第18話 シュペールの怪物

 ラーケイオスは順調にシュペールに向かっていた。今の高度は1000メートルほど。速度はマッハ2.5位である。シュペールまではおよそ1時間半の道のりであった。


 同行するのはシャープールとアーゼル、それにマリス島嶼国連邦の外相シァオローン。3人ともラーケイオスに乗るのは初めてで、最初はおっかなびっくりと言った様相であったが、今はもうだいぶ慣れたようだ。周りの景色を見る余裕も出てきているようである。


 一方、興味津々で騒ぐかと思われたアーゼルは思ったより言葉少ない。それは、もちろん、シュペールと共に消えた10万の市民のことを思ってのことだろう。この人懐こいお姫様は、シュペールが消滅したと言う報告に、誰よりも心を痛めていた。


 もっとも、初めてラーケイオスを間近に見た時には、流石に興奮を抑えられなかったのか、ぴょこんと頭を下げて、「よろしくお願いします!」と挨拶していた。その様子に、微苦笑を湛えるようなラーケイオスの心がパスを通じて流れ込んできて、こちらも心が温かくなったのは、いい思い出となるだろう。


 ただ、3人全てをラーケイオスの背に乗せるために、アーゼルだけで無く、他の2人まで横抱きで運んだのは、一刻も早く忘れたい思い出だが。何が悲しうて、男二人をお姫様抱っこしなけりゃならんのだ。


 こんな事なら、せめて近衛騎士団のメンバーには氷結空堡スカーラエの魔法を教え込んでおくんだった。空を飛べるようになっておけば、先日のアーゼルとの模擬戦でも、いかようにでも戦いようがあったのに。何より、亡きエルミーナの功績をもっと広めておかなければならなかったのだ。決しておっさんをお姫様抱っこしたくないからという理由では無い。よし、帰ったら、近衛騎士団に氷結空堡スカーラエの特訓だ。


 ───と思ったところで気がついた。何もお姫様抱っこで運ばなくても、俺が氷結空堡スカーラエの魔法で階段出して、自分で歩かせれば良かったじゃ無いか。げっそり。


 ……などと馬鹿なことを考えているうちに、もう目の前はシュペールがあった地である。


「これは?」


 シュペールがあったはずの大地は、半円形に切り取られたように消滅している。マリス島はまるごと消えているため、定かでは無いが、シュペールの方の半円形を伸ばしていけば、ほぼ完全な円形に渡って大地が消えたことは間違いないようだった。これも、地面からではわからないだろう。はるか上空から見ているからこそわかることだ。


「どうも、円形に切り取られたように見えますね」

「おっしゃる通りですね」


 横にいるシャープールに話しかけると、彼も同様の印象を持ったようだ。だが、これで明らかだ。ラーケイオスがブレスで吹き飛ばしたなら、こんなきれいな円形になるはずが無い。


「シャープール殿下、ラーケイオスがブレスで吹き飛ばした場合、こんな綺麗な円形にはなりません。岩は溶け、周りに堆積物が積もるはずです。これだけ見てもラーケイオスの仕業で無いことは明らかだと思いますが」

「なるほど。ですが、私はラーケイオス様のブレスによる破壊の跡を見たことが無いので、何とも言えませんね」


 ……こいつ、さっきは助け舟出してくれたくせに。ここで同意してしまうと、こちらに弱みが無くなってしまうと考えてるな。本当に食えない奴。まあいい、円形に切り取られていると言うことは、真ん中に何かあるかもしれない。そう思い、高度を落として、円の真ん中に近づいてもらう。


「うーん、海しか無いな」


 高度を100メートルくらいまで落として見てみたが、ただ、海原が広がっているだけで、何か変わったものがあるわけでは無い。しかも、大地が消えるような大きな変動があったせいか、海の水も濁って見通せない。うーむ、近くに来てみれば何かわかるかと思ったが、不自然に切り取られた大地以外、何も見てわかるようなものは無い。これは無駄足だったか、そう思い始めた時だった。






 海面から、黒い光線のようなものがいきなり襲い掛かった。ラーケイオスが素早くロールして躱すが、さらに2本目、3本目と黒い光の柱が襲って来る。それらは、ラーケイオスの障壁で弾かれたが、高エネルギー同士のぶつかり合いで、ドンッという激しい衝撃が障壁内部にまで伝わって来た。悲鳴が響く中、ラーケイオスに命じる。


『高度を上げて、上空で待機だ。俺が出る!』

『了解した。だが、気をつけろ、この魔力は魔族だ!』


 魔族? 72柱の魔族は、アデリア以外、倒されるか封印されるかしている。だが、先ほどの攻撃から考えるに、この魔族は少なくともアスクレイディオスよりもはるかに強い。新たに召喚されたのか、それとも、これまで知られずに潜んでいたのか。


