第3話 大公テオドラ

 その日、クリスタル王宮は湧きたっていた。いよいよこの王宮の新たな主である大公がやって来るのである。その姿を一目見ようと王宮前の広場に集まった市民たちの前で、豪華な馬車が次々と到着しては大公就任式への参列者を吐き出していく。彼らはアラバイン王国に恭順の意を示した地方領主たち。


 クリスタルを陥落させた俺は、自領に逃げ込んだ貴族たちに恭順を促す手紙を送り付けていた。アラバイン王国とその代官たる新たな大公に恭順の意を示すならば良し、そうで無ければ一族郎党皆殺しにするという内容の手紙である。テティス平原での大虐殺の噂が浸透していたのだろう。殆どの貴族が即座に恭順の意を示してきた。


 もちろん、恭順の意を示したとて、以前の地位がそのまま認められるわけでは無い。いくつかの条件を付けた。中でも、一番大きいのは徴税権の剥奪。貴族の力の源である独自財源を切り離し、国庫への納税を地方貴族を通さず直接行えるようにする。それにより国全体で税収を管理し、巨大な軍の維持や財政支出を可能とするのだ。


 他にも条件はある。例えば領地への軍事顧問団の受け入れや、定期的な中央からの査察受け入れ。これらにより、地方貴族の軍閥化に歯止めをかけ、不正や反乱の火種を詰むことができる。


 こうした様々な条件を受け入れ、恭順の意を示した貴族達には、成人した一族郎党全員の署名を入れた恭順書を持って本日の大公就任式に参列し、新大公に直に忠誠を誓えと命じてある。そうした貴族たちが続々と集まってきたのだ。







 そうした車列の最後、近衛騎士団に守られながら、6頭立ての白馬に引かれた一際豪華な馬車が到着した。側仕えと思しき女性に手を取られながら、優雅に馬車を降りてきた少女が纏うのは胸にアラバイン王家の紋章を金糸で織り込んだ純白のローブ・ヴォラント。その一見、花嫁を思わせる姿で歩を進めると、出迎えた俺の前で深く跪いた。


「ただいま到着いたしました、お従兄様」

「よく来てくれた、テオドラ。待ちわびたぞ」


 その姿勢は敢えてのもの。属国となるクリスティア大公国の大公と、宗主国たるアラバイン王国の次期王太子との力関係をクリスタル市民に見せつけるためのもの。その彼女に手を差し伸べ、立たせながら問う。


「例のもの、伯父上から預かってきているか?」

「はい、父からこれをと」


 その言葉を受けて、側仕えが丸めた書面2通と1本の錫杖を差し出した。


「ドミティウス陛下からラキウス殿下あての委任状とテオドラ様に手渡す任命書、それと同じくテオドラ様に下賜する錫杖でございます」

「ご苦労」


 クリスティア大公を任命する権限を持っているのはアラバイン王国国王たるドミティウスのみ。俺は現段階では王太子ですら無いが、例え王太子であったとしてもそのような権限は無い。摂政にでもならない限り。


 本来は王都アレクシアでドミティウスが任命してそのまま着任すれば良い話であるが、それだと、新たな大公の就任がクリスタル市民の記憶に残らない。従い、就任式はクリスタルで行うことにして、ドミティウスの代理として俺が任命する権限を委任してもらったのである。この委任状無しで就任式などやると、逆に俺が越権行為として処罰されかねない。


 書面や錫杖を文官に受け取らせると、テオドラと二人控室に向かう。その後、まずテオドラが呼ばれ、全ての準備が整えられてから、広間へと導かれた。






 広間ではテオドラを先頭に、多くの貴族が平伏して待っていた。テオドラの前、一段高くなった玉座の前に立つと呼びかける。


「アラバイン王国国王ドミティウス・フェルナース・アラバインの名代として、ラキウス・リーファス・アラバインがここに宣言する。テオドラ・クリスティア・アラバイン、そなたをクリスティア大公に任命する」

「謹んで拝命いたします」


 テオドラは跪いたまま一歩進み、任命書と錫杖を受け取ると立ち上がった。そのまま俺と同じ玉座の段に登ると、未だ平伏している貴族たちを振り返る。


「新たにクリスティア大公としてこの国の舵取りを任されるにあたり皆様に申し上げておきます。私の祖父は皆様もご存じの通り先代国王テオドールです。ですが、だからと言って祖父と同じ政治が続くと考えて頂いては困ります。祖父を始めとする歴代の国王たちが見て見ぬふりをして先送りを続けたこの国の課題を抜本的に立て直す、そのために私と従兄はこの地に来ました。この国の新たな秩序構築に協力いただける方には繁栄をお約束します。そうで無い方、私と従兄に協力する気の無い方は今すぐこの場からお帰り下さい」


 傲慢とも思えるその宣言に、だが、席を立つ者は誰もいなかった。この場を離れる、すなわち一族郎党皆殺しなのだ。自分に従うか、さもなくば死かを、彼女は改めてこの場で選ばせたのである。






 その後、列席する貴族たちから恭順書の提出と忠誠の誓いを受け、さらにその後、一般市民向けにバルコニーからの挨拶を済ませ、今、俺とテオドラはいったん、俺の執務室にやって来ていた。一緒にいるのはクリストフのみ。3人で情報共有と今後の方針のすり合わせを行うためだった。だが、まず彼女に伝えるべきは感謝だ。


「テオドラ、感謝する。お前の手引きで何もかもが思い通りに進んだ」

「私はただ、お従兄様の指示に従っただけですわ」


 彼女は謙遜するが、その評価は正しくない。確かに俺は大まかな方針を示した。クリスティア王国の連中のどういう感情をくすぐれば暴発してくれるかについてもアドバイスした。だが、実際にそれを実行に移したのはテオドラだ。具体の過程では当初想定していなかった事態もあっただろうに、それらを上手くこちらの思惑に乗せるようにまとめ上げたのは彼女だ。真の功労者は彼女であって俺では無い。


「ところで今後の方針ですが、未だ恭順の意を示していない貴族がごく僅かですが存在しています。そちらの討伐を最優先と言うことでよろしいですか?」


 口をはさんできたクリストフからの質問はもっともだ。国土統一の観点からは叛意を示している貴族の討伐は優先すべき事項だろう。実際、この後すぐに討伐には出るつもりだ。だが、他にもやるべきことがある。


「もう一つ、重要なことがある。ミノス神聖帝国との国境の防衛力強化だ」

「ミノス神聖帝国ですか」


 そう言えばこの件はテオドラにはあの夜説明していたが、クリストフには説明していなかったか。何故クリスティア王国を暴発させて占領までしたのか。今までのような王国よりの同盟国ではいけなかったのか。それを説明しなくてはならない。


「テオドラには以前説明したが、今回の遠征の最終目的はクリスティア王国の属国化なんかじゃ無い。俺の狙いは最初から決まっている。ミノス神聖帝国だ!」



========

<後書き>

次回は第6章第4話「敵はミノス神聖帝国」。お楽しみに

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