第23話 リュステール再び
クリスティア王国への訪問団が出発して一週間ほど経った。既に王都は遠く離れ、全行程の3割近くを消化している。しかし、ここから先は道路の整備も今一つ。街も少なくなってくるため、移動速度が落ちてくることは否めない。何より、貴人を抱えての移動である。隊列の歩みは遅々としたものであった。
隊列はまず、先頭を近衛騎士団の男性騎士が固め、続いて四方を女性騎士に囲まれたテオドラの馬車。馬車は6頭立ての最上級のコーチである。その後ろに4頭立ての大型のキャラバン4台が並び、20人超の侍女、料理人、文官とともに、宿泊用の装備、食料品、クリスティア王国へのお土産などを運んでいる。さらに、その後ろには第一、第二騎士団の混成部隊、そして最後尾に、帰国するレムルスを始めとするクリスティア王国使節団という並びであった。
俺は第一、第二騎士団の混成部隊の列に並んでいる。ここからだとセリアの姿は見えないが、彼女はテオドラ付として、コーチの真横に付けている。側面から襲撃があった場合、手薄で危険だが、別に戦時の移動では無し、例え山賊とかがいても、この人数にそうそう襲い掛かっては来ないだろう。
幸いにして、山賊どころか魔獣などの襲撃も無く、ここまで来たが、一つだけ困ったことがあった。
「ラキウス殿、テオドラ様がお呼びです」
「竜の騎士様、テオドラ様が至急いらしていただきたいとのことです」
「ラキウス様、テオドラ様が……」
事あるごとに、テオドラに呼び出される。しかも用事があるのかと思えば、他愛もないおしゃべりが殆どで、何のために呼び出されているのか、良く分からない。まあ、その度にセリアの凛々しい鎧姿を見ることができて幸せだけど。
近衛騎士団は護衛だけでなく、クリスタルでの歓迎イベントへの列席なども想定し、正装となるプレートアーマーを着ている。重そうに見えるが、ミスリル製と言うだけでなく、儀礼用に薄く、軽く作られているため、それほど負担にはならない。白銀の地金に細かい彫刻や象嵌が施された見事な鎧で、額のサークレットと合わせ、セリアの美しさを一層引き立たせていた。
今日も今日とて、テオドラから呼び出しである。昼食をご一緒しろとのことらしい。いいんだけど、これだけ特別扱いされると、セリアに同行してフェルナシアに行った時の悪夢がよみがえるんだけど。周りの皆から殺意向けられてないよな?
「テオドラ様、よろしいですか?」
「何でしょうか?」
食事を終えて、くつろいでいるテオドラに切り出す。
「このようにお食事をご一緒させていただいて光栄ではありますが、その、一騎士に過ぎない私がこのような特別扱いを受けてよろしいものでしょうか?」
「あら、ラキウス様はこれが特別扱いだと思っていらっしゃるのですか?」
俺からの問いかけに、テオドラは不思議そうに首を傾げている。いや、首を傾げる方が意味が分からないんだけど。どっからどう見ても特別扱いだよな、これ。でも、テオドラは違う意見を持っているようだった。
「ラキウス様は竜の騎士なのです。本来、竜の騎士の権威はもっと遥かに高いものなのですよ。それこそ、国王陛下と同等と言っても過言ではありません」
「それは流石に言い過ぎでは」
「そんなことはありません。リアーナ様は私より序列が上です。それはアレクシウス陛下の孫娘という立場もありますが、竜の巫女として50年、崇拝の対象となっていたことが最大の理由です。わかりますよね?」
「それは分かります」
「本来、竜の騎士の権威は竜の巫女よりも更に上です。ただ、ラキウス様は竜の騎士になったばかりで、周囲からの敬意をまだ十分に集められていません。それに子爵と言う肩書を持つことで、逆に従来の貴族階級のヒエラルキーの中での位置づけに縛られています。ですが、本来は、その扱いこそが不当なのですよ」
「……」
その辺の機微は良く分からない。ただ、言えるのは、例えテオドラがどれほど竜の騎士というものを評価してくれようとも、俺の実態が変わるわけでは無いと言うことだ。逆に、本来あるべき権威に近づけられるよう、俺が努力していかなければいけないのだろう。まあ、そこまで評価してくれてるのに、水を差す必要も無いんだけどな。
「テオドラ様のご評価に値するに足るよう頑張りたいと思います」
「ええ、頑張ってください。私、セーシェリアとのことも応援していますから」
「ありがとうございます」
そこから更に二週間ほどが経ち、いよいよ明日はクリスティア王国に入ろうかと言うところまで来た。明日になってしまうと、セリアとしばらくお別れである。そんなのは嫌だ。明日など来なければいい、そう思わないでは無いが、そんなことが叶わないことは良くわかっている。そんな物思いに浸っていた時、問題が起こった。
隊列が小さな橋に差し掛かったところで、立ち往生したのである。俺のところからだと前方が良く見えないから状況が分からない。だが、セリアの乗った馬が大急ぎで駆けてくるのが見えた。
「ラキウス、早くテオドラ様の所に来て!」
「何があった」
「それが、橋を封鎖している人がいるみたいでトラブルになってるんだけど、様子がおかしいの!」
どう様子がおかしいのか分からないが、とにかくテオドラのところに急ぐ。そこに事態を察したレムルスも駆けつけてきた。
「テオドラ様、何があったのですか?」
「いえ、橋を封鎖した女が、竜の騎士を出せと言っているらしいのですが」
テオドラに様子を聞くと想像もしない答えが返ってきた。王都を遠く離れたこんな地で、俺に用がある女とはいったい誰だ。そこにレムルスが侮蔑したような言葉をかけてきた。
「さすが竜の騎士様はこんな所にも女の知り合いがいるのですな。さては昔やり捨てた女が追ってきましたかな」
お前と一緒にするんじゃねーよ! 苛つくが、今はそんなことで口論していても仕方ない。今は前に行こうかと前方を見たら、信じられない光景が見えた。
数人の騎士が馬ごと吹き飛ばされたのである。え、相手、女って言ったよな。だが、その謎はすぐに解けることになった。漆黒の翼を広げ、宙に飛んだ女の姿に。黒き大聖女のローブ、黒曜石を思わせる艶やかな黒の髪、ねじれた角。彼女は俺達を
「竜の騎士よ、リュステールです! 約束通り、また会いに来ました。勝負しなさい!」
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