第28話 エッチな水着姿、見たいだけなんでしょ?
結婚式から一月ほどが経った。季節は夏である。辺境伯からの連絡はまだ無い。オルタリアからの督促もソフィアが受け流してくれているようだ。その間、俺は大砲の量産化などを着実に進めている。
レオニードだけでなく、周辺都市にも訪問し、現地の人達との交流を進め、領主としての顔も売るようにした。特にセリアはその美貌で衆目を集め、領主夫妻の姿を領民たちの脳裏に刻む、まさに広告塔として動いてくれていた。またその優しさで子供たちに大人気で、街中で良く囲まれている。
売上税などの改革の効果も徐々に出始め、塩の専売と合わせ、税収は上昇していた。海軍整備などにかなりの支出が必要だが、領地経営はまずはうまく行っていると言えるだろう。
一方で、達成できなかった目標もある。セリアと一緒に入ろうと思ったお風呂の設置は却下された。
予算の査定権限を持つカテリナに、ゴミを見るような目で「これ、ラキウス様とセーシェリア二人だけのためのものですよね。いくら領主と言ってもこんな無駄遣い、許されると思ってるのですか」と一蹴されてしまった。これより遥かに予算規模の大きい空母建造は、卒倒しそうになりながらも認めてくれたのに───。
予算を却下した後、彼女が「私だってラキウス様と一緒にお風呂に入りたいのに」とブツブツ言ってたのは聞こえなかった。───聞こえなかったって言ったら聞こえなかった!
こうして予算支出目的の適正化という崇高な理念の下、俺の野望は潰え去ったのだった。
仕方ないので、自分のお小遣いの範囲内でできる小さな野望の達成を目指し、頑張ってきた。今日はそのお披露目である。
と、言うことで、セリアと二人、プライベートビーチにやって来たのだが、渡されたものを見て、セリアがドン引きしている。
「……ねえ、本当にこんなの着るの?」
彼女が手に持っているのはズバリ、ビキニであった。だが、名誉のために言っておこう。ビキニにしたのは理由がある。この時代、まだ丈夫な伸縮素材が無いため競泳水着みたいなワンピース型の水着は作るのが難しいのだ。その点、ビキニなら上も下も紐で縛ればいいだけなので簡単である。立体縫製だって手縫いなら実現可能だ。
そう言う訳で、この時代に再現可能な現代的な水着を追求したらビキニになっただけなのだ。決して俺の趣味で決めたわけじゃ無い! 誰だ、背中で編み上げ式にすれば伸縮素材無くてもワンピース水着作れるだろとか言ってる奴!
いけない、いけない熱くなりすぎてしまった。と、セリアを見ると固まったままである。
「大丈夫、セリア。二人だけだから」
「そうは言っても、殆ど下着って言うか、下着より露出度高めじゃない。こんなので外に出るなんて」
「外って言ってもプライベートビーチだから。俺の前世じゃ人がいっぱいいるビーチでこんな水着着てる人いっぱいいたよ」
「あなたの前世の世界の倫理観、おかしいんじゃないの?」
おっとお、そう来たか。まあ下着同然の露出度なのに、水着だから恥ずかしくない、海とかプールでなら恥ずかしくないってのは、一種の刷り込みと言うか洗脳と言うか、そう言うものだと思い込んでいるからに過ぎない。そもそも海水浴の習慣が一般的で無く、女性の肌の露出がご法度のこの世界では、こういう反応は当然だろう。だが、それを受け入れてしまうと、セリアの水着姿が拝めないでは無いか。それは絶対に避けたい。
「違うよ、セリア。倫理観とか価値観とかは時代とともに移り変わっていくものなんだ。俺の前世でもかつては女性の肌の露出はご法度だったんだ。だけど、時代が進むにつれ、そう言った性による価値観の押し付けは良くないってなって、短いスカートとか、ショートパンツとかを女性が着るようになっていったんだ。むしろ女性性の解放って言われてるんだよ」
「もっともらしいこと言ってるけど、エッチな水着姿、見たいだけなんでしょ?」
ぐはぁっ!! 的確過ぎる突っ込み! しかし、ここで怯んではいけない。ここで選ぶべきは開き直りだ!
