第14話 軍服と言う仮面を脱ぎ捨てて

 翌日、同盟に関する条約の調印は滞りなく進んだ。オルタリア側の署名者は、アラバイン側の署名者である俺のランクに合わせて、王太子のドーファンである。ドーファンは40歳。同じ王太子だが、かなり年上だ。まあ、前世も合わせれば、俺の方が年上なんだがな。


 さて、今回の同盟だが、お互いの思惑により、いろいろな条件が付いたうえでの同盟となっている。そもそもアラバイン王国はナルディアやサフと積極的に敵対したいと思っているわけでは無い。オルタリア王国とて、ミノス神聖帝国と事を構えるなど、できれば避けたい事態だ。だから、どちらかが戦争状態に陥ったからと言って、自動的に参戦する義務を課すのでは無く、参戦自体にも条件を付けたし、参戦形態も段階的な対応を可能とした。


 また、大事な条件として、ラーケイオスは同盟の義務履行対象に含まれないことを明示した。オルタリアとしてはラーケイオスを味方にしたと内外に示したい意向があったが、それは絶対に譲れない条件として、一切妥協しなかった。一方で、ラーケイオス自身が参加しなくても、竜の騎士である俺がいれば、実態としてはその魔力を使える。かつて、ラーケイオスから遠く離れたクリスティア王国との国境で、パスを通じて借りた力でメテオを吹き飛ばしたように。だから、第三国に要らぬ警戒心を抱かせないためにも必要な条項であること、実質的にはラーケイオスの力を使えることを説明し、押し切ったのである。


 それに加え、急遽追加されたお互いの軍事技術供与に関する条項など含め、この時代には考えられない程の精緻な条約ができあがった。昨日、その追加条項の詰めのために徹夜で条約の案文を詰めたソフィアを始めとする文官達は大変だったが。そのソフィアは調印式を見届けた後、夕方の祝賀式典まで寝ると言ってあてがわれた宿舎に引き上げて行った。本当にご苦労様、ソフィア。この同盟成立の立役者は紛れも無く君だ。






 夕刻となり、祝賀式典が始まった。魔石灯のシャンデリアに照らされる王宮の大ホールに、数百人の人々が集まり、さんざめく。最前列でセリアと共に見守る俺達の前で、ドレフュスが開会の祝辞と共に乾杯の音頭を取った。


「オルタリア王国とアラバイン王国の新たな絆を祝して乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 皆が杯を上げて周りの人と打ち合わせる音が響き渡る。俺は隣に立つドーファンと杯を合わせると一気にあおった。喉を潤すエールが美味い。


「ラキウス殿下はオルタリアは初めてなのですか?」

「ええ、今回が初めてですね。でも、皆さん温かく歓迎してくれて、とても初めてとは思えないくらいです」


 ドーファンの質問に答える。初対面の要人同士としては、まずは当たり障りのない話題からと言うことか。だが、彼の視線がセリアの髪飾りを捉えたらしい。


「おや、奥方様の髪飾りはリドヴァルのものですか?」

「ええ、以前、貿易協定を結んだ際、リドヴァルの代表団から贈られたものです」


 今回、セリアだけでなく、ソフィアやカテリナも贈られた髪飾りを付けてきている。贈ってくれたリドヴァルへの感謝を示すために。その中でもセリアの髪飾りは特別精緻に作られた豪奢なもので、セリアの美しい髪に良く似合っていた。


「いや、しかし、ラキウス殿下の奥方様は本当にお美しい方ですね。殿下が皆の前で惚気るのも納得ですな」


 ブホオッ!とエールを吹きそうになった。やめて下さい。黒歴史を思い出させるのは。いや、昨日の話だけどさ。


「いやいや、ドーファン殿下も奥様と非常に仲睦まじいと聞いておりますが」


 確かドーファンの妻エレノアは彼の10歳下で、政略結婚とは思えないほど仲睦まじい夫婦だと聞いている。


「いやあ、お恥ずかしい。エレノアはとても可愛らしい女性でしてね」


 いや、お前も惚気るのかよ。何この王族同士とは思えない会話。だいたい、その肝心のエレノアは彼の横にいないんだが。


「エレノア様は今日はご参加されていらっしゃらないのですか?」

「いや、エレノアはレティシアの準備の手伝いをすると言ってまして、そろそろ来ると思うのですが」


 ん? レティシアの準備? そう言えば彼女もまだ会場にいなかったな。まあ、いつも軍服姿とは言え、女性。準備には時間がかかるものなのだろう。


 そんな取り留めも無い話をしていたら、会場の一角からどよめきが起きた。何事だろうと思ったら、女性が入ってくる。その姿を見て、俺も絶句していた。


「……レティシア……様?」


 レティシアは軍服ではなく、ドレスを着ていた。淡い水色を基調としたドレスが清楚な雰囲気を醸し出している。プラチナブロンドの髪は一部編み込まれ、例の髪飾りが刺されていた。彼女は声を失っている俺の元に来ると、おずおずと話しかけてくる。


