第1話 俺は種馬じゃ無い

 ミノス神聖帝国との和平が成立したが、後始末が全て終わったわけでは無い。一つは帝国からの賠償の少なさに対する国内からの不満である。何しろ賠償金は帝国金貨1枚の上に、領土割譲では無く、ゼーレンを軍事緩衝地帯として独立させるに留めたのだ。圧倒的な勝利を収めたはずなのに、その対価がこれかと国内から不満が出るのは当然だろう。だが、俺はこれ以上の賠償を帝国から求めるつもりは無かった。


 帝国は甚大な人的被害を出した。戦死者は7万5千を数え、負傷者も5万人を超えている。遺族や重傷者に支払う一時金だけでも莫大な金額に上るだろう。さらにはそれだけの人々が死傷したことによる労働人口の減少も考慮に入れなくてはならない。聖戦軍に参加していたのは職業軍人たる騎士たちだけでは無い。冒険者や傭兵、さらには農民や一般の都市住民などまで参加していたのだ。経済への悪影響は避けられない。


 加えて「血のゼーレン」で犠牲になった人々に対する賠償である。犠牲者に直接では無く、都市国家として独立するゼーレン市政府に対する復興支援金と言う名目ではあるが、こちらも馬鹿にならない金額であった。


 そんな中で、過大な賠償金を課してしまえば、帝国のさらなる財政悪化は避けられない。それに対処しようと増税したりすれば、帝国国民の皇帝への反感にもつながりかねない。せっかく親王国派の皇帝レオポルドを復権させ、その権力を強化したのだ。万が一にも革命やクーデターなど起こされて政権を転覆されてはかなわない。


 領土割譲も簡単に考える訳にはいかない。帝国内に新たな領土を得てしまえば、新たな国境線防衛の必要が出てくる。これまでは竜の背骨と言う自然的国境を踏まえて防御に適した地に国境線があったために領土防衛は比較的容易かった。それをより帝国内陸に持って行った場合、どうなる?


 今はまだいい。レオポルドやルクセリアが政権中枢にいるうちは問題無い。だが、将来に渡っての防衛を考えた場合、領土を割譲させるのは得策では無かった。


 まして領土割譲は土地だけもらえる訳では無い。生活習慣も価値観も異なる人々を取り込むことになるのだ。ミノス教への疑念が芽生えたとは言え、ゼーレン市民の多くは依然ミノス教徒のままだ。それを取り込むなど、時限爆弾を抱え込むようなものである。絶対にやめた方がいい。


 幸いにして、今回の戦争で主に活躍したのは、フェルナシア辺境伯の配下、表に出せないアデリア、それに俺とテオドラだ。謁見の間で文句を言っていたレードン伯など一兵も出していない。論功行賞に則れば、俺と俺の身内だけが褒章を得ることになる。


 新たに領地を与えないといけない人物はいないから、そのための土地もいらないし、俺は自分に対する褒章は辞退した。それで他の貴族たちも文句を言いづらくなって、この件は解決した。もちろん、前線で戦った兵士たちに対しては褒美を与えることを忘れない。そう言う訳で、第一の問題は大きな問題となることは無かった。問題はもう一つの方である。





 世の中、平和になって来ると、戦時には放っておかれた問題が浮上するらしい。今もその問題への対処中だ。


「王太子殿下、此度は、私共を朝食会にご招待いただき、誠にありがとうございます」

「いやいや、クルクス伯。貴卿にはいつもお世話になっている。して今朝はどのようなご用件かな」

「はい、まずは同席させている私の娘を紹介させてください」


 これだよ。王族ともなると、来賓がひっきりなしにやって来る。外国からの賓客もあれば、国内の有力貴族もいる。彼らへの面会も大事な仕事で、その面会の場としては、正式な会談もあるが、もう少しくだけた形で朝食会や昼食会の場が使われることも珍しくない。殆どは昼食会メインなのだが、最近は朝食会のスロットも使わなければ捌けなくなってきた。その用件と言うのが、これなのである。


 セリアと結婚して2年超。未だに彼女に妊娠の兆候は無かった。抑えているわけでは無い。むしろ戦場にいる時や、彼女の体調が悪い時を除いて、ほぼ毎日励んでいると言っても過言では無い。だって彼女がそれだけ魅力的なんだから、抑えられるはず無いだろ。


 それでも妊娠の気配が無いことがわかると、宮廷内で側室を取れと言う声が高まってきた。王太子たる者、世継ぎを作るのも仕事と言うことらしい。「俺は種馬じゃねえ!」と言って、はじめのうちこそ断っていたのだが、最近はそう言う訳にもいかなくなってきた。


 仕方が無いので、売り込みだけ受けて、その場で、はいさようならというのを続けているわけだ。今回の女性もそうなるだけである。見れば、なかなかに利発そうだし、社交を担う正室として好ましいと思う男はいっぱいいるだろう。俺の側室なんかじゃ無く、上級貴族の正室を目指してくれ。そう思いながら朝食会の時間を過ごし、別れの挨拶である。


