎる力を手にしてしまって、困った事態になってしまったこともあったけど今はその全てを許せる。全てはこの日を迎えるために必要な事だったと思えるから。


 しばらくお互いのぬくもりを感じていたが、神殿の巫女が呼びに来て、会場に歩みを進める。ドアが開かれ、ホールに進むと、居並ぶ参列者が立ち上がって拍手で迎えてくれた。参列者は200人は超えているだろう。セリアの手を取り、ゆっくりと歩を進める。ヴァージンロードの先にある祭壇へと。天窓から降り注ぐエンジェルラダー、天からの祝福にも思える光に包まれながら。


 祭壇まで進むと、司祭の指示に従い、誓いの奏上である。大いなる神への誓いの言葉。決まりきった定型文。だが、その言葉に込められた思いは本物だ。


「命を育み、恵みをもたらす大海原を統べる神にして、大いなる十二柱の一柱、海神レオニダスに申し上げ奉る。我ラキウス・リーファス・ジェレマイアは、セーシェリア・フィオナ・フェルナースを妻とし、終生彼女を守り、身も心も彼女と共に在ることを誓うものなり。我らに御身の祝福があらんことを希いこいねがい奉る」


「命を育み、恵みをもたらす大海原を統べる神にして、大いなる十二柱の一柱、海神レオニダスに申し上げ奉る。我セーシェリア・フィオナ・フェルナースは、ラキウス・リーファス・ジェレマイアを夫とし、終生彼を支え、身も心も彼と共に在ることを誓うものなり。我らに御身の祝福があらんことを希いこいねがい奉る」


 誓いの奏上の後、司祭に促され、キスをする。こんな大人数の前でキスするのは少し気恥ずかしい。セリアと向かい合うと、彼女の瞳には薄っすらと光るものがあった。


 彼女を抱き寄せ、万感の思いを乗せて唇を重ねる。周りに響く万雷の拍手の中、潤んだ瞳で見つめてくる彼女に心の中で誓う。君を必ず幸せにして見せると。そこに司祭の宣言が響いた。


「海神レオニダスの名において宣言する。ラキウス・リーファス・ジェレマイア、セーシェリア・フィオナ・フェルナース、両名は今ここに夫婦となった! 二人にとこしえの幸いあらんことを!」







 神殿での結婚式を終え、その後はパレード。領主とその妻の姿を領民に知らしめる。ある意味、結婚式に連なる一連の行事の中で最も重要な意味を持つと言えるかもしれない。


 神殿の前に停められたオープンタイプの馬車に乗りこむ。引くのは4頭の白馬。このパレードのために用意された特別な馬たちだ。前後を警護する護衛騎士たちは全員、礼装用のミスリル製フルプレートに身を包み、先頭の騎士はジェレマイア家の紋章が描かれた旗を持っている。元平民の俺の家に紋章なんてあったはずが無いから、この紋章は叙爵後に作られたものだ。竜の騎士である俺を表す紋章として、竜と剣が意匠化された紋章。車列は旗持ちの騎士を先頭にゆっくりと動き出した。


 神殿から街の中央の広場に続く道。沿道は人で溢れかえっていた。レオニードの人口が約2万人といったところだが、それ以上の人が周辺の町から集まってきているのでは無いだろうか。その人々が口々に俺とセリアの名を呼び、歓声を上げている。特にセリアの美貌に驚愕にも似た賛辞が送られていた。


「なんて……綺麗!」

「女神様だ……」

「領主様、羨ましい」

「俺のところに嫁に……」


 おい、最後ちょっと聞き捨てならんぞ。───今日は人生最良の日だから見逃してやるが。苦笑しながらセリアに話しかける。


「大人気だな」

「そうね。いつまでもこうあってくれればいいけど……」


 自らを讃える声を若干引いて聞いているような、そんな声。あれ?と一瞬、訝しく思う。まさか、マリッジブルーなどと言うこともあるまいが。突っ込んで話を聞きたくなるが、馬車の上で、周囲ににこやかに手を振りながら、込み入った話ができるはずも無い。馬車はそのまま、中央の広場に差し掛かっていた。そこで、セリアが沿道に何かを発見したのか、馬車を止めさせた。彼女の視線の先にいたのは、いつかの女の子。2~3人の友達と花冠を掲げ、一生懸命に何かを訴えている。


 セリアは馬車を降りると女の子の所に行き、ドレスが汚れるのも構わず、膝をついて目線を合わせ話しかけた。


「どうしたの?」

「お姉ちゃんの服汚したのにごめんなさいしてなかったから。それに領主様と結婚したんでしょう。おめでとうを言いたかったの」

「それでその冠を?」

「そう、みんなで作ったんだよ」


 そう言うと、セリアに花冠を被せようとしたが、ベールの上からではうまくはまらない。セリアはベールを取ると、頭に被せてもらった。花冠をつけたセリアを見て女の子たちは嬉しそうだ。


「お姉ちゃん、すごく綺麗。お姫様みたい!」


 その声を聞いた途端、セリアは女の子たちを抱きしめていた。震える肩、震える声。


「ありがとう、大切にするね」


 その姿を見て、俺は理解した。彼女はお姫様みたいと言ってくれた女の子に、彼女を姫様と呼んで可愛がってくれた故郷の人々の姿を見たのだ。そして同時に理解する。自らを讃える声を一歩引いたように聞いていた彼女の態度、それは不安の表れだったのだと。


 いくら大貴族の娘として教育されてきたとは言え、見知らぬ土地の領主の妻となる。それも夫となる俺は歴代の領主では無く、新任で平民出の成り上がり。陪臣たちの目は常に前の領主と俺を比べている。そんな中、俺を支え、良き領主の妻となるというのは、彼女にとっても重圧だったのだ。俺に気を遣って、これまで表に出してこなかったにしても。女の子たちの言葉はそんな不安を少しでも和らげてくれたに違いない。この街の人達もまた、故郷の人々と同様、優しい人たちなのだと。


「セリア、無理すること無いよ。一緒に少しづつ努力していこう。君を必ず守るから」


 セリアに手を添え、立たせながら声をかける。セリアは頷くと、こつんと俺の胸に額を当ててきた。


「うん、お願い。大好きよ、ラキウス」


 顔を上げ、笑顔を見せてくれた彼女の肩を抱き、馬車に戻る。再び上がる歓声の中、馬車はまた動き出した。その車上で、観衆に手を振りながら、改めて誓う。彼女を守り、支えていくことを。愛する人の笑顔、それこそが俺の望みなのだから。

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