 しかし、今そんなことを考えていても仕方ない。今は敵への対処が第一。龍神剣アルテ・ドラギスを手に飛び降りる。「ラキウス様⁉」というアーゼルの困惑した叫び声が聞こえるが、説明は後だ。ラーケイオスで攻撃した方が、攻撃力は大きいが、今は要人を3人も乗せている。こんな状態で戦闘に巻き込むわけにはいかない。


 ラーケイオスがはるか上空に高度を上げるのを確認して、改めて海面を見渡す。そこに、海面から、異形が現れた。


「シーサーペント?」


 それはかつて戦った大海蛇を思わせる姿。だが、頭部と思しきところには目、いや、顔が無かった。ただ、凶悪な牙が並んだ口が開かれているのみ。大きさは、海面から出ているだけで20メートルほどの長さがあるだろうか。


 生理的嫌悪すら催す、ぬらぬらとしたその姿に一瞬、目を背けたい衝動に駆られるが、その口に魔法陣が浮かぶのを見て我に返る。次の瞬間、魔法陣から漆黒のブレスが撃ちだされていた。


「あ、危ねえ!」


 ブレスをすんでのところで横っ飛びに避けて躱す。身体ギリギリを通過していくブレスからは不思議なことに熱などは感じられない。だが、甘く見ては駄目だ。威力そのものはラーケイオスのブレスの方が大きそうだが、あれをまともに食らって大丈夫だとは思えない。昔、龍神剣アルテ・ドラギスでラーケイオスのブレスを喰ったことがあるが、あんなことが何度もできるほど器用でも無いしな。


 龍神剣アルテ・ドラギスに魔力を流し、光の刃を横薙ぎに振るう。その一閃で魔族の首は落ちていた。だが……。


「再生?」


 切断された首の断面から、ボコボコと肉が盛り上がって来たかと思うと、一瞬のうちに頭部が再生する。事態はそれに留まらなかった。ザバァっと海面を割り、次々に同じような魔族が姿を現したのである。その数、実に20近く。


 マジかよ、と思う間もなく、一斉にブレスが放たれる。掻いくぐるだけで精一杯。とても攻撃を仕掛ける余裕などない。ブレスを避けるため、一旦距離を取って、龍神剣アルテ・ドラギスに更に魔力を込め、百メートル以上先から一気に薙ぎ払う。


 10近くの魔族の首が落ちた。が、すぐに再生してしまう。これではキリがない。魔族は依り代となっている核を叩かない限り致命傷を与えられないことはアスクレイディオスで分かってはいたのだが、本当に厄介極まりない。どうすべきか、悩む心にラーケイオスの声が響く。


『もっと離れろ。一掃する!』


 その声に慌ててさらに距離を取った直後、上空から黄金の光の柱が突き立った。20近い魔族全てを飲み込む金色のブレスは、数千メートル上空からの超長距離狙撃。


 一瞬にして魔族の姿が蒸発し、熱せられた海面は沸騰して爆発した。飛び散る飛沫と水蒸気。濛々と上がる湯気に視界の全てが奪われる。その水のベールが晴れた時、魔族の姿は何処にも無かった。だが、手応えは無い。


『逃げたな』

『そのようだ。海の底では追いようが無い』


 ラーケイオスも同じ認識だった。あのブレスは海面に出ていた部分だけで無く、ある程度深いところにまで届いたはず。それでも死ななかったと言うことは、核はどれほど深いところにあったのか。つまり、それほど巨大な魔族と言うことだ。それも複数。


 考え込みながら、ラーケイオスの背に戻った俺を、アーゼルが心配そうに出迎えてくれた。


「ラキウス様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。ただ、相手を仕留めることもできませんでしたが」

「あの、蛇みたいな怪物が、今回の事件を引き起こしたのでしょうか?」

「わかりません……」


 マリス島とシュペールが消失した現場にいた魔族。関連が無いと考えるのは無理がある。だが、同時に、あの程度の力で、この惨劇を引き起こせたかについては疑問符が付く。厄介な敵ではあったが、破壊力自体はラーケイオスの方が上だ。それが複数いたからと言って、大地を消滅させることなど可能だろうか。


 だが、情報が殆ど無い中で判断してしまうのは危険だ。だいたい、あの巨体の魔族が複数、海中を徘徊していると言うだけで十分な脅威だ。ラザルファーン到着次第、各国に警報を出してもらうよう要請しなければ。そう心に決めると、ガレアの王都に進路を取ったのだった。



========

<後書き>

次回は第7章第19話「ガレアの思惑」。お楽しみに。

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