第12話 全艦撃沈せよ!
一月後のリヴェラの港。オルタリアに向かうフェレイダ・レオニダスに乗船するため、俺たち一行は集まっていた。同盟交渉が妥結し、オルタリアの王都オラシオンで行われる調印式に出席するためである。
公式訪問と言うことで、妃であるセリアも同行していた。また、秘書官であるソフィアに加え、貿易協定を結んでいるリドヴァルでの歓迎式典に出席するため、レオニードの領主代行であるカテリナまでも同行している。エルミーナとマティスはいないが、久しぶりに学院の同期生が4人も揃うことになった。
「久しぶりね、ソフィア」
「ええ、本当に、カテリナ」
目の前ではソフィアとカテリナが旧交を温めている。この二人はカテリナが父親の大逆の罪に連座して捕えられて以来、顔を合わせるのは初めてになる。実に三年ぶりの再会であった。
かつてアルシス派とテシウス派に分かれて対立することになった二人。アデリアーナでソフィアは、いざとなれば自分は身内ですら切り捨てると、暗にカテリナとの絶縁を宣言したのだった。そんな二人が、今は俺の秘書官、補佐官として共に力を貸してくれている。そのことに感慨を覚えずにはいられない。そんな俺の思いを共有してくれてるのか、セリアが俺に身体を寄せながら囁いてくる。
「良かったわね、あの二人」
「そうだな」
そうやって寄り添いながら二人を眺めていると、逆に二人がこっちを見てクスリと笑みを漏らした。
「何?」
「いえ、こうやってカテリナと二人、バカップルを眺めるのも久しぶりだなと」
「ソフィア! あなたねえ……!」
ソフィアからの答えにセリアは口を尖らせているが、そんなやり取りにすら感慨を覚えてしまう。ソフィアが俺たちのことをバカップルと呼んでいると聞かされたのもカテリナからだったか。あの頃は派閥争いとか関係なく、二人仲良かったんだろうなと思う。再びあの頃のような関係に戻れたのなら何よりだ。
「楽しそうですね」
そこに後ろから声がかかった。振り返るとそこにはいつものように白い軍服に身を包んだ美しい女性。レティシアは今回はオルタリアの船に乗船することになっているが、見せたいものがあるので、出港する前にフェレイダ・レオニダスに招待したのである。
「レティシア様、お久しぶりです」
「ええ、カテリナ様もお元気そうで」
一度喧嘩してから、すっかり仲良くなってしまった二人は久しぶりの再会に楽しそうだ。そこにセリアやソフィアも加わって、皆でにこやかに歓談している様は、なんとも心和む光景だった。
だが、そうやって姦しくしていたからか、周囲に人だかりができ始めた。無理もない。セリアを筆頭にとんでもない美女が揃っているのだ。花に群がる虫のように人々が集まって来るのは仕方が無いこと。流石に周囲は近衛騎士団が警護しているため、それを突破して不埒な態度に出る者たちはいないが、集団心理で暴発する可能性もある。早々に出港した方がよさそうだ。レティシアにフェレイダ・レオニダスを見てもらうのは、洋上でやるしか無いだろう。そう判断し、俺たちは早々に船に乗り込むと、港を後にしたのだった。
リヴェラを出て1時間ほど経っただろうか。船は順調に航海を続けている。オルタリアの船を先導役として、フェレイダ・レオニダスと、侍女達や護衛の近衛騎士団が乗り込んだ船ファーニブルの3隻による船団。レティシアは、後でオルタリアの船に送って行かなければならないが、今はフェレイダ・レオニダスの甲板から海を眺めている。その視線の先には水平線しか見えないが、恐らくはその先にある故国の方を見つめているのだろう。その時間を邪魔するのは心苦しいが、声をかける。
「レティシア様、お目に掛けたいものがございます。下の階にご一緒いただいても?」
「あら、下の階はごみごみしているから王女を連れて行くには相応しくないとおっしゃっていたのにですか?」
こちらの申し出に、笑みを浮かべつつも指摘してくるのは、最初にレオニードに行った際のことだ。あの時、舷側砲の砲門に興味を示したレティシアの下層見学の申し出を、適当な理由を付けて断ったのだった。
「あの時は申し訳ありませんでした。大変失礼ながら、当時はまだレティシア様のお人柄をよく知らず。ですが、今ならわかります。レティシア様が信頼に値する方だと言うことを。正式な同盟の発効はまだですが、レティシア様にはお見せしたい。私からの信頼の証として」
「……はい」
レティシアの手を取り、下層へと案内する。砲門は全て開け放たれ、また、魔石灯で照らされた船内は暗さを全く感じさせない。そこに整然と並ぶライフル砲と規律正しく働く兵士たち。足を踏み入れたレティシアはしばし言葉を失っていた。
「これは?」
「大砲です。火薬で鉄の弾を飛ばす兵器で、弾自体も火薬を使って爆発させます。船には希少な魔法士は搭乗させにくいですが、これならば魔力が無い一般兵士でも遠距離からの攻撃が出来ます」
