第29話 ネックレスが導く運命

 王都からの連絡があった翌日、俺の姿はフェレイダ・レオニダスの上にあった。同行するのは、王宮に呼ばれている母さんの他、セリアとフィリーナ。カテリナは補佐官として、俺が不在の間の領主代行を務めるため、お留守番である。


 さて、フェレイダ・レオニダスも、この一月くらいの間にすっかり姿を変えていた。完成したライフル砲を舷側に15門ずつ、両舷合わせて30門に、前部甲板上に1門、後部甲板に2門、合計33門搭載。


 甲板上には大型のカタパルトを左右3基ずつ、合計6基備えている。このカタパルトから打ち出すのは、例の散弾爆弾。こちらが飛竜を攻撃に使う以上、相手からも飛竜の攻撃を受ける可能性がある。対空防御を考慮した兵装、それがこのカタパルトなのだ。


 こうして、「海神の愛娘」と言う優雅な名前にふさわしくない、ハリネズミのような武装を施された軍船に改装されたフェレイダ・レオニダスには、臨時の空母護衛艦としての役割が期待されている。空母の完成は2~3か月後だが、護衛艦隊の完成にはまだ年単位の時間がかかる。まずはフェレイダ・レオニダスの護衛の下、訓練航海を行う予定だ。


 ただし、領主の座乗艦としての役割は失っていない。船は順調に航海を続け、テオベ川河口の港町リヴェラからは馬車に乗り換え、王都アレクシアに到着したのは、レオニードを出立して3日後だった。






 王宮への伺候までには後4日もある。そこで、まずはセリアを伴って、大神殿のエヴァを訪ねることにした。彼女と会うのも半年以上ぶり。大神殿警備部隊に所属していた当時、よくリアーナを含めた3人でお茶していたテラスで対面である。旧交を温める挨拶の後、俺達を眩しそうに眺めながら彼女が口を開いた。


「セリアちゃん、ラキウス、あなた達、本当に夫婦になったのね。婚約式でも伝えたけど、改めておめでとうって言わせてもらうわ」

「ありがとうございます。何もかもエヴァ様のおかげです。本当に何とお礼を言ったらいいか」

「いいの、いいの。二人が幸せになってくれれば、それが一番の恩返しよ」


 セリアとエヴァのやり取りを聞きながら思う。エヴァの蘇生の力が無ければ、俺の物語はあそこで終わっていた。それからも神殿の動きを教えてもらったり、二人の仲が進展するように背中を押してもらったりした。セリアの言うとおりだ。今の俺たちがあるのは何もかも、エヴァのおかげだと言えるだろう。その思いが思わず顔に出ていたのだろう。逆にエヴァから不審な目を向けられてしまった。


「何よ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」

「いや、セリアの言うとおりだなって。お前には本当に感謝してるよ。何か俺にできることがあるなら言ってくれ。一応、領主になったんだ。以前よりは金の自由も効くからさ」

「いらないわ。お金に困ってるわけじゃ無いし」


 まあ、それはそうだろう。何より彼女は金銭でのお礼など求める人間では無い。生き返らせてもらった時も、頑なにお礼は受け取ろうとしなかった。当時は道化を演じていた彼女に煙に巻かれていたが、今ならわかる。彼女の人となりが。一方、その彼女は、つんけんとした表情を真面目な顔に塗り替えると質問してきた。


「それで? あんたがここに来たのはただ挨拶をしに来たわけじゃないんでしょう?」

「流石エヴァ、何でもお見通しなんだな」


 ここに来た最大の理由は別にある。俺は遮音のための魔法障壁を展開すると切り出した。


「話しておきたいのはレイヴァーテインの死の真相だ」

「やっぱりそのことね。あんたもリアーナ様も真相を知らないとかおかしいと思ってたわ」


 レイヴァーテインが死んだ時、特に神殿内部は大騒ぎになった。ラーケイオスと並ぶ龍神信仰の象徴とも言うべき存在が突如死亡したのだ。それも何者かに殺されたとしか思えない姿で。


 当然、俺やリアーナは神殿上層部から真相を知らないかと、まるで取り調べのような質問を浴びた。だが、それに答えることはアデリアの存在に触れることになる。例え伝説の大聖女の記憶と人格を受け継いでいるとは言え、魔族と融合してしまった彼女がどういう扱いを受けることになるかわからない。


 隠してしまうことは、この国への裏切りになるかもしれない。自分自身の首を絞めてしまうことになるかもしれない。それでも、あの涙を見た後では、彼女のことを話す気にはなれなかった。俺のその気持ちを知って、リアーナもしらを切り通してくれたのである。


 俺はその隠し続けていた真相をエヴァに話した。聞いていたエヴァの顔は徐々に険しいものになっていく。


「ちょっと待ちなさいよ。魔族と仲良くなったですって?」

「仲良くなったとは言ってないよ。戦わなければいけない時が来るまでは信頼できる友人でいようって言っただけだよ。戦う時は正々堂々と戦おうって」

「同じことでしょうが!」


 エヴァをしてもこの反応なのだ。黙っていたことは正解だっただろう。


「大丈夫だよ。アデリアは本当は優しい人だ。エヴァも彼女の涙を見ていたら、きっとわかったはずだよ」

「だいたい、そのアデリアって何よ? あの魔族の名前はリュステールだったでしょうが」

「リュステールとアデリア様が融合しちゃったんだから、もう純粋なリュステールでも無いよ。アデリアって呼んでもいいかって聞いたら、向こうが、好きに呼んでくれって言うんだから、いいじゃないか」


