第21話 いよいよ明日
結婚式をいよいよ来週に控え、人の出入りが激しくなって来た。王都で婚約式を盛大にやったので、今回は両家の関係者だけだが、俺の主要陪臣の参列者だけで数十人。彼らが連れてくる家族や陪々臣も含めれば、来訪者は300人以上に上る。俺は到着する陪臣たちの対応に追われていた。
そんな中、俺の家族が到着した。馬車から真っ先に飛び出してきたのはフィリーナである。
「お兄ちゃん! 久しぶり!」
俺に飛びついて、その勢いのまま、クルクル回っている。教育係をお願いしているクラリッサが渋い顔だ。
「フィリーナ様、いくらご兄妹とは言え、はしたないですよ」
「はーい」
生返事をしつつ、舌をペロッと出している妹を見るに、クラリッサの苦労が伺えた。
「すまない、クラリッサ。苦労をかけるな」
「滅相もございません。フィリーナ様も日頃はレディーらしく振る舞っていらっしゃるのですが、今日はラキウス様にお会いできた嬉しさで羽目を外していらっしゃるのかと」
うん、今日だけ羽目を外してると言うより、常日頃、ネコをかぶってるだけだと思うけど。でも、それ言ってしまうと、クラリッサの苦労を否定することになっちゃうから曖昧に笑っておくだけにしたけどね。
フィリーナの後ろから父さんと母さんが降りてきたが、二人とも随分小綺麗な恰好をしている。今回、二人には、貴族の列に並んでも恥ずかしくないだけの服を仕立てて贈っておいたのだった。さらに髪をセットして、例のネックレスをしている母さんは、見た目だけは、もう立派な貴族のご婦人である。
「どうも、こんなチャラチャラした服は落ち着かないねえ」
「まあ、数日の辛抱だから我慢してよ」
「わかってるって。大事な息子の結婚式なんだからね」
母さんが着慣れない服に不満を漏らしているが、それは父さんも同様のようだ。
「おい、ラキウス、部屋に早く案内してくれ。こんな窮屈な服は早く脱ぎたい」
「わかったよ」
苦笑しながら、侍女の一人に案内するように頼む。俺はこれからもやって来る客の対応が残ってるのだ。
さて、何組かの主要な客の相手を済ませた俺は、家族の待つ部屋に向かう前に裏庭の方に寄った。そこにも大事な客が来ているのだ。
ちょっとした林になっていた裏庭は、全ての木が伐採された上、整地されていた。そこに佇む巨大な客。
『やあ、ラーケイオス、調子はどう?』
『悪くはないぞ。一応、雨露をしのぐ庇などもあるようだしな』
『ファルージャの神殿みたいに居心地良くなくて申し訳ないけどな』
『気にするな。別にその辺の林で寝ていても我は全然かまわん』
『そう言う訳にはいかないよ』
ファルージャの神殿地下で眠っていたラーケイオスは、起きた後、寝る場所が無くて、基本、野宿だった。騎乗用として使役されている飛竜などより遥かに巨大なラーケイオスを収容できる設備など無かったのである。
屋敷より広い敷地を更地にする手間もさることながら、100メートルを超える巨体を隠す庇の設置は困難を極めた。出入りを考慮すると間に柱を設置するわけにはいかない。結局、地面に突き立てた巨大な木の柱に括りつけた何本もの鉄製のワイヤで屋根を吊る、吊り屋根式にして解決したのである。
これでようやくラーケイオスをこの地に迎えることが出来たのだが、そうなると気になるのが、近くで死んだレイヴァーテインのことをどう思うかである。いや、正直に言ってしまおう。ラーケイオスはアデリアを許してくれるだろうか、それが心配だった。だが、それを聞かれたラーケイオスの反応はあっさりしたものだった。
『レイヴァーテインを殺した魔族のことならリアーナから聞いているぞ。別に思うことは無い』
『そうなの?』
『レイヴァーテインとは古くからの知り合いと言う以上の関係は無いしな。むしろその魔族に取り込まれたアデリアの方が我にとっては馴染みの深い知り合いだ。彼女の意識が残っているのなら会ってみたいものだな』
『そうか、きっとアデリアも喜ぶよ』
取りあえずは良かった。アデリアがラーケイオスに会いたがるかは分からないが、少なくとも、会って即殺し合いみたいな事態にはならなそうでホッとする。
ラーケイオスとの話も終わり、今度こそ、家族の泊まっている部屋に向かう。泊まっている部屋は二つの寝室を備えたスイートルームタイプの客室で、この屋敷で二番目に格式の高い客室である。一番目の部屋はもちろん、セリアの家族用だ。
ドアを開けてまず目に飛び込んで来たのは、ソファでだらしなく眠っている父さんの姿。手には酒瓶。見てみるとポルメドーレと言う蒸留酒の瓶だった。これはポルメという前世でのリンゴに似た果実から作られる、ちょっと甘みのある蒸留酒でアルコール度数は40%弱。ストレートで飲んでもいいが、冷やした炭酸水で割るのが人気の飲み方だ。庶民がそうそう飲める酒では無いが、美味いからと言って、ストレートのまま、いつも飲んでいるエールと同じ調子で飲んだら、潰れるのは当然である。呆れたように見ている俺の視線に気づいたのだろう。母さんが苦笑いしていた。
「なんか、信じられないくらい美味いと言ってどんどん飲んでたからね」