「なるほど。敵船はこれで攻撃するのですね。そうすると甲板上のカタパルトは?」
「あれは飛竜に対する防御用です。飛竜に向けて散弾を飛ばす爆弾、火薬を詰めた弾のことですが、それを飛ばすための」
「飛竜との戦闘が増えると考えているのですか?」
彼女の問いは軍人ならではのものだろう。この大陸では、島嶼国であるマリスを除いて、戦争の主戦力としての海軍は一般的では無い上に、飛竜は専ら城郭都市との攻城戦や要塞戦を主用途として考えられている。偶然の遭遇戦はあったにしても、船と飛竜の戦闘はこれまで一般的では無かった。だが、空母機動艦隊による戦闘が今後一般的になれば、当然必要になる装備なのだった。
「ええ。今後、戦争の在り方は大きく変わっていくと思っています。そのための備えです」
その答えに、レティシアは暫く考え込んでいた。
「武器についてはわかりました。でも、これを私に見せた意図を教えていただいても? 同盟国とは言え、新兵器を見せてくるのは、売り込みでしょうか?」
「いえ、アラバイン王国は、この技術をオルタリアに供与したいと考えています」
「本気ですかっ?」
単に製品を売るのと、製造技術を供与するのでは、まるで意味が違う。まして武器の場合、製造された武器を使って敵対してくる可能性もあるのだ。だが、それは見越したうえでのことである。大砲はコンセプトが単純であるだけに、戦場で使われて、その有用性に各国が気付けば、すぐに開発競争が始まって追いつかれてしまうだろう。それよりは商品価値のある現時点で技術を供与して恩を売っておき、かつ、契約でいろいろ縛っておく方が、何倍もいい。
「もちろん、只とは言いませんし、いくつか条件を付けさせていただきますが」
「どのような条件ですか?」
「製造された武器の第三国への提供禁止や、貴国で開発された改良技術の共有ですかね。もちろん、こちらは有償で結構です」
「なるほど、わかりました。細かい条件については、文官達の間で調整させましょう」
大まかな合意ができた、と思ったその時だった。敵襲を知らせる鐘の音が鳴り響いたのは。
「何事だ?」
「海賊らしき船が近づいているとのことです」
「海賊?」
伝声管で詳報を聞いた士官からの報告に首を傾げる。最近は海賊も減って来たと聞いていたが、わざわざ軍船を襲って来るのか。
急いで甲板に上がると、艦長に報告を求める。
「敵は何隻だ? 海賊と言うのは確かなんだな?」
「5隻です。しばらく前から、後ろをつけてきていたのですが、速度を上げてきています。こちらの信号にも答えません」
「しかし、こっちが軍船ってわかってるはずだよな。何が狙いなんだろう?」
その問いに、艦長は俺の周りにいるセリアやレティシア達を見て、少し言いにくそうな顔をした。
「妃殿下たちを狙っているのではないかと思われます。恐らくは、港での人だかりの中に海賊の一団がいたのかと」
「はあ?」
ふざけんなよ。俺のセリアに手を出そうとはいい度胸だ。
「いかがしましょうか、殿下?」
「決まってるだろ! 全艦撃沈しろ!」
「かしこまりました。 面舵全速! ファーニブルを迂回し、敵船団の前面に出る!」
艦長は俺の指示を受け、行動に移していく。元が純粋な軍船ではなく、船体が軽い高速船であるフェレイダ・レオニダスには、こうした高速機動はお手の物。あっという間にファーニブルの後方につき、敵に舷側を晒した。この時代の海戦の戦術として、衝角による体当たりで船のキールをへし折る戦法が取られることもある中、この配置はこれまでの常識からすればあり得ないもの。だが、この船には関係ない。
「撃てーっ!!」
砲術長の指示の下、斉射された舷側砲の弾丸が次々と敵船団の周りに巨大な水柱を立てていく。最初こそ目標から離れて着弾していたものの、すぐに修正され、次々と直撃していく弾丸は、その炸薬の威力を持って船を粉砕していく。
戦闘は迅速かつ一方的だった。敵はまだ3~4キロ先にあり、こちらへの攻撃手段は無い。ただ一方的な嬲り殺しが展開していったのである。
「いかがですか、レティシア様」
「……え、ええ、まさか、これ程とは……」
隣で呆然としているレティシアに話しかける。海賊の襲撃は想定もしていなかったが、思いもかけぬデモンストレーションが出来たと思えば悪くなかったかもしれない。
その後、沈没した海賊船団の生き残りを収容して最下層の捕虜用の檻にぶち込んだ後、船団はオルタリアへの航海を再開したのだった。
========
<後書き>
次回は第6章第13話「王太子は奥方にぞっこん」。お楽しみに。
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