第27話 異形の船

 辺境伯はその日のうちに王都に発つとのことだったので、港に送ることにした。

 馬車に乗っているのは、辺境伯夫妻と俺とセリアの4人だけ。ちょうどいい機会だったので、俺は以前から準備、建造しているものを見てもらおうと思っている。


「義父上、王都には当家所有のフェレイダ・レオニダスでお送りしますので、出発時間はある程度、融通が利きます。ご覧いただきたいものがあるので、少し寄り道をしてもよろしいですか?」

「構わんが、何を見せてくれるのかな?」

「それは着いてのお楽しみと言うことで」


 馬車は港に向かう道を少し外れ、港に隣接した工場地帯に入っていく。そこにはレオニードの誇る、造船用ドックが並んでいるのだった。そのドックの一つに近づいた時、辺境伯が小さく驚嘆の声をあげた。その視線の先にあるものは、まさに俺が見せたかったもの。


「何だ? あの巨大な、いや、異形の船は?」


 その船の全長、全幅共にフェレイダ・レオニダスの2倍超。船の後方1/4ほどは完全に平らになっている。その平らな甲板の前方は一段高くなっていて船内に出入りが可能なように大きな開口部があった。マストは前方にのみ。まさに異形の船だった。


「あれがお見せしたかったものの一つ、航空母艦です」


 航空母艦と言っても、離発着にたいした滑走を必要としない飛竜用だ。全通甲板を持つ前世における航空母艦とは形状は似ても似つかない。将来的に蒸気機関が完成した暁には、前部のマストも取っ払って飛行甲板にし、発艦と着艦を同時に行えるような形状にしたいと思っているが、今のところは後部だけ。前世でも航空機の黎明期に戦艦の後部を飛行甲板に改装した航空戦艦なる船が登場したことがあるが、形状的にはそれに似ているかもしれない。


「航空母艦?」

「はい、略して空母ですね。飛竜騎士団を搭載し、海上で発艦、着艦させることができます。飛竜騎士団は空からの攻撃が可能な、強力な部隊ですが、これまでは航続距離の関係で、局地的な戦闘にしか使えませんでした。ですが、船に乗せて運ぶことで、敵の側面や後背からの攻撃が容易になりますし、敵の後方都市などを襲撃して攪乱することなども可能になります」

「なるほど」

「しかし、空母単体では敵からの攻撃に対して脆弱なので、周囲に空母を護衛するための護衛艦を配置します。この、空母と護衛艦による空母機動艦隊を中心とした海軍を整備したいと思っています。この後、護衛艦用の武装を見て頂こうかと」


 俺の説明に、辺境伯もフェリシアも呆気にとられた顔をしている。ただ一人、セリアだけは驚いてはいないようで、耳打ちしてきた。


「ねえ、これってあなたの前世の知識を利用したものなの?」


 セリアの問いに首を縦に振って答える。もっとも、前世において軍事の専門家だったわけでは無い。本やネットでかじっただけの知識である。それでも、空母の運用概念など無いこの世界では、ある程度のアドバンテージを稼げる。空母の建造だけでは無い。運用するための水夫や航海士の育成、搭載する飛竜騎士団の訓練なども考えると、年単位の準備期間がいる。戦場において相手側がその有用性を知って追随してこようとしても、それまでに戦の大勢は決しているだろう。






 さて、馬車はさらに埠頭の先の方に進んでいく。そこには護衛騎士の一団が出迎えのために居並んでいた。その一団の先にあるもの。それこそは、完成したばかりのライフル砲。長大な砲身が陽光を浴びて黒く煌めいていた。


「これは?」

「大砲です。火薬で鉄の弾を飛ばす武器で、単純な兵器ですが、大抵の長距離魔法より遠距離から攻撃が出来ます。流石に複数の魔法士による大規模術式を使った超長距離魔法には負けますが。今日はデモンストレーションとして、沖合の船を標的に試射をさせていただきます」


 指さす先、沖合2キロ程に小型の老朽船。小型と言っても全長30メートルはある船だ。その上空には鳥のようなものが飛んでいるのが小さく見える。


「あの飛んでいるのは?」

「弾着観測用の飛竜騎士です。一発で当てるのは難しいので、弾がどの方向にどれくらいずれているかを発光信号で教えてくれます。それに基づいて、大砲の角度を修正して撃つということになりますね」

