第4話 私があなたを王にする
王族として扱われることが決まり、王宮に執務室をもらえることになった。まだ正式お披露目前なので、仮の執務室だが。
ここ数日は執務室にこもりきりでお勉強。何しろ宮廷内のあれこれとは無縁の生活を送っていたのだ。自力で王になると啖呵を切ったはいいものの、何から手を付ければいいかさえ分からない。情けない限りである。
国内の地理とか税収などに関する資料を読みながら唸っていると、ドアがノックされた。入ってきたのは見知った女性。明るい赤い髪をサイドテールにまとめ、どこか不敵な笑みを浮かべる彼女こそ、俺が求めていた人物。
「お久しぶり……と言うほどでもありませんね。2か月ぶりくらいでしょうか」
「そうだな。ソフィア、待っていたよ」
「あら、愛の告白ですか?」
「残念ながら、俺の愛は売却済みだ。色気のある話で無くて悪いな」
「それは残念」
そう言うと、欠片も残念などと思っていない笑顔を向けてくる。ああ、変わっていない。あの自信に満ち溢れたソフィアだ。
「さて、ラキウス殿下……」
「ちょっと待ってよ、何その呼び方」
「あら、殿下は殿下でありませんか。これからは皆にそう呼ばれるようになるのです。慣れて頂かないと」
確かに俺は王甥として、ラキウス殿下と呼ばれることになる。妻であるセリアも王甥妃として、セーシェリア妃殿下と呼ばれることになるのだ。
ただし、あくまで公式の場での話だ。日常会話でまで殿下とか呼ばれていたらたまらない。特にソフィア相手だと、つい1年くらい前まで、「ソフィア様」「ラキウス君」と呼び交わす関係だったのだ。少し前から、「ソフィア」と呼び捨てにするようになってはいたけれど。
「ごめん。殿下呼びはやめて。君に言われても、からかわれているようにしか思えない」
「あら、つまらないですね。では『ラキウス様』で」
───こいつ、やっぱりからかってたな。だが、クスクスと笑っているソフィアの瞳の奥底が笑っていない。その目はどこまでも俺を測ろうとするもの。
彼女に認められなければ、秘書官への就任を同意してもらえないだろう。それは引いては、カーライル公爵の助力も得られないと言うことだ。
「さて、ラキウス様、父から話は聞きました。あなたが一緒に国を盗ろうと言ってくださったこと、それ程の信頼を寄せてくださったことを嬉しく思います。ただ、一つ確認させてください。あなたは王になって『世界を前に進める』とおっしゃったそうですね。その意味を教えていただけますか?」
流石ソフィア。曖昧な言葉では許してくれない。「世界を前に」などと言われてもわかるはずが無い。
「俺が目指しているのはいくつかあるが、まずは、絶対王権の確立だ」
「絶対王権?」
「そう。この世界は国王が相対的には最大の力を持つが、基本は、領主が自分の領地を治め、税を集める封建制だ。だけど、それでは税収は分散してしまう。国家に権力や税収を集中させることで、大規模なインフラ整備や軍の近代化を可能とするんだ」
「それだけ聞けば、いいことづくめの様に聞こえますが、デメリットは何ですか? メリットだけしか無いなんて詐欺の世界にしかありませんからね」
やはり、彼女はこの程度の説明で騙されてはくれない。本質を外して煙に巻こうと言う戦術は許してくれないようだ。
「ああ、このシステムには大きな欠陥がある。国王に権力が集中する、つまり暴君を生みやすいシステムなんだ」
「それに対処するのに、どうするおつもりですか?」
「国王の権力を監視するシステムが必要だな。司法とか議会とか。ただ、正直、これらのシステムを導入するのは後回しにしたい」
「何故?」
「平民の経済レベルや教育レベルが足りていない現状では、司法も議会も貴族が占めることになるからだ。そうすると貴族の妨害で改革が進まなくなる」
立憲君主制を目指したクリスティア王国が有力貴族による専制政治に陥ってしまったように、貴族権力がそのままでは前に進めない。強権をもって貴族を弱体化させる、そのために、まずは国王による独裁が必要なのだ。
ただ、貴族の弱体化は片輪に過ぎない。もう一つの片輪は、平民の力の向上。
「だから、平民の教育水準と経済力の向上が必要だな」
「どうやって? 平民の親は子供を学校になんか通わせませんよ」
そう、この世界では子供は労働力。もしも現状で義務教育制度など導入したら、世紀の悪法と批判されるだけでは無い。労働力にならなくなった子供を「間引く」親が出てくる。そうならないためには、子供を労働力と見なさないで良いよう、まず、大人に十分な仕事と賃金が回るようにしなくてはならない。
「そう、だから産業革命を目指そうと思う」
「産業革命?」
「人力や自然力に頼らない動力源の開発と、それによる鉱工業の拡大だ。国民の経済力が向上すれば、子供に教育を受けさせる余裕も出てくる。それだけじゃ無い。富裕な中産階級が生まれ、それが新たな政治勢力の受け皿となる。やがては、政治権力そのものを王族や貴族から平民を含めた国民に委ねることも可能になって来るだろう」
ソフィアはしばらく考え込んでいたが、指を3本立てた。
「三つ確認。まず一つ目。絶対王権の確立、中産階級の出現、国民への政治権力の移譲、これらは、貴族の力を削ぐ改革ですよね。貴族の妨害を懸念していることからも、ラキウス様が明確にそうした意図を持って進めようとしていることは明らかです。ラキウス様は貴族をどうしたいのですか?」