 その答えにエヴァが目を見開いた。信じらんない、その、声にならない言葉を表情に貼り付けて。


「魔族にとって名前がいかに重要かって前に話したでしょう? 自分で名乗る名前じゃ無いからまだいいのかもしれないけど、異なる名前での呼びかけを許すなんて、あんた、その魔族にどれだけ気に入られたのよ?」


 彼女はやれやれとでも言うように、何度も首を横に振っていたが、セリアの方を向いた。


「セリアちゃん、どう思う? あなたの旦那、ナチュラルに魔族の女までたらし込んでるんだけど。この天然誑し属性は奥さんとしては看過できないわよ」

「そうですね。うちの補佐官も誑し込まれちゃってるみたいだし」


 セリアが苦笑交じりに答えると一瞬考え込んだエヴァだったが、すぐにピンと来たようだ。


「カテリナちゃんね。まあ、あれは仕方ないかな。あれだけされれば、誰だって好きになっちゃうだろうしねえ」

「おい、人聞きの悪いこと言うな。俺、別にカテリナを誑し込むようなことしてないぞ」


 俺の答えに、エヴァとセリアは顔を見合わせて、同時に盛大にため息を吐いた。


「いい、あんたは大逆の罪に問われた彼女を助命するために王国宰相に直訴までしたの。それってどういうことかわかる? あんた自身が仲間だって疑われて処刑されてもおかしくなかったのよ。その後も、カテリナちゃんを貴族に戻し、伯爵の墓まで作ってあげたんでしょう? それだって相当危ない橋を渡ってるのよ。絶望的な状況で、危険も顧みず助けてくれる、そんなの、カテリナちゃんからしたら、自分にはこの人しかいないって思い詰めてもおかしくないってことくらい理解しなさいよね」

「うっ……」


 理詰めで説明してくるエヴァに反論できない。ただ尊敬する友人を助けようとしただけの行動が、相手にどう映るかまで気が回っていなかった。


「全く、もう少し後先考えて行動しなさいよね」

「……善処します」


 エヴァにまたお小言を言われてしまった。それにセリアが苦笑しながら助け舟を出してくれる。


「エヴァ様、それ以上ラキウスをいじめないでください。それにいくら天然誑しでも、彼は私だけを見てくれてるって自信がありますから、大丈夫です」

「あら、正妻の余裕ってやつ?」

「そうですね」

「はいはい、ご馳走様」


 セリアの言葉に頬が熱を持つのが分かる。それ程の信頼を寄せてくれる彼女の想いに応えたいと思う。一方、エヴァは冷やかすような顔を引っ込めると、再度、真面目な表情を纏った。


「とにかく、あんたがアデリアとか呼んでる魔族のことはわかったわ。あんたを信用したと言うより、あんたに同調しているリアーナ様を信用したと言った方が正しいかもしれないけど。でも気をつけなさい。契約主は誰か、まだわかってないんだからね」

「ああ、わかってる」


 エヴァの忠告は、俺のことを心配してのものだ。辛辣な物言いに隠した彼女の優しさに感謝しつつ、俺たちは神殿を辞したのだった。






 それから3日後、王宮に伺候する日がやって来た。同行しているのは母さんのみ。いったいどういう話が出てくるのかわからないが、今は行くしか無い。


 王宮に着くと、王宮奥の応接室に通された。母さんは王宮に入るのは初めてだからか、物珍しそうにキョロキョロしている。俺も王宮の深部に入ることはそう多くない。カーライル公爵の執務室に行って以来のことだ。


 しばらく応接室で待っていると、ドアが開き、人が入ってきたが、その人物を見て驚いてしまう。


「ドミティウス陛下!」

「ああ、堅苦しくする必要は無い。楽にしたまえ」


 慌てて騎士の礼を取ろうとする俺を制すると、ドミティウスは中央のソファに座る。続いて、カーライル公爵と辺境伯が入って来て、俺と母さんの正面に座った。


 何だ? 何故こんな要人が集まっている? 国王陛下と王国宰相が同席して、何が始まろうと言うのか。こちらの動揺を知ってか知らずか、辺境伯がテーブルの上に母さんのネックレスを置いた。


「マリア殿、こちらをお返しいたします。ただ、その前に再度確認させていただいてよろしいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「マリア殿のお母様の名はフィリーナ・リーファス。そしてマリア殿はこのネックレスをお母様から受け継いだ、それで間違いありませんね?」

「え、ええ、その通りですが、それが何か?」


 辺境伯は母さんのその問いには答えず、更にいくつか質問を並べて行った。その回答を聞いた彼は、ドミティウスの方に向き直る。


「陛下、間違いありません。こちらで調べた事実とも一致しています」


 ドミティウスがその報告に頷くと、カーライル公爵と辺境伯が立ち上がり、母さんの前に跪いた。


「え?」


 突然のことに頭が追い付かない。なぜ王国宰相と辺境伯が平民である母さんの前に跪いているのか? その疑問に答えるようにカーライル公爵が口を開いた。


「マリア様、驚かず聞いていただきたい」


 そう切り出した公爵は、その事実を口にしたのだった。俺の運命さえも変えてしまう、決定的な、そして驚くべき真実を。


「あなたのお父上の名は、ナルサス・A・アラバイン。ここにいらっしゃるドミティウス陛下のお父上にして、前国王陛下でいらっしゃいます!」


          第4章 白銀の花嫁編 完



========

<後書き>

第4章「白銀の花嫁編」完結です。いかがでしたでしょうか。

続く第5章では、王位継承権争いに巻き込まれていくラキウス君と、彼を取り巻く王女達の姿が描かれます。

それでは第5章「絢爛の王女編」、お楽しみに。

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