「なるほど。しかし、実際の戦場で悠長に観測していられるかな?」

「もちろん、観測要員無しでも撃つことはできます。ですが、戦場でも制空権を確保してしまえば観測要員を飛ばせますよ」

「制空権?」

「つまり、相手の飛竜騎士を無力化してしまえば、と言うことです。そのための武器の開発もしています」


 そこまで説明したところで、発射の準備が整ったようだ。発射の許可を護衛騎士の隊長が求めてくる。


「義父上、義母上、セリアも、耳を塞いで」


 言われるがままに3人が耳を塞いだのを確認したうえで、隊長に許可を出す。


「撃てぇえええ!!」


 隊長の号令と共に、ドオオオン!という巨大な音が鳴り響く。火薬の炸裂と共に打ち出される砲弾によって急速に収縮された空気が破裂して生み出す衝撃波が周り中を打ち据える。耳を塞いでなお鼓膜を刺すような轟音に辺境伯らが驚きの表情を宿す中、その視線の先で巨大な水柱が立った。標的艦のやや左後方。飛び過ぎたか。


 観測要員からの信号をもとにすぐさま大砲の角度が修正される。こうした角度の修正は俺が教えたものでは無い。弾道計算など俺にはまるで知識が無い。試射を繰り返す中で、彼ら自身が学んだものだ。


 続く第二射は逆に船の右手前に落ちた。さらに角度を微修正して第三射。弾は正確に船を貫いた。だが、あまり被害を与えた様子が見られない。これは船が脆すぎてプスッと貫通してしまったか。榴弾ができれば、もう少しましになるだろうが、それまでは仕方が無い。そう思って見ていたが、第四射がうまく竜骨を打ち抜いたらしく、船は真っ二つになって沈んでいった。






「いかがですか、義父上?」


 デモを成功裏に終わらせ、得意満面で問いかける俺に向ける辺境伯の表情は複雑だ。その顔に浮かぶのは驚愕か、恐れか。


「……君はこれ程の兵器を生み出す知識をどこから? ……いや、それよりも、こんな力を持って、何をするつもりなのだ?」

「とりあえずは義父上のお手伝いを。ミノス神聖帝国との衝突は不可避だと思いますので。ですが、こうした兵器の有用性が認められたなら、王室にも進言したいと思っています。軍の在り方を変えようと」

「軍の在り方を?」


 辺境伯は俺の答えに納得しかねている。それはそうだろう。一地方領主が、一国の軍の在り方を変える? とんだ越権行為、何を考えているのかと思われているだろう。だから、きちんと考えの背景を説明しなくてはならない。


「義父上、覚えていらっしゃいますか? 義父上は、今この国で最も強大な武力を持つのは私だとおっしゃいました。私の武力はもはや国王陛下すら凌ぐと。それは、他国から見たら、アラバイン王国の国力がいきなり2倍以上に膨れ上がったように見えるのではないでしょうか?」

「それは確かにそうだろうな」

「強大なライバルの出現に各国はどう対処するでしょう? オルタリアは、現時点では私を取り込もうと必死のようですが、取り込めないと思ったらどうなるでしょう? 各国が同じように思ったとしたら?」


 俺の説明に、辺境伯は合点がいったように頷いた。


「つまり、君は、わが王国はいずれ大陸中の国と戦争になる、と言っているのだな?」

「そうです。それも同盟した複数の国と同時に戦うことになる可能性が高い」


 前世の過去の歴史でも、強大な覇権国家の出現に対し、周辺の国家が同盟して対処した例は枚挙に暇がない。これまでアラバイン王国は、覇権国家となり得るミノス神聖帝国に対する防波堤だった。その国が、新たな覇権国家となる。周辺国が出る杭を打たずにいてくれるなどと楽観している訳にはいかなかった。


「これまで我が国は、ミノス神聖帝国との一正面に注力していれば良かったわけです。他の国境を接する主要な国であるクリスティア王国は同盟国、オルタリア王国とは相互不可侵条約を結んでいる。ですが、条約など破棄されれば終わりです。今後、二正面、三正面どころか、全方位で戦争をしなければならなくなる可能性がある。そのためには騎士団主体の旧態依然たる軍隊では対応できない。大陸中の国と戦争するのに、自国の国境で戦っていてはジリ貧です。敵の懐に斬りこめる戦力が必要なんです」


 俺の説明に辺境伯は改めて驚愕の表情を見せた。


「ラキウス君、君は……どこまで見えているんだ?」

「そんな大層な視座など持っていませんよ。義父上は以前、こうもおっしゃっていたでしょう? ラーケイオスがどれほど強くとも、一体ではできることは限られる、と。私がこんなことを考えるようになったのもそのためですから。私が一つの戦線で敵を壊滅させても、同時に別の方向から敵がセリアの喉元に刃を突き立てたら何の意味も無い。私はセリアを守りたい。セリアの住むこの国を、平穏を護りたい。ただ、それだけなんです」


 そうだ。セリアを護る。例え何があったとしても。どんな犠牲を払ったとしても。彼女のいなくなった世界など、何の価値も無いのだから。

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