やはりそこに気づくか。貴族と言う巨大な特権階級から特権を引き剥がすという方向での改革なのだから、同じ貴族であるソフィアにとっても気になるところだろう。
「信じてもらえるかはわからないが、貴族階級を無くしたいと思っている訳じゃ無い。貴族階級は魔力ももちろんだけど、知的労働力の供給源だ。その見識を国家の発展に使って欲しいと思う。ただし、貴族の権力は小さくなる。これまで貴族はノブレスオブリージュとして、義務を負う代わりに特権を享受していた。その特権が小さくなる代わりに、義務も軽くなるということかな。」
「それを同じ貴族である私が良しとするとでも」
「そこについては俺は楽観してるんだ。君は貴族の既得権益を守るなんて視点じゃなく、もっと大きい国家レベルの視点を持っている人だと思っている。少し考えれば、俺の言ってることの合理性はわかるはずなんだ」
彼女はじっと俺を凝視していたが、軽くため息を吐くと、次の質問に移った。
「では、次。あなたは国王に対する監視システムの導入を遅らせたいと言いました。もっともらしい理由をつけてますが、あなた自身が暴君にならないという保証はあるのですか?」
当然の疑問だろう。俺の意図は、あくまで改革を進めるための一時的な強権が欲しいというだけのもの。だが、こんな時、根拠も無く「俺を信じろ」と言っても何の説得力も無い。ただ、これについても答えはあった。
「俺の場合は簡単だよ。ラーケイオスとリアーナ様が、それを許してくれない。王の権力そのものに対する牽制では無いけど、竜の騎士である俺にとっては同じことだ。それに何より、俺はセリアに恥じない自分でいたい。暴君になって、セリアに軽蔑されることだけは、絶対にしてはいけないことだ」
「全く、このバカップル……」
呆れたような視線を一瞬向けた彼女だったが、気を取り直したのか、少し笑みをこぼした。
「まあ、セーシェリアを溺愛しているあなたなら、権力を握っても、後宮に女を何人も囲うなんてことはしなさそうですから、それだけでも暴君の素地は小さそうですね」
苦笑してしまうが、そこは信頼してもらえているようで何よりである。
「最後の質問」
そう言って、指を一本立てた彼女はニッと笑った。おおい、笑顔が怖いよ。
「あなたはこれほどの知識をどこで得たのですか? 早熟だったからなんて逃げは今度こそ許しませんよ」
ああ、やっぱり聞かれちまったなあ。思い起こせば、かつて、「あなたの在り様は歪んでいる」と言われたんだっけか。その時の適当な逃げをまだ根に持ってるな。だが、確かにソフィアに助力を請う以上、全てをさらけ出す覚悟が必要なのだろう。
「ソフィア、君はアレクシウス陛下が異世界から来た転生者だと言う話を知っているかい?」
「……リアーナ様から聞かれたのですか?」
「その反応は、知っていたな」
「ええ、その話は王族の間にだけ受け継がれています。カーライル家は元は王族ですので」
「そうか。ならば俺も言うよ。俺はアレクシウス陛下と同じ世界から来た転生者なんだ」
「は?……え、……う、嘘……」
今度こそ、ソフィアの顔は驚愕に塗りつぶされた。思いもかけない答えが返って来て、一瞬思考停止状態に陥ったような、そんな感じ。
「事実だよ。俺はこの世界より数百年進んだ世界から来た。俺のいた世界では絶対王政も、産業革命も遥か昔に終わっている。国民への政権移譲もだ。俺の言ったことは、俺オリジナルの考えでも何でもない。自らの世界での歴史を語ったに過ぎないんだ」
俺自身で考えられることなど、たかが知れている。頭の良さではソフィアの方が遥かに上だ。俺の強みはただ、前世で得た知識を、この世界でも使えるよう、微修正しながら適用していくことだけ。
「ただし、俺の前世の世界とこの世界で、同じ変化が起こるかと言えば、答えはノーだ。この世界には魔法があって、平民と貴族の力の差が圧倒的で覆らない。俺のいた世界では魔法が無かったから、平民が武器を取って王や貴族を打倒することが可能だったけど、この世界じゃ、そうはならない。俺はそれを上からの改革で強制的かつできるだけ平和的に起こそうと考えてるのさ」
説明を聞いてなお呆けたような顔をしている彼女に畳みかける。
「君が6歳で冒険者を始めた俺を歪んでるって言っただろ? その通りだよ。俺は6歳の時、前世と合わせりゃ31歳だったんだ。そりゃ歪みもするよな」
「……そのことをセーシェリアは知っているのですか?」
「知っているよ。その上で、俺は俺だと言ってくれた。彼女がありのままの俺を受け入れてくれたから、俺はこれまでの全てを肯定できるんだ」
「……そうですか。良かったです。そんな大事なことを彼女に隠したまま付き合っていた訳では無いことがわかって安心しました」
しばらく彼女は考え込んでいたが、顔を上げて俺をまっすぐ見る。その目からは迷いが消え、晴れ晴れとした顔をしていた。
「わかりました。あなたに抱いていた違和感がようやく晴れた気がします。何より、私を信じて、そこまで重大な秘密を打ち明けてくれたことに感謝します。あなたのその知識と視点を共にできることは私にとっても嬉しいことですわ」
「それじゃあ?」
「ええ、秘書官就任の件、承知いたしました。カーライル家は全面的にラキウス様を支援させていただきます。私が必ずや、あなたを王にして差し上げますわ」
そう言うと、傲然と笑みを浮かべたのだった。
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