第21話 晩餐会

 クリスティア王国の使節団が王都に到着した。

 全権代表として使節団を率いるのは、クリスティア王国を実質的に支配する十侯会議の筆頭、ファールス侯レムルス。

 ちなみに、彼の人となりをソフィアに聞いたところ、次のような回答を聞くことになった。


「いい噂は聞きませんね。部下には高圧的で、女にだらしないというような話がまことしやかに伝えられてきています」


 絶対にお付き合いしたくない類の人物だが、外交と言うものはそうはいかないのが歯がゆいところである。そのレムルスのドミティウス陛下への謁見が済み、場所を移して今は晩餐会。俺は竜の騎士として、竜の巫女であるリアーナと一緒に出席することになっていた。


 ───なのだが、何故か俺の席がメインテーブルにある。リアーナの序列に引っ張られていると言うのは分かるけど、平騎士に過ぎない俺が国王陛下と同じテーブルに座るなんて、あっていいのだろうか。


 メインテーブルに座っているのは、まずは主賓のレムルスと次席代表らしい男。ホスト側はドミティウスと王妃のアウロラ。なお、アウロラはこの使節団訪問に合わせて謹慎が解かれたらしい。これも使節団訪問の目的の一つだったんだろうなと思う。続いてテオドラ、リアーナにおまけの俺である。また、護衛騎士1名の帯同が許されており、セリアも後ろに控える騎士の中にいた。


 ドミティウスの歓迎の挨拶と乾杯の音頭で始まった晩餐会であったが、続く展開はなかなかに不愉快なものとなった。女にだらしないという噂にたがわず、レムルスはテオドラにひたすらおべんちゃらを述べてたかと思うと、今度はセリアに目を付けたのである。


「これはこれはお美しい! 護衛騎士など勿体ない。我が息子の嫁に欲しいくらいですな」


 ふざけんな、ヒヒじじい! 息子の嫁とか言って、絶対取り上げて自分の愛人にする気だろう!

 そんな好色丸出しな申し出に、テオドラがやんわりと釘を刺した。


「私の護衛騎士の美しさをお褒めいただき光栄ですが、あの者の心は既に竜の騎士様に売約済みですので、ご期待には添いかねますね」


 ナイス、テオドラ様! 流石、俺たちの恋を応援してくれるって言うだけあるね。


 一方、釘を刺されたレムルスは「竜の騎士?」と不機嫌そうに俺に目を向け、今度は俺の隣のリアーナに釘付けになった。


「いや、流石は王国一の美姫を謳われるだけある。本当にお美しい!」

「は、はあ……。ありがとうございます」


 リアーナもどう反応して良いものやらという感じだが、続く言葉で空気が変わった。


「しかし、竜の巫女様のお相手の竜の騎士とはどのような壮健な武人かと思っておりましたが、これはまた頼りなさそうな若者ですな」


 ギリっとリアーナが唇を噛んだ。おいおい、馬鹿にされてるのは俺なのにあんたが冷静さを失ってどうするんだよ。そんな彼女の反応に気づかず、レムルスの口上は続いている。


「全くこの程度の若造が竜の騎士とは。名ばかりの騎士殿にはどの程度のことができるのですかな?」


 今にも掴みかかりそうな感じのリアーナの手を、テーブルの下で握って制し、急いでパスを繋ぐ。


『落ち着いてください、リアーナ様』

『これが、落ち着いていられるのですか? あなたが馬鹿にされてるんですよ!』

『だから落ち着いてって。馬鹿にされてるのはリアーナ様じゃ無いんですから』

『弟を馬鹿にされて怒らないお姉ちゃんはいません!』


 俺のことを大切に思ってくれているリアーナに心が温かくなるが、こんな時まで弟扱いはやめようね。だが、まあ、俺もちょっとムカついたから反撃はさせてもらう。


「そうですね。何ができるかと言うことなら、貴国の首都クリスタルを地上から消し飛ばすくらい容易いですよ」


 その答えにレムルスは顔色を変えた。


「な、我が国の首都を消し飛ばすとは、言っていいことと悪いことがあるぞ。無礼にも程がある!」


 何言ってんだよ、こいつ。自分が散々無礼なことを言っておいて。


「いえ、何ができるかと問われたので、できることを答えたまでです。やるとは言っておりません。ですが、ご希望とあらば、いつでもクリスタルを訪問して実演して見せます」

「フン、どうせ出来もしないことを言ってるのだろうが大言壮語はやめておくんだな」


 レムルスは怒りで顔を真っ赤にしていたが、そこにドミティウスが仲裁に入った。


「それくらいにしなさい、ラキウス君。レムルス殿も我が国の騎士が不愉快な思いをさせたとしたらお詫びしたいが、あの者の言に嘘は無い」

「……」

「わが息子テシウスの反乱の際には、あの者の指示で竜王様がアデリアーナの裏山を吹き飛ばし、地形を変えてしまったとのこと」


 いや、山吹き飛ばしたのは俺の指示じゃないんだけどな。まあ別にそこは本質じゃ無いから黙っておくか。絶句して口をあんぐりと開けているレムルスにドミティウスはニッコリ笑うと言った。


「つまり、今のわが国には、それだけの武力があると言うこと。そこを誤解無きよう」


 おいおい、顔笑ってるけど、目が笑ってないよ。これ王様が使者に向かって「お前の国なんかいつでも亡ぼせるんだからな」と脅しをかけてるってことだよな。えげつないけど、まあ外交ってそう言う事だよね。何より、俺をフォローしてくれたってことだよな。そう思ってドミティウスを見たら、片目を瞑ってくれた。良かった。俺、この国で、この王様に仕えることができて良かったと本当に思う。


 さて、王様に脅されて何も言えなくなったレムルスはテオドラ相手にクリスティア王国の話をすることに決めたようだ。クリスティア王国はテオドラにとっては母の出身国。興味深そうに聞いている。


「いかがですかな、テオドラ様。一度我が国にお越しになっては。お祖父様のテオドール陛下もテオドラ様にお会いになりたがっておられます」


 早速来たな。ソフィアが予想していた通りだ。しかし、ここは期限を決めずに検討するで受けて実質断る流れだ。さあ、言ってください、テオドラ様。


「ありがとうございます。必ず行きます。ええ、今すぐにでも!」


 ───ちょっと待ったあ! 対処方針と違うんだけど!

 周りに控える文官達だけでなく、ドミティウスまで慌てている。


「テオドラ、お返事はよく吟味してからにしなさい」

「お父様、私、お祖父様にお会いしたいです! お願い!」


 ドミティウスの忠告も空しかった。こうして王族が皆の前で公言してしまったことを引っ込めることができるはずも無く、テオドラのクリスティア王国訪問が決まってしまったのだった。

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