第6話 血と悲鳴に塗れて

 就任式の翌日に出発した抵抗貴族の征討も大詰めを迎えていた。目の前にそびえるのは抵抗している貴族たちの中でも最有力の一人が立て籠もった街。ここまでの道すがら、二家ほど貴族を滅ぼしてきたが、ここを征服すれば、他の貴族も諦めて降伏する者が多くなるだろう。


 閉ざされた街門の前で術式を編む俺の眼前に、パリパリと音を立てて10メートル以上もある漆黒の石の槍が形作られていく。龍神剣アルテ・ドラギスがあれば、剣を振るうだけでこんな街門どころか街壁そのものを消滅させられるが、今回、龍神剣アルテ・ドラギスも含めて竜属性魔法は封印している。別に竜魔法=ラーケイオスの力では無いのだけど、ケチは付けられたくない。


 宙に浮かべた石の槍の周りに何重にも魔法陣を重ね、放電を始める。闇魔法と土魔法で生み出した巨大な槍を電磁力で加速する即席のレールガン。その術式は完成した。


破城黒槍ダルク・アリエス!!」


 数トンを超える石の槍が一瞬にして超音速まで加速する。空気の壁を突き破る衝撃波で周囲の人々の鼓膜を打ち据えながら突貫した黒槍が街門の魔法障壁を切り裂き、超高速大質量の暴威を容赦なく叩きつけて行く。次の瞬間、街門は跡形も無く消し飛んでいた。首都たるクリスタルの街門すら吹き飛ばした魔法。こんな地方都市の門が耐えられるはずも無かった。


 もはや守るべき盾を失った街になだれ込んでいく騎士たちを見ながら、高揚感は無い。恐らくここでも前の二つの貴族家と同様の光景が繰り広げられるのだろう。今から気が重かった。







「お父様ーっ、お母様ーっ、いやああああ!!」


 羽交い絞めされ、地面に拘束されて泣き叫ぶ少女。その視線の先にあるのは広場に急遽設置された処刑台。その上には、斬首のため縛られて座らされる少女の父母の姿があった。少女の横には硬い表情で父母を見つめる少年。こちらは冷静にしているため拘束されていない。二人とも領主一族でありながら、未成年のため死罪を免れた者たちであった。


 二人にとって俺は憎い敵。いきなり攻め寄せて両親の首を刎ねようとしている男。だが、そんな男でも泣き叫ぶ少女を前に心は痛む。少年の元に進み、話しかける。


「何も両親の処刑に立ち会う必要は無い。下がっていたらどうだ」

「無用だ! 父母の死は見届ける! そして、いつか俺が必ずお前を殺してやる!」


 何処までも固い拒絶の声、刺し貫くような視線。10代前半でも、もはや誇りある貴族なのだろう。両親の抵抗に巻き込まれなければ別の出会いがあったかもしれない。


「そうか、だが妹にまで両親の死を見せる必要はあるまい。妹は連れて行くぞ」

「やめろ!」


 少女に差し伸べた手は、だが、兄に強く拒否されてしまった。それだけでは無い。妹の方もこちらに怒りの涙で溢れた目を向けると叫んだ。


「触らないで! 人殺し!!」


 拘束していた騎士が、王族への暴言に思わず上げた手を押しとどめる。


「良い。無用な暴力を振るうな」


 その言葉がどこまでも偽善だとわかっている。街を蹂躙し、抵抗する兵を殺し、子供の前で両親を斬首しようとしている。そこまでの暴力を振るっておきながら、目の前の平手を押しとどめることに何の意味がある。だが、そんな偽善にすら縋らずにいられない。


 子供たちからの刺すような視線から逃れるように死刑台の領主に向かう。


「何か言い残すことはあるか?」

「無い。早く殺せ」

「そうか」


 仕方ない。情けをかける余地を自ら放棄したのだ。恨むなら自らの判断の誤りを恨め。


「斬れ!」


 その言葉と共に領主夫妻の首に斧が振り下ろされた。飛び散る血飛沫と少女の絶叫。殺戮者の汚名を被ると覚悟していたはずの心に無数の針が刺さったような痛み。俺が求める世界は後どれほどの血と悲鳴を要求すると言うのか。ただ一人の少女に追いつくために始めた俺の生き方は何処で狂ってしまったのだろう。


 その後、生き残った二人を気に掛けてくれるよう、新たな領主となったテオドラの部下に頼み、次の街に向かった。だが、幸いと言うべきか、前の3つの都市での惨劇が伝わったのか、抵抗を続けていた領地が雪崩を打つように投降し、以降の悲劇は回避されたのだった。


 こうして旧クリスティア王国全土がアラバイン王国の支配下に入った。一応名目的には大公国として自治権を有する存在。しかし、アラバイン王国の完全な属国であることは誰の目にも明らかであった。






 その2か月後、アレクシアに帰還した俺たちを迎えたのは歓呼の嵐。誰もが先頭を行く俺を讃え、気が早くも「王太子殿下万歳」と唱えている者たちもいる。だが、歓喜に沸く人々の中で、俺の心は暗く暗く沈んでいった。


 クリスティア王国征服を無邪気に喜ぶ彼らは、1万人を遥かに超す犠牲者を、その死を嘆く家族の姿を知っているのだろうか。目の前にいる男が引き起こした惨劇を知ってなお、俺を讃えることが出来るのだろうか。


 無茶な要求だ。わかってる。彼らの立場でそれを知る由も無い。彼らは純粋に勝利を喜び、俺を讃えているのだ。ならば、俺を人殺しと罵った少女は、あの刺すような瞳の少年は間違っていたのか。何もわからない。いったい何が正しいのか。確かなことは俺の手が血に塗れていること。世界は血の色に塗りつぶされようとしていた。


 隊列は平民街を越え、貴族街を越え、王城に入る。王城の門をくぐると、出迎えの人達の一群に取り囲まれた。その人々の一画に、血の色をした世界の一画に、まるでプラチナのような光。


「あ……」


 世界が色を取り戻していく。赤茶けた世界から光輝く世界へと、その様相を変えていく。

 馬を飛び降りてその光の下に駆け寄る。駆けるその時間すらもどかしい。今、俺にとって唯一の確かな存在。


「会いたかった、セリア!」

「私も!」


 誰よりも、誰よりも愛しい人。彼女を強く、強くかき抱く。ああ、彼女は確かにここにいる。そして俺もまたここに。腕の中の彼女の温もりだけが俺を繋ぎ止めてくれる。こちら側の世界へと。血と悲鳴に塗れたこの俺を。



========

<後書き>

次回は第6章第7話「あなたは一人じゃない」。お楽しみに。

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