第5章 絢爛の王女編
第1話 王甥ラキウス・リーファス・アラバイン
「あなたのお父上の名は、ナルサス・A・アラバイン。ここにいらっしゃるドミティウス陛下のお父上にして、前国王陛下でいらっしゃいます!」
カーライル公爵から発せられた言葉を飲み込めない。言葉としては理解できる。だが、それってどういうこと───?
母さんはと見ると、母さんも混乱しているようだ。「え、え、」と公爵と辺境伯の間を視線が彷徨い、俺の方を見る。だが、そんなすがるような目で見られても、俺も何と言ったらいいのか分からない。そこにドミティウスが母さんに向かって口を開いた。
「つまり、そなたは余の妹ということだ」
母さんの目が一層驚きに見開かれる。ドミティウスの言葉を、さらにカーライル公爵が引き継いだ。
「陛下のおっしゃる通り、マリア様、あなたはドミティウス陛下の腹違いの妹君、王妹殿下でいらっしゃいます」
「……母さんが……ドミティウス陛下の妹?」
思いもかけないことに混乱する。母さんが陛下の妹? そんなことがあり得るのか? だが、その時、かつて辺境伯から聞いた話を思い出す。ナルサス陛下は端女を愛し、子まで為したが、その母子が死んで狂ったとか。
「待って下さい。それでは義父上から以前聞いた、ナルサス陛下と端女の間に産まれた子と言うのが、母さんのことだと言うのですか? 確かその母子は死んだと……」
「死んだことにされていたのだ! 陛下も、我々も、ついぞ今まで知らなかった」
辺境伯の顔が痛恨に歪んでいる。いったい何があったと言うのか、疑問だらけだ。
「手を下したのは、宮廷の侍従たち、その元端女、フィリーナ様の世話を任されていた者たちだった。ナルサス陛下の正妃であったオーレリア様からフィリーナ様を殺害するように命じられたらしい。だが、侍従たちも殺害するのは流石に不憫に思ったのだろう。王都内の別の場所に匿った上で、ナルサス陛下とオーレリア様には死亡したと報告したのだ。だが、陛下のあまりの取り乱しようと、その後の出来事が、事態を修正不能にしてしまった」
「……どういうことですか?」
その疑問に答えたのはドミティウスだった。
「それは、余から説明しよう。あれは余が10歳になったか、ならないかくらいの頃だ。父の愛した母子の死亡が伝えられ、父はひどく憔悴していた。それでも、父は乗り越えようとしていた、そう思う。だが、半年くらい経った時、その死がオーレリアの指示によるものだと判明し、父は壊れてしまった」
遠い目で淡々と昔語りをするドミティウスの顔からは、その心情は図り切れない。だが、続いて吐露される事実は恐るべきものだった。
「父とオーレリアの間には二人の王子がいた。どちらも余と殆ど同じくらいの年で、仲も悪くなかった。だが、ある時、突然二人は闘技場に引きずり出され、互いに殺し合うことを命じられたのだ。『生き残った方を助けてやる』と言われ、衆人環視の中、母オーレリアの目の前でな。オーレリアは泣き叫んでいたが、父は取り合おうともしなかった。そして、殺し合いの結果、兄が生き残ったが、それで許されはしなかった。『敵が一人だけだと誰が言った』と言ってな。その後、魔獣の檻に投げ込まれた兄が生きながら喰われていくのを、皆、ただ黙って見ているしかなかった」
そこで一息つくと、ドミティウスは更に続ける。
「父の怒りはそれでも治まらなかった。泣き叫ぶオーレリアを衆人環視の中で全裸に剥いて辱め、最後には焼けた鉄の棒を陰部に突き入れるという残酷極まりない方法で処刑したのだ。一連の処刑のあまりの残酷さに失神する者が続出した。余も今でも悪夢に見るくらいだ。それほどの怒りを見せつけられて、侍従たちは震えあがった。自分たちが関与していたことが知られたら、嘘を吐いていたことがバレたら、どんな目に合うか分からない。それで侍従たちはフィリーナを王都から追放し、一切の関わりを持たないようにしたのだ。そのため、今まで、フィリーナとその子、マリアは死んだものと思われていたのだ」