「ラキウス様、あの……いかがですか?」

「あ、えと、その……」


 いかん、挙動不審になってしまった。いや、無茶苦茶綺麗になってるんですけど。そりゃセリア一筋である俺の心が揺れることなんて無いけど、いつも軍服姿だった娘がドレス着て見違えるように綺麗になって出てきたら驚くよね。しかし、上手く返せない俺の態度に、「失敗しちゃったかな」みたいな不安な表情がよぎっているのを見ると、きちんと返事を返さなければ。


「驚きました、レティシア様。大変よく似合っておいでです。とてもお綺麗で、言葉を失ってしまいました」

「……本当に?」

「ええ、その場を取り繕うために嘘を吐くことは無いと申し上げたでしょう?」


 実際それは本心である。彼女はそれくらい美しかった。もちろんセリアはもっと綺麗だけどね。だから、そんな腕をつねらないで、セリア。一方、レティシアはそれを聞いてホッとしたのか、笑みを浮かべると、さらにとんでもないことを言い出した。


「ラキウス様、一曲踊っていただけますか?」


 えええっ! 差し出される手を前に、心の中で絶叫する。いや、俺、昨日衆人環視の中でセリアへの愛を叫んでレティシアとの結婚は無いって宣言したばかりなんだけど。そのセリアの目の前で自分と踊れって言うのか?


 もちろん、普通ならダンスを踊った程度で結婚云々の話にはならない。しかし、これまでの経緯に加え、普段軍装をしている彼女がドレスを着てダンスを申し込んできているのだ。当然、周りからはそう言う話とまではいかなくても、二人は特別な関係にあると見られるだろう。考え無く手を取ることにはリスクがある。一方で、手まで差し出されているこの状況で断ったら、レティシアに恥をかかせることになって、外交的に極めて非礼だ。


 助けを求めるようにセリアの方を見たら、睨まれてしまった。うう、どないしろって言うんだ。でもセリアはため息を吐くと耳元に口を寄せてくる。


「今回だけだからね。私は大丈夫だから、まずは王太子として振る舞うことを優先して」


 うう、神様、仏様、セリア様! セリアの了承が出たところでレティシアに向き直る。周りからの視線は気になるが、セリアの言うように、王太子として外交的に非礼にならないことを優先すべきだ。


「レティシア様、それでは私からお願いいたします。一曲踊っていただけますか?」

「喜んで」


 レティシアと共にホールの中央に出ると、楽士達が演奏を始めた。その演奏に乗ってレティシアの腰に手をまわし、踊り始める。正直、ダンスは苦手だ。前世ではダンスなんて小学校のフォークダンスくらいしか経験無いし、平民時代にもダンスなんかやったことが無い。だから、俺にダンスを教えてくれたのはセリアだ。社交の授業に組み込まれていて、まるでダメだった俺に彼女が個人レッスンをしてくれたのだ。彼女は自分のためだったなんて言ってたけど、こんなにも俺の役に立っている。


「ラキウス様?」


 そんな風に、セリアのことばかり考えていたからだろう。レティシアに不審がられてしまった。いけない、いけない、踊ってる間くらい、相手に集中しないと。そんな俺に、彼女は少し寂しそうな笑みを向けてくる。


「ラキウス様、ありがとうございました。無茶なお願いに付き合ってもらって」

「……レティシア様」

「……これで、これで私はもう大丈夫です。……大丈夫ですから」


 何が大丈夫なのだろう、と一瞬考え込んで思い出す。そう言えば、前世で読んだ漫画で、男装の麗人である主人公が王妃様の想い人に恋心を抱き、その恋を諦めるために一度だけ舞踏会でドレスを着て身分を隠して踊ったというエピソードがあったか。これって、それとほぼ同じシチュエーションなのか? こんな時、どうすればいいのだろう? うまい言葉をかけられるような人間であればいいが、言葉は出てこない。そもそも、下手に声をかけて未練を残すべきでは無いのかもしれない。逡巡しているうちに、ダンスは終わった。


 ダンスを終えて俯いている彼女への言葉をなお探していたが、言葉をかけるより前に、突然駆け込んで来たオルタリアの家臣によって、式典の空気は一変した。


「大変です! 陛下!」

「何事だ、騒々しい」


 咎める言葉にも構わず、家臣が王の元に近寄り、何事かを囁くと、ドレフュスの顔色が見る見るうちに変わっていった。いったい何事が起ったのか? その疑問への回答は近づいて来たソフィアによってもたらされた。


「ラキウス様、ミノス神聖帝国で聖戦が発動されたとのことです。彼らの軍勢が国境地帯に集結しつつあります。その数、フェルナシア、ヘルナ双方に20万ずつ。総勢40万の大軍がアラバイン王国に迫っています!」



========

<後書き>

次回は第6章第15話「どうかご武運を」。お楽しみに。


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