「まあ、この部屋にある酒は好きに飲んでいいけどさ。結婚式とか大事な行事の時に酒が残ってないように節度を持って飲めって言ってね」
「わかってる、わかってるって。あんたの結婚式に泥塗るわけにゃいかないからね」
そう言う母さんの首元には例のネックレスが光っている。結局あの紋章が誰の紋章なのかはわからないままだ。
「そのネックレスしてきたんだね」
「母さんのお母さんの形見だからね。お母さんにも孫の結婚式に出てもらいたくて」
俺が生まれる遥か以前に死んでしまって顔も知らない祖母。肉親としての情を感じるかと言うと正直微妙なところである。それは俺が転生と言う異なるルーツを持つことも関係しているかもしれない。ただ、母さんにとっては実の母親だ。その思いは大切にするべきだろう。
少ししんみりしてしまったが、そこへ、そんな気持ちを吹き飛ばす能天気な声が響いた。
「そのネックレス、私がもらうんだからね。お兄ちゃんにあげちゃダメだよ。セーシェリア様にはお兄ちゃん、自分のお金で買ったものを贈ってね」
現金な妹の言に吹き出してしまう。空気読めよとは言いたいけど、兄にべったりだったころに比べれば、兄に対抗しようとしているのはいいことなのかもしれない。
「ああ、フィリーナがもらえばいいよ。後ろに『フィリーナへ』って言葉も彫ってあるし、お前が受け取るべきだろう」
祖母と同じ名前の孫娘。別に形見を渡すことを意図してつけられた名前では無い。だけど、これもまた運命のような気がしていた。母さんも同じ気持ちなのだろう。
「わかったよ。じゃあ母さんが死んだら、これはフィリーナにあげるね」
一方、フィリーナはそう言われて、自分の要求が意味するところを理解したようだ。泣きそうな表情で母さんに抱き着いた。
「ダメ! お母さん、長生きして。ネックレスもらうのは、私がお婆ちゃんになってからでいいから」
「当たり前でしょ。フィリーナの子供の顔も見ないといけないじゃない」
母さんが優しくフィリーナの髪を撫でている。逆に、そう言われたフィリーナは不服そうだ。ぷくっと頬を膨らましている。我が妹ながら、コロコロ表情が変わって見ていて飽きない。
「私、結婚しないもん」
「そう言う訳にいかないでしょ?」
「じゃあ、お兄ちゃんより強くてかっこいい男の人連れてきて」
また、無理難題言って母さんを困らせて。少なくとも、俺より強いって条件は外さないと候補は人外ばかりになっちゃうぞ。でもまあ、強さと言うのも、個人の武力に限定しなければ、いくらでもいるか。経済力や知力など、俺なんかより遥かに上の人達がいっぱいいるもんね。カッコよさで言ったら、貴族院にはイケメンいっぱいいるだろうし。
「学院にはいい男いないの?」
「いないよ。私が伯爵令嬢になったら、途端に態度が変わるような最低の奴ばっかり」
興味を引かれて聞いてみたが、即答だった。形式上、俺の養子であるフィリーナは当初、子爵令嬢として普通クラスに入ったが、平民上がりで社交儀礼などが身についてないこともあり、見下されるようなこともあったようだ。それが俺が伯爵になったことにより、彼女の地位も上がったが、途中で特待生クラスに上がるのは大変と言う判断で普通クラスのままにした。だが、そうすると格上の伯爵家と言う肩書に近づこうとする男どもが増えて辟易しているという状況らしかった。
「そうか。まあしつこい奴がいたら、お兄ちゃんの許可取って来いと言っとけばいいからな」
彼女にとっての家長は俺だ。家長の俺には彼女の結婚相手を決める権利がある。もちろん、本人の意思を無視して決めるなんてことはしないが。
「うん、もう言ってるよ。『私と付き合いたかったらお兄ちゃんを倒してから来てね』って。挑戦者が来たら、遠慮無くぶちのめしてやって」
───何で俺が妹と付き合いたい奴と戦わないといけないんだよ。なんか頭痛くなってきた。
そんなこんなで、日々の領主業務に加え、来客の対応や、結婚式会場となる海神神殿との打ち合わせ、たまに家族の相手などに追われているうちに、あっという間に結婚式前日である。その日の午後、待ちに待ったセリアとその家族が到着した。
「ようこそいらっしゃいました。
「うむ、世話になるぞ。
「あら、
───フェリシア様、辺境伯の前でそんな爆弾発言はやめてください。誤解を招くじゃ無いですか!
「いえ、フェリシア様は相変わらずお綺麗でいらっしゃいます」
慌てて取り繕う俺を見て、フェリシアがクスクス笑っている。そんな妻を見て、辺境伯が苦笑いしていた。
「
「フフ、分かってますよ」
「もう、お母様、ラキウスをいじめちゃダメなんだからね!」
そこにセリアが馬車から降りてきて、援護射撃をしてくれた。
「セリア!」
「ラキウス!」
お互いに駆け寄って手を握る。抱きしめたいけど、流石に辺境伯の前では憚られた。フェルナシアに送って行ってからもう4か月近く。久々に会うセリアは変わらず、輝くように美しかった。
「会いたかった」
「私も」
見つめ合い、言葉を交わす。それだけで幸せな気持ちが広がって来る。いよいよ、いよいよ明日だ。思い続けた日を前にして、俺は幸せを噛みしめていた。
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