第17話 大混乱
マリス島とシュペールが消滅したと言う報告は、講和会議に集まっていた各国代表団の間に大きな混乱を引き起こしていた。マリス島嶼国連邦は今回の戦争に直接関与していないとは言え、西側の国境線変更などがあれば、国益に影響する。従って、今回の講和会議にも代表団を送り込んでいた。
そうした代表団からすると、突如祖国が消えてしまったことになるのだ。もちろん、マリス島嶼国連邦はマリス島だけでは無い。だが、人口200万のうち、80万人がマリス島で暮らしていたのだ。政治、経済、文化、あらゆるものの中心がマリス島にあった。それが消えたなど、国が消えたも同然である。
他の国にとっても、無視していいことでは無い。何故消えたかがわからない状況では、同じことが自分の祖国に降りかからないとも限らないのだ。最初こそ、あまりの衝撃に放心していた代表団たちであったが、最もあり得そうな可能性に思い至った国々の面々が、俺のところに押しかけてきている。
「ですから、殿下。ラーケイオス様に命じてマリス島やシュペールを消滅させたのでは無いでしょうな?」
「そんなわけ無いだろう。我が国にそんなことをする理由が無い」
彼らは、俺がラーケイオスに命じて吹き飛ばさせたと疑っているわけだ。事実はもちろん、そうでは無い。そもそも、いくらラーケイオスでも、小島位ならともかく、マリス島のような大きな島を消滅させるほどの火力など持ち合わせていない。せいぜい、街一つ蒸発させるくらいだ。
だが、これを指摘するのは封印している。何故なら、その気になればラーケイオスはそこまでの破壊力を持っているのだと誤解してもらっていた方が、後々有利になることがありそうだから。別にこちらが意図して騙しているわけでは無い。勝手に誤解しているのを正す努力をしないだけだ。
「皆さん、落ち着いて下さい。聞くところによると、事件があったのは、2日前の、あの地震の時だったと言うではありませんか。ラキウス殿下はその時、私たちと一緒にパーティーに出席しておいででした。そんなことが出来る訳がありません」
「しかし、シャープール殿下、ラーケイオス様のアリバイまで確認したわけではありません。ラキウス殿下はこちらにいらっしゃったとしてもラーケイオス様に命じてやらせることは可能です」
シャープールが宥めるが、そうそう皆も引き下がらない。シュペールが消えたと言うのに、冷静なガレアの王族の態度を見て悟って欲しいものなのだが。それどころか、一部の者たちは、さらにとんでもないことを言い出した。
「それにラーケイオス様に命じることができるのは、もう一名、竜の巫女殿もいらっしゃると聞きました。リアーナ様が何もしていないと言い切れるのですか?」
それを聞いた途端、頭に血がのぼってしまった。冷静に話を聞こうと思っていたのに。
「リアーナは言わば我が国の象徴だ。彼女を侮辱するからには、それ相応の根拠があるんだろうな?」
「そ、それは……」
「証拠も無しに、憶測で言っているなら、容赦はしない!」
「きょ、脅迫するつもりですか?」
「お前らが先に無礼な態度に出ているのだろうが! 侮辱されて黙っているほど、俺は甘くないぞ!」
執務室の椅子から立ち上がり、代表団を睨みつける俺。怯みつつも発言を撤回しようとしない代表団。一触即発の空気が流れる中、仲裁の声を上げたのは、やはりガレアの王弟。
「皆さん、ラキウス殿下も落ち着いて下さい。とにかく、原因どころか状況も良くわかっていないのです。まずはその情報を集めるのが先では無いでしょうか?」
落ち着いた彼の声に、俺の頭も冷えてくる。険の取れた眼差しでシャープールを見つめる俺に、他の代表団のメンバーもホッとしたように緊張を解いた。
「そうだな。まずは状況を調べる必要がある。こんなところで伝聞での情報でどうこう言っていても始まらない。……シャープール殿下、提案があります。私は、ラーケイオスで現場に行こうと思います。ご同行いただけないでしょうか?」
「それは構いませんが、今からですか?」
「ええ、ラーケイオスなら2時間もかからず現地まで行けます。直接見ていただくのがいいでしょうし」
その提案に、シャープールは暫く考え込んでいたが、顔を上げた。
「そうですね。便乗しての提案なのですが、アーゼルも同行させていただいてよろしいですか? それで、現場を確認した後、私たち二人を王都ラザルファーンまで送っていただけるとありがたいのですが」
その提案に今度はこちらが考え込む番だった。シュペールからラザルファーンまではそう遠いわけでは無い。アレクシアからフェルナシアまでと同じくらい。15分もあれば着くだろう。ただ、王都まで行ってしまうと、国王への謁見など、いろいろと行事が発生して時間が取られる可能性がある。こんな緊急事態に、国外で長時間拘束されることは避けたい。
「わかりました。ですが、お送りするだけです。国王陛下へのご挨拶などは無用にしていただきたい」
「ええ、構いません。殿下も長時間自国を留守にするわけにはいかないでしょうし」
話が早くて助かる。やはりこの王弟、ただ者ではあるまい。ガレアの王は尚武の気質、言葉を選ばず言えば脳筋だと聞いているが、この王弟の補佐があるのであれば、なかなかどうして侮れない。あの旧ナルディアへの電撃のような侵攻も、この王弟の発案なのではあるまいな。
まあ、しかし、想像でガレア王宮内の勢力関係をどうこう考えても始まるまい。そう考え、シャープールの案で同意しようとしたところに、声を上げた者がいた。マリス島嶼国連邦の外相シァオローンである。
「わ、私も同行してよろしいでしょうか? 祖国がどうなっているか、確認したく思います」
「それはいいが、貴兄の祖国は消滅しているのだとしたら、確認した後、どこに送ればいいのかな?」
「いえ、私もラザルファーンまでご一緒させていただきたく思います。それでシャープール殿下、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「ラザルファーン到着後、至急にシャーリーア陛下にご面会の機会を賜りたく、お願い申し上げます」
同行の了解を取ってすぐにガレア国王への面会を依頼する男を見て、そう言うことかと思い至る。マリス島は無くなったとは言え、周辺諸島にまだ120万の国民が暮らしている。島ごとに実力者もいるだろう。今後、権力の空白の中、新たな王位を巡って混乱が生じることは明らか。それに備えて、隣国の王と話をつけておこうと言うことだろう。
それが不介入を求めるものなのか、特定勢力、いやもっと有り体に言ってしまえば、自分への助力を求めるものなのかはわからないし、知る必要も無い。あくまでマリス国内の問題であり、マリスとガレア二国間の問題だ。アラバイン王国はそこに介入しようとは思わない。
そうして話がまとまった俺たちは、ラーケイオスに乗り、一路、シュペールとマリス島が消えた現場へと向かったのだった。
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<後書き>
次回は第7章第18話「シュペールの怪物」。お楽しみに
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