第2話 誰がための王位
クリスタルが陥落してから1週間ほどが経った。立憲君主制とは言え、封建国家。王が降伏を宣言しただけでは不十分。自領に逃げ込んでいる貴族どもを降伏させなければ戦争は終わらない。すぐにでも征討の旅に出たいが、それではクリスタルの統治がおろそかになってしまう。王も貴族も排除されてしまった今、治安維持を始めとする統治は占領軍たるアラバイン王国軍が務めなければならなかった。
テオドラの到着までは、後3週間程度。そこまでつなぎで治めなければならないが、統治機構の要所要所を占めていた貴族連中が逃げ散っている今、立て直しはかなり手間のかかる状況。しかも、そうした役職に当てる人物は、テオドラが自分の取り巻きの貴族の中から指名するだろう。
今回の作戦の成功は、テオドラ配下の貴族たちが、彼女の意向を受けて俺の思惑通りに動いてくれたからであり、報酬はテオドラが直接与える必要があった。そうなると、それまでは統治機構に穴が開いたままと言うことであり、思った以上に大変で、多忙な毎日を送る羽目になったのだった。
そんな中、問題が発生した。騎士たちによる女性への暴行について訴えが上がってきたのである。
「俺は女性への暴行は死刑って言ってたよな」
「遠征が長引いて我慢できない者たちも出てきているようですね」
「だからと言って、やっていいことと悪いことがあるだろうが!」
クリストフの報告に頭を抱える。ただの暴行では無い。4人の騎士が街を巡回中に目に留まったカップルに因縁をつけ、恋人の目の前で女性に暴行を加えたという、極めつけに悪質なケースである。
確かに王都を出立してから1か月超。我慢できない者も出てくるだろう。本音を言えば、俺だってセリアに会いたい。今すぐ帰って彼女を抱きたい。だけど叶わないものは我慢するしかないじゃ無いか。だいたい、俺は使わないが、娼館は機能していて、今が書き入れ時とばかりに商売をしているのだ。どうしても我慢できないんだったらそっちに行ってくれと言いたい。
しかしまあ、起こってしまったものは仕方が無い。問題はどう処理するかである。我々占領軍が市民の敵と見なされるのだけは避けなければならない。もともと、市民たちの間には、占領軍への戸惑いが大きかった。国家と言う概念が薄いこの時代、祖国を奪われたというような憎悪はそこまででも無い。それでも、クリスティア軍1万を虐殺したアラバイン王国軍への恐怖と反感は、容易に反乱や暴動に発展しえた。
だからこそ、処理を間違う訳にはいかない。不幸中の幸いではあるが、犯人はすぐに特定され、罪状も明らか。クリストフが相談に来ているのも処罰をどうするか、その一点である。それに対する回答はもう決まっていた。
「何を悩む必要がある。公開処刑だ」
「しかし全員、テオドラ派の有力貴族の子弟たちですが……」
「構わん。軍規に則って総大将たる俺が判断した。テオドラに文句は言わせん」
「その……父親の一人がラキウス殿下に面会を申し出ていますが」
「もし、息子の刑を軽くしてもらうために俺に賄賂を渡そうというつもりなら、そいつも死刑だと言ってやれ!」
数日後、崩壊した議事堂脇の広場に急遽設置された死刑台に引きずり出された4人は震えあがっていた。死刑台の前には騎士たちが並び、さらにその周囲をクリスタルの市民たちが取り囲み、見守っている。クリストフが4人の罪状を淡々と述べていく中、4人は目隠しをされ、後ろ手に縛られて跪かされた。
その死刑台に俺が上ると、騎士たちからざわめきが起こった。俺自ら処刑するとは思っていなかったのだろう。俺は剣に魔力を流すと無造作に剣を振るう。そのひと振りで4人全員の首が飛んでいた。
死体の処理を部下たちに任せ、声を増幅する風魔法を発動すると、騎士たちだけでなく、市民たちにも届くように声を張り上げる。
「誇りあるアラバイン王国の騎士たちよ、今一度我らが何故この地にあるかを思い出せ! 我々は無辜の市民に暴力を振るうために来たのか? 女性を辱めるためにこの地に来たのか? 否! 我々はこの地に新たな秩序を築くために来たのだ! 立憲君主制を隠れ蓑に、国を私物化していたこの国の貴族どもを一掃し、清廉なる新たな国家を築くために来たのだ! その尖兵たる諸君らが市民を傷つけるなどあってはならない。この国はもはやアラバイン王国の一部。クリスタル市民はアラバイン王国の国民だ。すなわち、君たちが、私が、守らなければならない人々であることを肝に命じよ! 諸君、私は信じている。誇りある君たちならば、二度と同じようなことは起こり得ないと。共にこの国に秩序を打ち立てるために戦おう! 以上だ!」
しばらく、呆然と聞いていた騎士たちの間から少しずつ、拍手が湧いてきて、それが大きな波となる。周辺で聞いていた市民たちからも散発的にではあるが、拍手が上がっていた。
決して全面的に受け入れられたわけでは無いだろう。だが、市民との間に決定的な溝を作らずに済んだと思いたい。その後、被害を受けた男女に直接謝罪し、金で済むというような話では無いが、賠償金を支払うことで納まった。処刑された馬鹿どもの実家がどう言ってくるかは不明だが、少なくともテオドラは文句を言うまい。取りあえずこの件は一件落着と言っていいだろう。
それからまた一週間ほどが経過した。執務室としたクリスタル王宮の一室で、大量の書類と格闘していると、クリストフが来客を告げに来た。
「来客?」
「ええ、クリスタルに本店を置く大きな商会の会頭で、街の顔役の一人です」
