第13話 王太子は奥方にぞっこん
オルタリアに到着した俺達を出迎えたのは大歓迎だった。リドヴァルでは二日二晩に渡る歓迎式典が催され、そして今、到着したオラシオンでは街門から王城までの大通り両脇を埋め尽くす大観衆が俺たちの車列を見守り、歓声を上げていた。オープンタイプの馬車だったりしたら、思わず気後れしてしまったに違いない。それ程の大歓迎だった。他国の王族へのこの大歓迎には少し戸惑ってしまう。対面に座るレティシアに目を向けると、彼女はその視線の意味を理解したのだろう。
「この大歓迎が意外ですか?」
「ええ、例えこれから同盟国となる国だとしても、別の国の王族にここまで市民たちが熱狂するのは意外というか」
「アラバイン王国の王太子というより、竜の騎士が人気があるんです」
「そうなのですか?」
「400年前、魔族に苦しめられていたのは、アラバイン王国だけではありません。当時はオルタリアと言う国はありませんでしたが、この地もまた、魔族に苦しめられていたのです。それに、真偽はわかりませんが、一時期、アレクシウス陛下がこの地に身を寄せていたと言う伝説もあるんです。なので、魔族を打ち払った竜の騎士、アレクシウス陛下の再来とも言われるラキウス様は、この国では大変人気があるんですよ」
「……私はアレクシウスの再来などではありませんよ」
俺には前世の記憶がある。アレクシウスの記憶を持つアデリアからも別人だと言われている。同じ竜の騎士と言うことで、アラバイン王国でもアレクシウスの再来と言われることがあるが、正直、戸惑ってしまう。
「事実がどうかより、皆がどう思うかですよ」
それに対するレティシアの答えは端的だった。確かに、そうなのかもしれない。そもそも殊更に否定するのもおかしな話だ。再来と言うのは必ずしも生まれ変わりを意味しない。また、例え生まれ変わりであったとしても、前世の記憶を持つとは限らない以上、普通なら違うと否定する材料も無い。あくまで俺が特殊なのだ。
改めて周囲を見回す。純粋に好意を向けてくれる人達には、こちらも好意を持って応えたい。その思いを共有しているのか、俺の隣ではセリアがずっと笑顔で周りに手を振っていた。その笑顔を見た人々、特に男たちが次々と呆けたような顔をしていくのが見える。いったい何人の男たちを叶わぬ恋に落としているのだろう。いや、会ったばかりの頃は俺もそう言う男たちの一人だったか。感慨を持って彼女の振られていない方の手を握ると、こちらに笑みを向けて、指を絡めて握り返してくれた。そうやって手をつないだまま反対方向の人々に手を振る。そのまま馬車は王城へと向かうのだった。
謁見の間で玉座に座る国王と対峙する。現オルタリア国王、ドレフュス・アルマ・ティア・オルタリアは60歳。平均寿命が長いとは言えないこの世界では高齢の部類に入るだろう。だが、その眼光の鋭さは、年齢を感じさせないものだった。しかし、気圧される訳にはいかない。今は王太子であっても、俺は将来の国王。頭は下げず、略式の礼をする。
「お初にお目にかかります、ドレフュス陛下。アラバイン王国王太子ラキウス・リーファス・アラバインです。以後、お見知りおきを」
「よく来てくれた。ラキウス殿。して、隣の美しい女性は殿下の奥方かな?」
「はい、ラキウスの妻、セーシェリア・フェルナース・アラバインにございます。この度はお招きをいただき、ありがとうございます」
セリアがスカートの端をつまみ、優雅に挨拶する。周囲からは「なんと美しい」「まるで女神のようだ」という賞賛とため息が飛んでいた。
しかし、俺への対応もそこそこにセリアの話題とはいったい何事ですかね、と思ったら、いきなりの発言が飛んできた。
「そんなにも美しい奥方がいるのでは、余の娘が振られてしまったのもやむを得ないかな」
「えっ、いや、私はそんなつもりは……」
不意打ちに変な返しをしてしまった。そもそもお見合いをさせようと言う意図を察してはいても、正式に申し込まれていたわけでは無いのだ。申し込まれていない以上、正式には振ったことになっていないはず。それを意図して返した答えだったが、この状況では悪手だった。ドレフュスはそれを聞いて破顔すると、今度こそとんでもないことを言ってきた。
「そうか、ならばレティシアと結婚して余の後を継がんか?」
「は?」
「お父様⁉」
「父上⁉」
俺だけじゃ無くて、ドレフュスの隣に立っていたレティシアともう一人の男まで驚いている。あの男は確か、レティシアの兄でオルタリアの王太子、ドーファンだったか。この二人の様子を見るに、今の発言は、周囲に全く相談せずにドレフュスの独断で発せられたと言うことか。二人だけではない。謁見の間を埋め尽くす貴族達も驚きのあまり、一瞬声を失っていたが、一気にざわつき始めた。
しかし、レティシアと言い、ドレフュスと言い、衆人環視の中で爆弾発言をするのは、オルタリア王室の伝統なんですかね。さて、どう返すべきか。ここは冷静にならなくてはいけない。
「陛下もご冗談がお好きで。そもそも私には既に妻がおりますので」
「妻が一人でなければいけないという法があるわけではあるまい。王ともなれば側室を何人も娶るのも普通なのだ。妻が二人おっても何の問題も無かろう」
確かに重婚を禁止する法律なんてアラバイン王国には無い。妻が一人というのも慣習でそうなっているだけで、側室だって、形式はともかく実質的には妻を複数持つのと変わらないと思えば、第一王妃、第二王妃みたいな形で妻を複数持つのだってあるかもしれない。だけど、俺自身がそんなこと望んではいない。
「いえ、私は妻を、セーシェリアを心から愛しています。他の女性を妻とするつもりはありません」
「それで二つの国の王となることが出来るとしてもか?」
「例え、そうであったとしてもです」
俺は王になりたかったわけじゃ無い。セリアの夫になりたかっただけだ。二つの国の王になれるとなったとて、その優先順位が変わるわけでは無い。
そもそも二つの国の王となる、それ自体が罠なのだ。アラバイン王国は現在、東の国境こそミノス神聖帝国という巨大な敵国と接しているが、西と南は同盟国と属国だ。だが、俺がオルタリアの王となり、二つの国が一つになると、西にナルディア王国、南にサフ首長国という敵性国家と接することになるのだ。そんな全方位敵だらけの状態になるなんて、真っ平ごめんである。一方、その答えを聞いたドレフュスはフッと笑いをこぼした。
「そうか、これは詮無きことを言うたようだな。忘れてくれ」
「ええ、陛下のお心遣いのみ心に留めておきます」
その笑みを見ながら、もしかしたら俺は試されたのかもしれないと思い至る。二つの国の王となると言う誘惑に飛びついたりするような考え無しの男なのか否かを。───と思ったが、甘かった。
「それにしてもこの衆人環視の中で臆面もなく奥方への愛を滔々と語るとは、アラバイン王国の王太子は奥方にぞっこんだと言う噂は本当だったのだな。のう、奥方」
その指摘に思わずセリアの顔を見ると、茹で上がったように真っ赤になっていた。
「……えと、セリア……?」
「もう、バカ!」
思いきり小突かれてしまった。そんな俺達に周囲から何とも言えない生温かい視線が注がれている気がする。いや、ただ揶揄われただけなのかよ、おい!
========
<後書き>
次回は第6章第14話「軍服と言う仮面を脱ぎ捨てて」。お楽しみに。
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