「クルクス伯、今日は楽しかった。私の方でも気をつけておくので、お嬢さんに相応しい相手が見つかったら紹介するようにしよう。結婚式にはぜひ呼んでくれ」

「は、はあ」


 丁寧に言っているが、興味無いから他の男を当たれと言っているのである。失礼極まりないが、他にどうしろと言うんだ。





 その後、午前の公務を終えて、さらに昼食会で別の女性の紹介を受けてうんざりしたところで、午後、王宮を抜け出して神殿に来ていた。リアーナとエヴァに愚痴を聞いてもらいにである。こんなこと、当事者のセリアには言えないし、一方で、二人は俺が転生者と知っているうえに、エヴァは俺と同じ現代知識があるから、相談しやすいというのもある。


「何、セリアちゃんが妊娠しないってことで悩んでるの?」

「俺自身は別に子供がどうしても欲しいって訳じゃ無いけど、セリアへの周りからのプレッシャーがあるからな。この状況は彼女が一番つらいはずなのに、じゃあ側室を取れとか、配慮が足りないんだよ」

「そうは言っても、この世界じゃ検査とかできないから、どっちに原因があるかわからないし、周囲の説得は難しいんじゃない?」


 エヴァの言うとおり、検査する手段があれば、俺の問題か、セリアの問題かはっきりするし、状況によって周囲の説得のしかたも考えられるけど、そもそも検査ができない。


「どっちに原因があるか探るためにも、試しに側室を取るって方法もあると思うけど。それでそっちもダメならあんたに原因がある可能性が高いってことでしょ」

「却下だ」


 思わずエヴァを睨んでしまった。そう言うのが嫌で相談に来てるのに。そんな俺にエヴァは苦笑する。


「ホント、こういうことになると頑固なんだから。あんたに抱かれたいって女は結構いると思うけどね。カテリナちゃんとか」

「……カテリナはダメだよ。他の女性ならいいと言う話じゃ無いけど、彼女に対しては誠実でありたい。そんな気持ちが無いのに、側室にするとか彼女に失礼だ」

「はいはい。でもそれじゃ解が無いわね」

「ラキウス君、ラーケイオス様に相談してはどうですか?」


 それまで黙って聞いていたリアーナからの提案に驚く。ラーケイオスが人間の不妊とかの問題に助言できるんだろうか。


「同じ竜の騎士であった私の祖父の話を聞けばヒントがあるかもしれませんよ。私自身は生まれた時には祖父が死んでいたので、あまり話せることがありませんが。祖母から聞かされていたのは惚気話だけでしたからね」


 なるほど。全く考えてもいなかったが、竜の騎士であることが原因と言うことも考えられるのか。俺はリアーナに礼を言って、すぐにラーケイオスの元に向かった。





『当たり前だ。普通の人間と竜の騎士の間ですぐに子供ができるはずが無かろう。お互いの魔力が違いすぎるのだから』


 悩みを聞いたラーケイオスの答えは端的だった。竜の騎士は普通の人間と魔力の構成が違う上に、その強さが段違いであるために、母体側がそれに慣れない限り妊娠は難しいらしい。つまり、俺だけに原因があるわけでも、セリアだけに原因があるわけでも無かったのだ。


『お前と子作りをして、すぐに孕むことができる女など、リアーナだけだぞ』

『孕むって……。お前、もっと言葉を選べよ』


 それにしても、その情報は知りたくなかったよ。次にリアーナと会った時にどういう顔をすればいいんだ。そんな俺の思いも知らぬが如く、ラーケイオスは話を続ける。


『アレクシウスも王妃との間に子供ができるまで5年かかったのだ』

『5年も?』

『まあ、あいつの場合、結婚してからも王妃を放置してテレシアの寝所に度々忍んでいたからな』

『いや、魔力云々じゃ無くて、そっちが原因じゃ無いか?』

『それで2年くらい経った時に、王妃がついに怒って実家に帰ってしまってな。呼び戻しに行ったアレクシウスは義両親に散々怒られたらしい。それからは心を入れ替えて王妃と向き合うようになったがな』


 ……俺はいったい何を聞かされてるんだ。初代国王のイメージが今、ガラガラと音を立てて崩れて行っているぞ。リアーナ、悪いけど君のお祖父さん、ちょっとどうかと思うよ。……あ、俺の先祖でもあった……。


『アレクシウス陛下の例に倣うなら、妊娠まで3年はかかると言うことか。しかし、母体を俺の魔力に慣らすってどうすればいいんだ?』

『毎日魔力を注ぎ込め。なに、今もそうしているだろう』


 ん? 魔力を注ぎ込む? ……ああ、そういうこと? 何だ、今と何も変わらないじゃ無いか。





 こうして、原因がわかったところで王宮に戻り、宮廷医師などに話をした。もちろん、リアーナの話は伏せてである。最初は半信半疑だったが、ラーケイオスからの説明だと言ったら納得してくれた。お陰で、側室を取れという話は収まった。それは良かったのだが、今度は「毎日致してください、毎日ですよ」と言われるようになった。だから、俺は種馬じゃ無いっての!



========

<後書き>

次回は第7章第2話「妹、暴走」。お楽しみに。

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