第7章 アラバインの竜王編

プロローグ

 マリス島嶼国連邦。クレスト大陸の南西部に散らばる大小100余りの島で構成される国である。人口は200万人程。海軍こそ大陸諸国と比べても強力だが、陸軍は見るべきものは無い。これまで歴史の表舞台に出てきたことは殆ど無かった。


 その国の首都を抱える本島マリス島は三日月形をしており、クレスト大陸に面した海岸は大きく抉れていた。その対岸のクレスト大陸側の海岸も大きく抉れており、その地形を繋げてみると円形になるのがわかる。長年の浸食により、少し崩れてはいるが、ラキウスのように知識を持つ者が見れば、クレーターかカルデラと思うことだろう。


 だが、そんなことなど、今この時代に住まう人々がわかるはずも無い。代わりにこの地には、ある伝説が伝わっていた。かつてこの島は大陸と繋がっていたが、ある日現れた巨大な竜によって大陸から切り離されたのだと。そう、まことしやかに伝えられてきたのだった。


 そのマリス島と大陸の間に広がる海の底に近づく複数の人影があった。もちろん、近代的な潜水服など存在しない時代。彼らが使っているのは水魔法と風魔法の複合魔法である。水魔法で水の壁を作り、内部から風魔法で支えて深海でも呼吸可能な空気の玉を作り出す。その玉の内部に入り込むことによって、海底まで移動してきたのだった。


 その彼らが見つけたのは、何やら円形の取っ手のようなもの。海の生き物が付着しているが、元は金属製なのだろう。動かしてみると、最初こそ抵抗があったものの、何とか開けることが出来た。開いた入り口から中に入ると、二重扉になっており、すぐに中に浸水した水が排水されていく。そうして中が空気に満たされたところで魔法を解くと、彼らは二重扉の奥に歩を進めた。


「本当にあったのか、こんなところが」

「あの男の言う通りでしたね」


 口々に発せられる言葉から察するに、彼らもこの場所の存在はこれまで知らなかったのだろう。照明など何もない空間を照らすために明かりの魔法を唱えた彼らは驚嘆の声を上げた。


「何だ、この壁は」

「こんな硬くて平滑な材質は見たことがありません」

「大理石、でしょうか?」

「いや、大理石とは違うようだ」


 そこは何も無いただの廊下だったが、その壁や床の材質だけでも彼らを驚かせるに十分だった。その壁に貼られているものがセラミックパネルであることなど、彼らは知りもしない。そのセラミックに囲まれた廊下を彼らは恐る恐る進んでいく。


 いくつかの部屋を覗きながら進んだ彼らは、とうとう目的の場所に到達した。そこは直径数十メートルはあろうかと言う円形の空間。壁中を金属製らしきパイプが幾重にも走り、電源ケーブルらしきものが何本も床を這っている。だが、ここを訪れた者たちにそれが何なのか、わかるはずも無い。


 彼らは部屋の真ん中に置かれた何だかわからない装置の元に集まる。装置は直径数メートルほどの円形の金属の塊としか彼らには見えない。その装置には周りの壁中からケーブルやパイプが通り、さらに装置の真ん中に開いた円形の穴につながっている。


「あの男の言っていたのはこれでしょうか?」

「うむ、恐らくこれのことだろう」

「しかし、真なのでしょうか。あの竜の騎士どころか竜王すら超える力を持つと言うのは」

「わからん、しかし調べてみるしかあるまい。聞いただろう、竜王の力を。30万のミノス神聖帝国軍が敵わなかったのだ。何とかして対抗する手段を見つけなければ我々に生き残る道は無い」


 島国であるマリス島嶼国連邦は、これまで大陸からの侵略とほぼ無縁でいられた。この国を攻め滅ぼすためには大量の軍船で兵を送り込まねばならず、そこまでの大海軍はこれまでどの国も所有していなかったのである。


 だが、竜王は別だ。一国の軍事力すら凌駕する力を持つ竜が、海など意に介さず、空から攻めてくる。直ちに戦闘になるとは思わないが、対抗手段を持っていなければ、いざ敵対した時に敵わないし、敵対しないまでも外交の選択肢を著しく制限する。アラバイン王国の意に反するような外交政策を取れなくなるのだ。そうした事態は絶対に避ける必要があった。


 だからこそ、怪しげなあの男の進言に乗ってこんなところにまでやって来たのだ。遥か古代に滅びたと言われる超文明の遺産を探しに。最初は半信半疑と言うより、9割がた信じていなかった。だが、長年海の底にあったはずなのに、殆ど朽ちてもいない内部を見るに、この文明がいかに優れていたかがわかる。調べてみれば、竜王に対する対抗手段が見つかるかもしれない、そう、探索者一行を率いる男は思った。


 だが、彼らは知らなかった。目の前にある装置が、かつて暴走の果てに大陸そのものを切り裂き、マリスを海に浮かぶ島にしてしまったことなど。暴走する超エネルギーが大陸どころか次元までをも切り裂いてしまったことなど。さらには、その裂け目から飛び出してきた一人の魔王が、当時の文明を崩壊させ、人類を絶滅の瀬戸際まで追いやってしまったことなど。この装置が、その全ての元凶であることなど、まして知る由も無い。


 ブラックホール砲、かつてそう呼ばれた古代の超兵器。それが今また目覚めようとしていた。



========

<後書き>

第7章「アラバインの竜王編」開幕です。

次回は第7章第1話「俺は種馬じゃ無い」。お楽しみに。

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