第5話 お従兄様はおっ〇い星人
就任式と同日の夜、新大公就任を祝うパーティーが開かれた。旧王宮、今や大公宮と呼ぶべきだろう、その大ホールで開かれている宴には内外の要人、クリスタルの有力者が招かれ、非常に盛況であった。
そんな中、俺はホールの片隅に避難している。最初のうちこそテオドラと一緒に回っていたが、早々に挨拶はテオドラ一人に任せ、引き上げてきた。人脈作りはテオドラがやるべきだし、いつまでも俺が保護者よろしくついて回る訳にはいかない、と言うのは建前で、腹の底を探り合うことに疲れてサボっているだけだ。
幸い、こうした席では格上の人間から話しかけない限り、格下は口を利くことが出来ない。この宴席でランクが一番上なのは俺なので、自分から話しかけない限り、誰とも口を利かないで済む。周り中を声をかけて欲しそうに複数の若い女性が行ったり来たりしながらチラチラと視線を向けてくるが、思い切り無視している。
そうやって壁の染みと化しながら会場を眺めていたが、ふと横に視線をやると俺を見ている騎士と目が合った。不幸にも彼はこの宴席の警備に当たって酒も飲めず仕事をしているのだろう。俺はススス……と彼の横に立つと話しかけた。
「久しぶりだな、レイノルズ」
「はい、ご無沙汰しております。ラキウス殿下」
男は王立学院の寮で同室だったレイノルズだった。そう言えば第10騎士団に入ったという話は聞いていたが、今の今まで忘れていた。俺と直接口を利けるのは騎士団長クラス以上だし、2000人以上いる騎士団員の一人ひとりの顔まで見極めることなどとてもできない。
それにしても懐かしい。彼は卒業後、第10騎士団に入って王都を離れていたから、俺とセリアの婚約式にも出ていない。完全に卒業式以来だった。
「そう言えば殿下はセーシェリア様とご結婚されたんですよね。おめでとうございます」
「ありがとう」
「それにしても懐かしいです。ライオットがセーシェリア様に色目を使うなって殿下に言ってましたっけ」
「そんなこともあったなあ」
「今回はライオットは来てないんですか? 殿下の護衛騎士も来ていると聞いて行ってみたんですけど、ライオットは来てなかったみたいなんですが」
「ああー、あいつはなあ、
「シスコン野郎、死ねよ、ですね」
「そう思うだろう? 罰としてヘンリエッタに縁談持って行ってやる」
「さ、流石にそれは……。ライオット自殺しかねませんて」
二人並んでゲラゲラと笑いあう。本当に懐かしい。学生時代に戻った気分だ。他人の目を気にしないといけないからレイノルズにため口を許すわけにはいかないが、また、こうしておしゃべりがしたいものだ。
レイノルズと別れ、また一人、ホールの片隅でボンヤリしていると、スッと女性が横に立った。何の気配も無く、横に立った女性に驚いてそちらを見ると見知った顔だった。
「ア、アデリア!」
いや、確かにテオドラが来ているのだから、護衛としてこちらに来ているのはおかしくないけど、パーティーに参加しているとは思わなかった。
その彼女は隠蔽魔法で角や翼は隠しており、今は人間にしか見えない。服もいつもの黒い大聖女のローブでは無く、スモーキーパープルのドレスを着ていた。その落ち着いた色合いにもかかわらず、身体にフィットしたドレスは彼女の肉感的な肢体をこれ以上無い程引き立てている。何より横に並ぶと背の高い俺の方が見下ろす形になって、大きく開いた胸元が覗けてしまって目の毒だ。慌てて目を逸らそうとすると「どう?」と声をかけられた。
どう、とは何が、と思って改めて彼女を見ると髪を見せようとしてくる。そこには彼女が強奪していった髪飾りがあった。彼女の名前と同じアデリアの花を模った髪飾り。彼女の美しい黒髪にこの上なく映えていた。
「似合ってるよ、アデリア」
「ありがとう……」
はにかむような笑顔に優しい気持ちになる。常人では想像もつかないような辛苦を舐めてきた彼女がそうやってお洒落を楽しめるようになってるのは何よりである。しかし何よりもまず彼女に伝えるべきは感謝だろう。
「ありがとうな、アデリア。テオドラから聞いたよ。セリア達を守ってくれたんだろう。本当にありがとう」
「……あなたの大事な家族だから」
俯く彼女の表情は読めない。もっときちんとお礼を言うべきかと思うが、周り中の視線が痛くなってきた。アデリアの肢体を舐めるように見ている好色な男たちからの視線もあるが、多くは「あの女誰?」という女性たちからの視線。全くその気は無いのに、「アラバインの次期王太子に近づく女」みたいな注目を浴びせる訳にはいかない。早々に話を切り上げて別れることにした。
アデリアが離れて行って真っ先に近づいてきたのはテオドラだ。その彼女はアデリアのことを知っているはずなのに不満顔である。
「お従兄様、鼻の下が伸びてますわ。やっぱりお従兄様はおっぱい星人だったんですね」
「おっぱ……⁉ お前ちょっと言葉を選べよ。一応お姫様なんだからさ」
「一応は余計です。どこからどう見ても可愛いお姫様じゃ無いですか」
「はいはい、可愛い、可愛い」
「むぅーっ」
ひょっとこのように唇を突き出している彼女は確かに可愛い。但し後者の可愛さだが。その思いを感じ取ったのか、テオドラは一層恨めしそうな目を向けてきた。
「以前はともかく、今の私はお従兄様大好きなだけの
「わかった、わかった。悪かったよ」
苦笑しながらテオドラの頭を撫でる。彼女は一瞬びっくりしたような表情を浮かべたが、すぐに気持ちよさそうに顔を蕩けさせると、もっと撫でろと言わんばかりに頭を寄せてきた。
まるで猫みたいだなと思いながら彼女を撫でる。そんなじゃれつく俺達を見ながら周囲がざわついているが、構うものか。今だけは今回の遠征、最大の功労者である彼女の好きにさせよう。そうやって、その夜は更けていくのだった。
========
<後書き>
次回は第6章第6話「血と悲鳴に塗れて」。お楽しみに。
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