「あ、当たり前だろ。セリアの可愛い水着姿、見たくない方がおかしいだろ!」
「はぁ~」
あ、なんか盛大にため息つかれてしまった。これは失敗だったか?
「わかったわよ。私も別にあなたに見られるのは嫌じゃ無いし」
「やったああ!!」
「……もう、仕方の無い人ね」
生温かい目で見られてしまったが、そんなこと些細なこと。セリアと一緒に海水浴だ! これほど嬉しいことがあるだろうか?
着替え用に臨時に設置されてる天幕の前でうろうろしていたが、幕がちょっとだけ開いて、セリアが顔を出す。
「大丈夫? 誰もいない?」
「うん、俺以外は誰もいないよ」
周りに誰もいないことを改めて確認すると、セリアがおずおずと言った感じで天幕から出てきた。恥ずかしそうな顔で、手を前で組んで、もじもじしている。
「あ、あんまり見ないで」
俺はと言うと、言葉を失っていた。セリアの水着姿、そのあまりの美しさに目が離せない。仮にも夫婦だ。それより先の姿だってもちろん目にしている。だが、水着がセリアのモデルのような体形の美しさをさらに引き立て、極上の美を浮き彫りにしていた。すらりと伸びた脚、キュッとくびれた腰、ビキニの布地を押し上げる豊かな双丘、全てにため息しか出ない。
呆けたような顔をしていたのだろう。セリアがどうしたのかと聞いてくる。
「い、いや、あまりに綺麗で、可愛くて、声を失ってた」
「あ、ありがと」
頬を桜色に染めてはにかむ彼女に俺は手を差し出した。
「行こう、セリア。俺、君と海水浴するの、夢だったんだよ」
彼女と出会って間もないころ、ソロでダンジョンに潜りながら、セリアと海に行きたい、と心の中で叫んだんだったか。あの時はセリアじゃ無くてレジーナ、いやアスクレイディオスと血のダンスを踊る羽目になったけど。それから3年、ようやく叶った夢に幸せを噛みしめる。あまりにもささやかな、だけど、だからこそ大事な夢。
ひとしきり海で遊んだ後、俺たちは海岸に置かれたデッキチェアに二人並んで寝そべっていた。このデッキチェアも、俺のポケットマネーで誂えたものだ。セリアと二人並んで使えるようにかなり幅広にできている。横たわるセリアの肌を伝う水の雫が艶めかしい。
「意外と楽しいものね、海水浴って」
「そうでしょ。またやろうよ」
「フフ、ラキウスはエッチな水着姿が見たいだけなんでしょ?」
「そ、そりゃセリアがそんなに魅力的なのが悪い」
からかうような彼女の言葉に理不尽な答えを返してしまう。でも、彼女は気を悪くした様子は無く、優しく微笑んだ。その笑顔に惹きつけられるままに唇を重ねる。
しばらく、彼女と抱き合ってお互いの唇を味わっていたが、突然、彼女の身体がビクッとしたかと思うと突き飛ばされた。突然のことに戸惑っていると背後から掛けられる声がある。
「あら、どうぞそのままお続けください」
驚いて振り返ると、二人の女性が近づいてくるところだった。
「カテリナ、フィリーナも! お前らどうしてここに? ってか、何だ、その恰好!」
何と、カテリナもフィリーナもビキニの水着を着ている。恋人でも無い女性の肌をまじまじと見てはいけない、などというマナーも忘れ、呆気に取られて、思わず凝視してしまう。一方、カテリナはその視線に臆した様子も無い。
「ラキウス様が仕立て屋と裏で何かコソコソやってるなあって思ったので、仕立て屋を問い詰めたんですよ。いくらポケットマネーでやってるとは言っても、あまりに高額な買い物とかしていたらいけないですからね。そうしたら、随分と楽しそうなことをやっているので、私も同じものを作らせていただきました。色やディテールは変えてますけど」
「カテリナさん、私の分までお金出してくれたんだよ」
説明に頭を抱える。ポケットマネーの使途までチェックされるとは思わなかった。いや、それよりもお前ら、夫でも恋人でも無い男の前でそんな恰好、恥ずかしくないのか? その思いはセリアも同様だったようだ。
「カテリナ、あなた、そんな恰好で恥ずかしくないの?」
「あら、あなたと同じ格好なのだけれど」
