第22話 離れたくない
テオドラのクリスティア王国訪問出発が一か月後に決まった。
王族の外国訪問で一か月の準備期間など無いも同然である。何しろ、王族が移動する場合、一人で移動などあり得ない。身の回りの世話をする侍女、侍従が10人程度、食事の準備を行う料理人が数人、ロジの調整や会談の前捌き、会談で決まったことの細かい事項の調整などに携わる文官が10人超、それに護衛騎士が80人。この80人の構成は、近衛騎士団からは30人、うち10人が女性騎士。後の50人は第一騎士団、第二騎士団から出されることになる。いずれにしろ、王族1人の外遊のために100人を超える人間が移動することになるのだ。
しかも、道中、極力街に寄りながら進むとは言え、毎日街に泊まることができるわけでは無い。街に泊まれる日も、当然この人数を収容できる宿などあるわけが無い。主要メンバーのみ宿に泊まり、後は野営だ。そのための天幕や寝具、替えの衣類、食料、水などの手配、途中通過することになる領地の領主への連絡などなど、やることは山ほどある。今頃、ソフィアが徹夜続きで準備の指揮を執っているに違いない。まあ、彼女なら、この忙しささえも笑って乗り切りそうであるが。
さて、俺は当然、随行する護衛騎士に立候補したのだが、クリスティア王国側から拒否されてしまった。何でも、「首都を消し飛ばすなどと言っている方を国内に入れる訳にはいきません」だそうだ。あのレムルスの野郎がニヤニヤしながら言っていただろうことを想像するとムカつくが、相手国がダメだと言っているのに入国させろと言う訳にもいかず、第一騎士団からの選抜部隊には選ばれなかった。お留守番決定である。
しかも、クリスティア王国側の出してきた日程案だと、首都だけでなく、十侯会議の主要メンバーの領地も順次訪問するということで、滞在2か月なんてスケジュールになっている。それでは往復と合わせて5か月超、セリアと会えないでは無いか。
───と言う訳で、今日は非番であるが、不貞腐れて寝ている。なんか玄関で物音がして、フィリーナの「いらっしゃい」とか言う声が聞こえたような気がするが、起きる気にならない。でも、その時、控えめに部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ラキウス、起きてる?」
顔を出したのはセリアだった。慌ててベッドに半身を起こす。セリアは、そんな俺にそのままでいいと制しながら部屋に入って来て、ベッドに腰を下ろした。自然とベッドの端に二人並ぶ感じになる。
「元気無いって聞いたから。大丈夫?」
「ごめん、情けなくて。でも、半年近くも君に会えない。ただでさえ、君のお父さんと約束してから後数か月で一年になるのに何も成果を上げられていないってのに」
愛する人に見せるには、あまりにも情けない姿。だが、セリアはそんな俺を優しく抱きしめてくれた。そして彼女の口から洩れたのは、思ってもいなかった朗報。
「あのね、テオドラ様が国内の移動中だけでもラキウスに同行してもらうって言ってくれたの。だから、クリスティア王国入国後は無理だけど、それまでは一緒にいられるのよ」
「本当?」
「本当。今頃、王宮から第一騎士団に通達が行っているはずだから」
やった。いや、本当はやったじゃ無いのだが、5か月丸々会えないという事態は避けられた。クリスティア王国滞在中の3か月くらい会えないけど、それでも会えない期間は相当程度短縮されたことになる。
「そっか、それじゃ俺も準備しとかないとな」
ただ、準備と言っても、冒険者時代の癖で簡易宿泊キットなどは揃っているから、新たに揃えないといけないものはあまり無い。後、考えておかないといけないのは、俺が不在時のフィリーナの護衛をどうするかだが、これはちびラーについていてもらえばいいだろう。その間、セリアとは俺が一緒だからちびラーについていてもらう必要は無い。国境でセリアと別れた時点で、交代だ。国境から王都まではラーケイオスの超音速飛行なら30分もかからず帰れるし、その間位ならフィリーナが一人になっても大丈夫だろう。後はそうだ。後でもいいけど、思いついた時に言っておこう。
「セリア、クリスティア王国内で俺に連絡したいときは、ちびラーに話しかけてくれればパスが繋がるから」
「私の声がラキウスに届くってこと?」
「声だけじゃ無くてちびラーが見てる景色も見えるから、君の姿も見えるよ」
何の気なしに伝えたことに、少し微妙そうな顔をされた。
「それってもしかして、これまでも覗き見されてたってこと?」
「そ、そんなことあるわけ無いって。あくまでラーケイオスが危ないって判断した時しかパス繋げてないから。以前、襲撃があった時だけ。今回は君が俺に連絡したいって思った時に繋げてもらうために言ったの。決して君に無断で覗き見とかして無いから!」
必死な説明に、俺の瞳を覗き込んでいたセリアはクスっと笑った。
「なあーんだ、覗き見してくれてても良かったのに」
「え、それってどう言う?」
「ふふ、あなたに見られても嫌じゃ無いから。あ、でもトイレとかはダメよ」
「当たり前だよ。それに何度も言うけど、君に無断で覗き見はしないから」
「うん、わかってる」
そう言うと、セリアは倒れこむように抱き着いて来た。俺を見上げる瞳が揺れている。
「あなたと離れたくない。例え3か月ちょっとでも嫌」
「俺もだ」
彼女を強く強く抱きしめ、何度も何度もキスをする。離れていなければならない3か月の分までも前借りするかのように。今、この時だけは、来るべき一時の別離を忘れ、幸せを噛みしめるのだった。
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