胡散臭さを感じつつ、応接室に向かったが、待っていた人物を見て、微かにため息を漏らす。そこには会頭らしき壮年の男と、若い女が待っていた。
「これは、これはラキウス殿下、お忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます」
「構わないよ。市民との対話は重要だろう」
「流石、殿下、器が大きい」
男は見え透いたおべんちゃらを並べていたが、ここぞとばかりに自らの売り込みを始めた。
「私は、この街でも1,2を争う商会の会頭を務めておりますシュテッペ・オルファンと申します。こちらは娘のティアンナ。こう見えて彼女の母親は貴族出身なんですよ」
「なるほど。道理でどこか気品のあるお嬢様だと思ったよ」
こちらも見え透いたお世辞を返す。内心で「セリアの方が何倍も綺麗だけどね」などと思ってることはおくびにも出さない。その内心に気づいているのか、いないのか分からないが、シュテッペは顔をほころばせた。
「お褒めいただき、光栄です。さて、オルファン商会は今後も殿下と末永くお付き合いさせていただきたいと考えております。つきましてはいかがでしょう? 殿下も遠征の身でご苦労されていらっしゃるでしょうし、ティアンナをお世話係としてお側に置いていただければと愚考いたしますが」
まさしく愚考だな、などという答えが喉元まで出かかったのを必死で抑える。
「お申し出はありがたいが、俺もいつまでもクリスタルにいる訳ではない。この後すぐに地方も周らねばならぬし、いずれはアレクシアに戻る。だから、そのような気遣いは無用だ」
「いえいえ、殿下さえよろしければ、娘をアレクシアまで連れて行ってもらって構いません。殿下はレオニード公爵でもいらっしゃいますよね。当商会はレオニードとも取引がありますので」
密貿易のことまで持ちだされ、さらに相手に対する好感度が低下する。できるだけ表情には出さないようにしたつもりだが、言葉の端々に嫌悪感がにじみ出てしまったのは仕方ないだろう。
「レオニードの商船ギルドや商業ギルドが世話になっているようだな。だが、こちらとの交易は純粋に民間同士でのもの。領主としてかかわることは無いよ」
「しかし、殿下……」
「いや、今日は楽しかった。次の予定があるので失礼する」
相手を見送りもせず退出すると執務室に戻り、執務机の椅子に身体を預けると深々とため息を漏らす。ついて来たクリストフが苦笑いしていた。
「お疲れですね」
「勘弁してくれよ。何人目だと思ってるんだ。いい加減この街の連中も学んでくれ。俺に女を紹介しても無駄だってこと」
「まあ、それだけ殿下と関係を結びたいと必死なんでしょう。でも勿体ないですねぇ。殿下さえその気なら現地妻の2人や3人余裕でしょうに。現地妻を抱えるつもりは無いんですか?」
「怒るぞ」
冷やかすように言うクリストフに厳しい視線を向けると、彼は肩をすくめたが、その後、表情を改めた。
「殿下がセーシェリア様一筋なのは良く知っています。だから、現地妻云々は忘れてください。ただ、占領地の統治を円滑にやっていこうと思うなら、ああいった連中を上手く取り込んでいくことも重要だということはお忘れなく」
「……」
「それはアラバイン王国の中においても同じことです。エドヴァルト伯爵の勢力を一掃したと言っても、全ての貴族を味方にできた訳ではありません」
正論に反論することもできず、ただ聞くままにしていたが、次に発せられた質問は斜め上のものだった。
「殿下が、セーシェリア様とご結婚されて既に1年近く経過されていますよね?」
「そうだな。ここ一月以上会えていないが、結婚して10か月ほど経っているか」
質問の意図がわからないまま素直に返すと、彼はやれやれとでも言うかのように軽く首を振る。
「ですが、セーシェリア様にはご懐妊の兆候が見られない。あれだけ仲睦まじく見えて実は夫婦仲が悪いとか、敢えて子供を作らないようにしている、などと言うことは無いのですよね?」
「そんな訳無いだろ」
別に子供を作らないようにしているわけでは無い。そもそも前世のように避妊の技術が発達しているわけでは無い。かなり高額の料金を払えば避妊魔法などという怪しげな魔法もあるらしいが、使おうと思ったことは無い。夫婦の営みの頻度も、人より多い位なのでは無いかと思う。それでも彼女が妊娠する気配は無かった。
「殿下は帰国すれば王太子になる。これは既定路線です。そうなると、これまで以上にお世継ぎを求められますよ。セーシェリア様がいつまでもお子を成さないのであれば、それを口実に側室を迎えろという貴族たちからの圧力が増すでしょう。それも全て跳ね除けるおつもりですか?」
射るような視線に怯みそうになる。王太子という立場が、俺を縛る。ただ自分の好きなままに生きられるわけでは無いこともわかる。それでも、これだけは譲るわけにはいかなかった。
「貴族達との関係は考える。だが、側室は取らない。これは決定事項だ!」
セリア以外の女性など目に入らない。側室を迎えるつもりなど、これっぽっちも無い。俺にとってセリアの笑顔こそが求める全てなのだ。そんなささやかな望みすら許されないのなら、何のための王位なのか。俺はただ、セリアと共に在るために王位を目指したのだから。
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<後書き>
次回は第6章第3話「大公テオドラ」。お楽しみに。
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