「わ、私はいいのよ。ラキウスの妻なんだから」
「私だってラキウス様の補佐官ですから」
───いやいやいやいや、その理屈はおかしい。領主と補佐官の関係ってそう言うもんじゃ無いでしょ! だいたい、上司が部下にそんな格好させたら、前世でなら確実にセクハラと言われるところだ。───まあ、俺の方が見せつけられてる立場なんだけどね、今は。
しばらく言い合っている二人を見ていたが、横合いからフィリーナが腕を絡ませてきた。
「あの二人はほっといて遊びに行こ、お兄ちゃん」
いやいやいや、そう言う訳にはいかんだろ。て言うか、お前もそんなくっつくな。当たってるんだよ、何がとは言わんが。
セリアはと見ると、説得を諦めたのか、勝手にしろと言っている。それを受けて、カテリナがこちらにやって来て、フィリーナに声をかけた。
「フィリーナさん、海の方に行ってみましょうか」
「うん、お兄ちゃんも一緒に行こ!」
フィリーナにキラキラした目で誘われたが、セリアを放っておく訳にはいかない。
「お前らは二人で遊んで来い。俺はここにいるから」
そう言うと、ブウブウ言っている妹を置いて、セリアの元に戻った。
「ごめんね、騒がせちゃって。大丈夫?」
「大丈夫。少し驚いちゃったけど」
「屋敷に戻る?」
「ううん、もう少しここにいるわ。あなたもフィリーナちゃんを置いて戻るわけにいかないでしょ」
確かに、プライベートビーチとは言え、海から不審者に侵入されないとも限らない。女性二人を残していくのは考えものだろう。仕方が無いので、再びデッキチェアに二人寝ころんだ。流石に、さっきみたいな甘い雰囲気にはならないけど。
波打ち際で水を掛け合って遊んでいる二人をボンヤリと、眺めるでもなく眺めていると、セリアがポツリとつぶやいた。
「ねえ、カテリナを側室にしたいと思う?」
「な、いきなり何を⁉」
突然の問いに思わずむせてしまう。だが、セリアの眼差しは真剣だった。
「真面目な話よ。私はこんなにもあなたに愛されて幸せだけど、本当はカテリナもあなたのことが大好きで……。それに領主であるあなたを私が独占していいんだろうか、跡継ぎのことを考えたら、側室を受け入れるべきなんじゃ無いかって、そう思うもの」
以前、フェリシアに言われたことを気にしているのだろうか。カテリナの処遇について結論を出す締め切りまでまだ2年近くある。悠長に構えていていい訳では無いが、そこまで焦る必要は無いはずだ。一方、セリアを見ると、眼差しは真剣でも、手は固く握りしめられている。やはり無理をしているのだろう。ならば、きちんと向き合って、本心を伝えなければ。
「セリア、違うよ。君が俺を独占していいかじゃ無い。俺が君に独占されたいんだ」
その言葉に、セリアの目が驚きに見開かれる。
「俺は独占欲が強いからさ。本当は他の男が君に視線を向けるのすら嫌だ。君を独占したい。そして君には俺を独占してもらいたい。覚悟してくれ。俺は愛が重い男だからな」
「ホント、我儘」
「ああ、我儘だ。だから心配するな。カテリナのことも何とかするから」
「うん。……信じてる」
こつんと俺の胸に額を押し当てる彼女の頬を撫でると、くすぐったそうな笑顔が返ってくる。その笑顔に口づけしたくなり、チラッと海で遊んでいる二人を見ると、少し深いところに行っているようだ。これなら、そうそう気づかれないだろうと唇を近づける───が。
「あー!! 水着が流れちゃった! 取って、お兄ちゃん!」
響き渡るフィリーナの声に脱力してしまう。おいおい、ラブコメのド定番イベントを何で妹相手にこなさなきゃならないんだ。
「いってらっしゃい」
苦笑いを含んだセリアの声に見送られながら、流された水着を追って沖に向かうのだった。
こうして平和な一日が終わった。後から思えば、何も考えず、ただ平和にレオニードで過ごせた最後の一日であったと言えるだろう。その日の夜、王都から連絡が届いた。一週間後、母さんと共に王宮に
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