第15話 どうかご武運を

 会場は一気に騒然となった。


「ミノス神聖帝国が……」

「40万? どうするんだ、そんな大軍?」

「オルタリアも戦わないといけないのか?」

「いや、無謀すぎる。参戦したら我が国も滅亡しかねんぞ」


 口々に囁き合うのは、いかに参戦を回避できるかと言うこと。それを不誠実と詰ることはできない。アラバイン王国との同盟には元よりオルタリア国内でも反対意見があったのだ。それを押し切って同盟が結ばれた初日に、ミノス神聖帝国進軍の報がもたらされるなど、悪夢もいいところだろう。


 こちらに近づいてくるドレフュスの顔には苦渋の色が浮かんでおり、俺の隣に立つレティシアの目にも不安がまとわりついていた。だから、俺はことさら明るく声を上げる。彼らに不安を与える必要は無い。何より、この事態は俺が招いたものだから。こうなることがわかっていて、いや、こうなるために物事を進めていたのだから。


「ドレフュス陛下、ご安心ください。我が国は今回の戦いに、オルタリアの参戦を求めておりません」

「そ、そうか? ……いや、しかしそれでは……」


 一瞬、本音が漏れてしまったが、体面を思い出したのだろう。瞬間浮かんだ喜色を引っ込め、ドレフュスが改めて本当にそれでいいのかを問うてくる。


「大丈夫です。そもそも条約には参戦の条件として、『要請があった場合』との条件があったはずです。我々が参戦要請をしていないのですから、オルタリアが参戦しないことは不実でも何でもありません。何より、ご心配いただいておりますが、この程度、我が国にとっては危機でも何でもありませんよ。むしろもっと大軍で来ることを予想していたのですが、我が国も舐められたものです」

「……40万が危機では無いと?」

「ええ、60万くらいで来ると思っていたのですがね。まあ見ていてください。10日もかからず撃退して見せます」

「……本当に大丈夫なのですか? ラキウス様」


 唖然としているドレフュスに滔々と語っていたら、横からレティシアが声をかけてきた。それは国と国との権謀術数では無い、純粋に俺を心配してくれるもの。だから、俺も作り笑いでは無い笑顔を彼女に向ける。


「ええ、大丈夫です。だからオルタリアにお願いしたいのは、この機に乗じようとする勢力、ナルディアやサフ、国内の同盟反対派の動きに備えて欲しいということです。我々にとっては、オルタリアが同盟国でいてくれる、その事実こそが何よりの支えなのですから」

「わかりました。決してラキウス様を失望させるようなことはしません」


 決意に満ちた表情のレティシアから、ドレフュスに向き直る。


「陛下、一つだけお願いがあります。私は直ちに帰国しなければなりません。ラーケイオスを迎えに呼びたいのですが、彼と竜の巫女の入国許可をいただきたく」

「わかった、許可しよう」

「ありがとうございます」


 許可をもらった次の瞬間、パスを繋いでラーケイオスとリアーナに連絡を取る。連絡が来ることは既に予想していたらしく、30分以内に到着できると言うことだった。







 およそ30分後、オルタリアの王宮上空に巨大な影が飛来した。夜の帳が降り始めている中では、その姿をはっきり捉えることは出来ない。それでも金色の竜王の巨体は、人々の畏怖と感嘆を呼び起こすに十分だった。「なんと巨大な!」、「あれが、竜王ラーケイオス様!」、そうしたざわめきが人々の間で広がる中、金色の光がラーケイオスから降りてきた。言うまでも無く、竜の巫女リアーナである。リアーナは俺の前に静かに着地すると跪いた。


「お迎えに上がりました、ラキウス様」

「ご苦労、リアーナ」


 立太子の儀を経て、俺とリアーナの関係にも変化があった。正式に王太子となった俺はリアーナよりも序列が上となったのである。それまで「リアーナ様」、「ラキウス君」と呼び合っていた関係は逆転された。それでも、彼女は俺の「お姉ちゃん」。こうした他者の目がある場では「ラキウス様」と呼んでもらうようにしているが、身内だけの時はこれまで通り「ラキウス君」である。国王になればまた違うだろうが、今はこの関係がいい。一方、俺が彼女を呼ぶときは呼び捨てにするようにした。それが彼女の強い希望だったから。


 挨拶を済ませたリアーナが立ち上がり、俺に微笑む。その姿にまた、周りからどよめきが起きた。


「あれが竜の巫女?」

「なんと美しい」

「セーシェリア様も美しいが、これはまた」


 王国一の美姫への惜しみない賛辞が周り中から聞こえてくる。セリアが王太子妃となった今、どちらが王国一の美姫かという論争がアレクシアでは起こっているけれど、それは彼女の美しさを欠片も損なうものでは無い。ミノス神聖帝国の侵攻が迫っていると言うこの非常時においてなお、セリアとリアーナ、美の双璧が並び立つ姿は人々の目を引き付けていた。


 さて、ラーケイオスに迎えに来てもらって、俺と一緒に帰るのはセリアとソフィアである。カテリナは王都経由だと逆に非効率なので、リドヴァルからレオニードに向かってもらい、そこでイシュトラーレをいつでも出撃可能状態にして待機してもらうことにした。後は、セリアとソフィアを俺とリアーナで分担してラーケイオスに乗せるだけ。しかし、そこで問題が起こった。セリアは当然俺が運ぶとして、ソフィアをリアーナに運んでもらうよう依頼したら、意外にもリアーナが反論してきたのである。


「えー、か弱い女性に運ばせるんですか?」


 いや、リアーナ、君、無限の竜魔法で身体強化できるよね、以前、軽量のミスリル製とは言え、プレートアーマー着ているセリアを抱えてフヨフヨ飛んでたよね、と反論しようとしたが、ソフィアからまで文句が出た。


「あら、ラキウス様は大事な秘書官を運んでくれないんですか?」


 おい、ソフィア、お前面白がってるだけだろう! 笑いをかみ殺しているソフィアを見ながら、ため息を吐く。


「……わかったよ、二人とも俺が運ぶから」


 セリアの視線が痛いが、まずソフィアを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこと言う奴だ。


「ラキウス様に抱かれてしまいました。また、ラキウス様の噂が増えますね」

「『抱かれる』の意味が違うだろ! 誤解を招くような言い方をするな!」


 両手がふさがってなければ、頭にチョップしてやるところだ。身体を預けながらクスクス笑っているソフィアに再びため息をこぼすと、上空に跳んだ。


 ソフィアをラーケイオスに預け、地上に戻ると、レティシアに別れを告げる。帰れば、しばらくは会えないだろう。彼女は大使とは言え、これからアラバイン王国は戦争状態に入る。直接的な戦闘は長引かないだろうが、完全に終結するまでには時間がかかる。それまで彼女にはオルタリア本国にいてもらった方が安全だ。レティシアは俺の前でしばらく言葉を探している風だったが、一言だけ、絞り出すように呟いた。


「……どうかご武運を」

「ええ、レティシア様もお元気で」


 その後、ドレフュスとドーファンにも別れの挨拶を済ませるとセリアを抱き上げた。いつもよりほんの少し、しがみついてくる彼女の力が強い。そんな彼女をこの上なく愛しく思う。彼女を守る。そのために今度はミノス神聖帝国を倒す。たとえこの手を血に染めてでも。その思いを胸に、セリア、リアーナと共にラーケイオスに飛び乗った。


「行こう、ラーケイオス! 今度こそ、お前の出番だ!」



========

<後書き>

次回は第6章第16話「皇帝を人質に取る!」。お楽しみに。

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