第16話 皇帝を人質に取る!

 アレクシアに帰還した俺は緊急の閣議に参加することとなった。参加者は通常のメンバーに加え、将軍や王都にいる騎士団長、魔法士団長など軍関係者が勢揃いしていた。加えて、フェルナシア領からセリアの兄、レドリックが参加している。辺境伯本人は前線で指揮を執るため、既に国境の砦にいた。


「しかし、40万とは。フェルナシアだけでも20万か。辺境伯の手勢はどれほどなのだ?」

「かき集めていますが、現状、2万ほどかと」


 軍務卿の問いにレドリックが答える。その答えに一瞬の沈黙が降りる。10倍の敵にどう対抗すればいいのか。


「しかし、10倍とは言え、寄せ集めなら恐れるには足りません。主力となる魔法士団や飛竜騎士団はどの程度なのでしょうか?」


 口を開いたのはクリストフである。今回の戦は、まずは国境の砦を守る攻城戦となる。この世界での攻城戦は、魔法士団の大規模魔法の撃ち合いや飛竜騎士による攻撃が主流。それを踏まえての質問であった。だが、それに対するレドリックの答えは淡い期待を覆すもの。


「正確な数は把握できておりませんが、敵魔法士の数は2000近く。飛竜騎士は300騎ほどと見られています。それに対し、我が方の軍は、魔法士300人、飛竜騎士は100騎を僅かに超える程度の状況です」

「飛竜騎士はともかく、魔法士の数の違いは絶望的だな」


 魔法士団同士の戦いは、相手の大規模魔法に備えて一定数の魔法士が常に障壁を展開しつつ、残りが攻撃用の大魔法を唱えることになる。俺のような極端な例外を除いて、個人の魔力の差がそれ程大きくない実態では、単純な数の差が効いてくるのだ。軍務卿の呻きもむべなるかなである


「しかし、それではどうやって戦うつもりなのだ?」

「一応、ラキウス殿下の指示で、1年ほど前から準備は進めておりました。砦への大砲を始めとした火力の導入、広範囲の罠の設置なども完了しております」

「1年前と言うと、クリスティア王国に侵攻したころでは無いか! 殿下はその時からこの事態を想定していたと言うのですか?」


 レドリックの答えに、軍務卿が驚いたようにこちらを見るが、代わりに答えたのは外務卿だった。


「当たり前じゃ無いか。クリスティア王国を占領してミノス神聖帝国の大陸西部への出口を塞いだんだ。こうなることを殿下が想定していないはずが無いだろう。我々だって同じだよ。だからこそ、オルタリアとの同盟を急いだし、ナルディア、サフを刺激しないように根回ししたんだ。我々外交部の努力も評価して欲しいものだね」


 リューベック候には俺の考えを伝えたことは無い。それなのに、これだけ的確にこちらの意図を見抜いている。やはりこの男は侮れない。一方、その外務卿の指摘を受けて、改めてこちらに向いた視線を見つめ返す。


「一部の者にしか知らせず、進めていたのは悪かったと思っている。しかし、こちらの準備をミノス側に気取られるわけにはいかなかった。準備は十分に進んでいる。負けはしない」

「しかし、相手は20万の大軍ですぞ。クリスティア大公国のヘルナ側に押し寄せている軍勢も合わせれば40万。それでどうやって戦うつもりなのですか?」

「ヘルナの方は忘れろ。テオドラには切り札がある。絶対に負けはしない」

「そ、その切り札とは?」

「今は言えない。だが、信じろ。この俺すら超える力を彼女は持っている」


 そう、アデリアがいる限り、20万が100万だろうとテオドラは負けはしない。気をつけないといけないのは、むしろアデリアの大魔法で殺しすぎてしまうことの方だ。聖戦軍を皆殺しにすることは容易い。だが、それでは憎しみを募らせてしまうことになる。それはヘルナ側だけでなく、フェルナシア側でも同じこと。


「テオドラ様の方はわかりました。切り札がわからないですが、殿下がそうおっしゃるなら。でも、フェルナシアの方はどういたしますか?」


 財務卿ドミテリア公爵が控えめに口を挟む。それに乗って、軍務卿が何かを思いついたように手を打った。


「そうだ、ラーケイオス様がいらっしゃるでは無いですか。あれこそ我らの切り札。ラーケイオス様にお願いして、敵を粉砕してもらいましょう!」


 その声に、皆が顔を見合わせながら賛同の意向を示す。だが、俺はその策に乗るつもりは無い。


「ダメだ。ラーケイオスをフェルナシアに投入するつもりは無い」

「な、何故ですか⁉」


 絶望的な顔を浮かべる人々に噛んで含めるように説明する。今回の戦いはこれまでとは違うのだと。ただ、単純に敵を撃ち滅ぼせばいいのでは無いと。


「いいか、敵は狂信者の集まりだ。それをラーケイオスが一時的に蹴散らしても、ミノス側から見ると、死んだ兵士たちは邪竜に挑んで散った殉教者となるだけだ。相手は20万の兵士ではなく、1500万のミノス神聖帝国全国民だと考えろ」

「それではどうすると?」

「うろたえるな。ラーケイオスを使わないとは言ってない。だが、使い方が違う」

「ど、どのように?」


 驚いて見つめる彼らに言い渡す。今回の作戦を。これまでの常識を覆す戦い方を。


「フェルナシアとヘルナでは敵を足止めするだけでいい。そのための準備は整っている。その隙に、俺はラーケイオスで聖都イスタリヤを急襲する。竜の背骨を越えてな」


 そして続けた。


「皇帝を人質に取る!」



========

<後書き>

次回は第6章第17話「国境に現れた地獄」。お楽しみに。

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