ドミティウスから語られた事実に皆、言葉も無い。あまりにも壮絶な過去。オーレリアの嫉妬が、侍従たちの嘘が、周り中を巻き込み、全てを焼き尽くす大火となっていく、その様は何に例えればいいのか。
一つ言えることは、ナルサス陛下が俺の祖母を愛したことが、母さんの人生だけでなく、ドミティウス陛下の人生も、辺境伯夫妻の人生も、そしてセリアの人生までも狂わせるきっかけとなってしまったと言うことだ。その果てに俺とセリアの出会いがあるのだとしたら、何と言う運命のいたずらだろう。
そんな感慨に浸っていると、カーライル公爵から声をかけられた。
「ラキウス様、これからのことについて相談させていただきたい。マリア様が王妹殿下でいらっしゃる以上、ラキウス様も陛下の甥、王甥殿下でいらっしゃるのですから」
「え?」
あれ、そうだっけ? 確かに血のつながりから言うと甥だけど。今まで呆気にとられるまま聞いていたけど、良く考えるとおかしいのでは。
「待って下さい。母さんは父さんと結婚してジェレマイア家に入っています。普通、降嫁した場合、王族から外れますよね? 当然、その息子である私は王族から外れているのでは?」
だが、その言葉にカーライル公爵が浮かべたのは、微妙な表情。
「マリア様の降嫁などドミティウス陛下は認めておられません。降嫁するにしても王家の姫君が平民に嫁ぐなどあり得ません。婚姻関係など無かったのですよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どういうことなの?」
「マリア様とマーカス殿の婚姻の記録は過去にさかのぼって抹消されます。お二人の間に婚姻関係は無かった。そういうことになります」
「そんな! いくら何でも酷すぎるでしょ!」
「形だけです。一緒の生活を続けることまで禁止は致しませんが、形式上、そのようにしていただく。これは王室として最大限の譲歩だと思っていただきたい」
いきなりの展開に母さんが抗議するが、カーライル公爵は静かに、だが断固として言い放った。確かにこれは王室としては譲歩なのだろう。恐らくは竜の騎士である俺を怒らせないように、だが、平民の父との関係を断ち切らせる、そのための落としどころなのだ。俺がいなかったら、今頃サディナの街の片隅に元冒険者の男の死体が転がっていたことだろう。命拾いしたな、父さん。
「そう言うことで、マリア様のお名前はマリア・リーファス・アラバイン、ラキウス様のお名前も同様にラキウス・リーファス・アラバインとなります。よろしいですね」
最後のセリフの意味などまるで無いほど、有無を言わさぬ勢いで宣告される。俺のジェレマイア家は伯爵家で、父さんのジェレマイア家とは独立した別の家のはずだが、王室は徹底して平民であったジェレマイア家の影を消したいらしい。
「それとマリア様には今日から王宮にお住まいいただきます。既に王宮内に屋敷は用意してありますし、お困りになることは何一つありませんので」
「ちょ、ちょっとお、強引すぎるわよ」
「王家の姫君を王宮の外に住まわせるわけにはいきませんから。ラキウス様、あなたにも王宮に引っ越していただくことになりますが、それにはもう少し準備の時間がかかりますので、少しお待ちください。後、お父上を後ほどお連れ頂ければ。あくまでマリア様の使用人として同じ屋敷に居住することを許可いたしますので」
「わかりました」
「ラキウスー! あんたも納得してるんじゃ無いわよ!」
「母さん、文句言っても無駄だから、大人しくしてて」
さて、ギャアギャア言ってる母さんを入ってきた侍女たちが連れて行くと、カーライル公爵は改めて俺の方に向き直った。そして、今日の議論の本題だと言う話を提示してきたのだった。───不愉快極まりない提案を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます