第4話 敵はミノス神聖帝国
ミノス神聖帝国。このクレスト大陸の東の端に位置する大国。面積にして大陸全土の2割近くを占め、アラバイン王国の3倍超。人口は1500万人超とアラバイン王国の2.5倍。聖都イスタリヤは大陸唯一の100万都市と言うだけでなく、ミノス教の象徴たる白亜の大聖堂に代表される洗練された文化と技術、そしてそれらを背景とした軍事力は大陸随一と言ってよかった。
しかし何よりミノス神聖帝国を特徴づけているのはその政治形態。7つの公爵家のうち選帝侯に選ばれた者が皇帝となる。その地位は世襲では無い。選帝侯が不適格と見なせば皇帝を罷免することもできる。一見公平で権力の集中が生じないように配慮されているかに見える制度。
しかし、7人の選帝侯のうち、3人はミノス教の大司教。俗世側の選帝侯一人を取り込んでしまえば皇帝の行方はミノス聖教会、いや、聖教会の指導者たる教皇の思うまま。ミノス神聖帝国の支配者は皇帝では無く、教皇だった。
かつてミノス神聖帝国があった地域は小国が分立する貧しい地域であった。そこに300年ほど前、当時新興宗教だったミノス教を国教とした国が現れ、ミノス教の布教と歩を合わせるように国土を拡大していった。だが、そのやり方は決して平和的なものでは無かった。
ミノス教は他国に宣教師を送り込み、信徒を増やし、ある程度信徒が増えると、彼らに自治と独立を求めて暴動を起こさせる。それにより国が混乱すると、その混乱に乗じ、信徒の保護を名目に本国が軍事介入し、国を乗っ取るということを繰り返してきたのである。これが教皇を中心とした宗教国家ミノス神聖帝国の成り立ちだった。
その過去の経緯からアラバイン王国はミノス神聖帝国との国境を固く閉じ、宣教師だけでなく、人、物一切の交流を断っていた。アラバイン王国で主流の龍神信仰をミノス教が邪教と断じていることもあり、両国の関係は極めて険悪。国境となったフェルナシア領で両国は小競り合いを繰り返してきたのである。
───と言うのが、これまでの歴史であるが、歴史を前に進めるためには、この関係を動かさなくてはならない。
今回、クリスティア王国を完全属国化したのはそのためだ。これまでミノス神聖帝国はアラバイン王国とは完全に国交断絶状態だったが、クリスティア王国とは交流があった。だが、それではミノス神聖帝国と戦争になった際、クリスティア王国を経由して帝国が侵攻してくる可能性がある。
それだけでは無い。クリスティア王国がミノス神聖帝国と手を組む可能性だってあるのだ。だからこそ、強引すぎる手法を使ってまでもクリスティア王国を征服し、属国化した。全てはミノス神聖帝国との全面対決に備えるために。
「俺の狙いはミノス神聖帝国だ」
その宣言に、普段飄々として何事にも動じないクリストフが眼を剝いた。
「本気で言っているのですか⁉ かの国と我が国の間にどれほど国力の差があると思ってるんです⁉」
「ラーケイオスの力を考慮しなければ、5~6倍の差があるだろうな」
「わかっているならどうして?」
「落ち着け、クリストフ。5~6倍の国力差があるなら、とっくに併合されていてもおかしくないのに、未だに我が国は独立を保っている。何故だ?」
「……それは『竜の背骨』のおかげかと」
「その通りだ。今この瞬間はラーケイオスの存在が抑止力となっているかもしれないが、歴史的にミノス神聖帝国の攻勢を防げていたのは竜の背骨の存在が大きい」
通称「竜の背骨」、アルバ山脈は大陸東部を南北に連なる大山脈である。5000メートル級の山々がそびえたつこの山脈はミノス神聖帝国とアラバイン王国、クリスティア王国を隔てる自然的国境であった。小規模な隊商ならともかく、大規模な軍隊が通れる回廊はアラバイン王国側のフェルナシア領、クリスティア王国側の旧ランドール伯領ヘルナ、その二つしか無かった。アラバイン王国はフェルナシア領の守りを固めさえすれば、大規模な軍の侵攻を考慮しなくて良かったのである。
「今回もミノス側はフェルナシアとヘルナ、その二つの回廊を通って攻めてくるだろう。相手の出方がわかってるんだ、対処のしようはあるよ」
「とは言え、相手方の戦力がどの程度になるか。殿下のお義父上が動員できる兵力も2万から3万が限度でしょう。相手の戦力をどのくらいと見積もってますか?」
「そうだな、想定によって幅があるんだが、10万から30万の軍勢が押し寄せるだろうな。それもフェルナシアとヘルナの両方に」
その想定に、クリストフの口があんぐりと開かれる。驚愕に目は一層大きく開かれていた。
「あり得ません。兵站が保ちません。何より、30万ってミノス神聖帝国の現有兵力全てよりも多いじゃ無いですか。それが両方の戦線でですか?」
「クリストフ、常識で考えるな。相手は狂信者の集まりだぞ」
宗教的な熱狂は燃え盛りやすい。しかも俺は「邪竜の使途」だ。わかりやすい神の敵。教皇が「邪竜の使途を倒せ」と叫べば途端に志願兵で溢れかえるに違いない。もちろん全てが信心深い信徒と言う訳では無いだろうが。
「大丈夫だ。30万人全員を律儀に相手してやる必要は無いんだ」
「しかし……」
「安心しろ。地べたを這う戦いしかできない連中に戦略爆撃機の恐ろしさを教えてやるよ」
なおも心配そうなクリストフに、理解できるはずも無い単語を使って黙らせると退出させる。その場に残ったテオドラが苦笑していた。
「……センリャクバクゲキキですか。お従兄様に前世の知識があると知らない彼にはチンプンカンプンでしょうね」
「お前にはわかるのか?」
「まさか。でも前世の知識を使っているのだろうと言うことはわかりますよ」
そう言えば前回クリスタルに来た際に、彼女には転生の事実を知られてしまったのだったか。俺は彼女に戦略爆撃機の意味と、今回考えている作戦について説明した。その作戦を聞いた彼女は流石に驚いたようだったが、熱い目を俺に向けると言った。
「やっぱりお従兄様、私を妻にすることをもう一度真剣に考えていただけませんか? お従兄様のその知識の価値を正しく理解できているのは王国で私と、後は恐らくソフィアだけです。私ならお従兄様をもっともっと高みに連れて行けるのに」
以前よりはよほど真摯なプロポーズ。だが、俺の答えは決まっている。
「悪いな、テオドラ。俺の望みはそんなところには無いって言っただろう」
「残念です。……本当に残念」
肩を落とす彼女は嘘を吐いているようには見えない。ただ、その一瞬後には気を取り直したのか、真摯な目を向けてくる。
「ならば、せめて約束を守って下さいね。お従兄様のあの言葉に、私は痺れたのですから」
約束───あの日、テオドラが部屋に忍び込んできた日に交わされた約束。二人を歴史の共犯者にしたあの言葉。
「ああ、約束だ、テオドラ。お前を未来に連れて行ってやるよ。この世界の誰もまだ見たことの無い未来へとな」
========
<後書き>
次回は第6章第5話「お従兄様はおっ〇い星人」。お楽しみに。
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