第2話 王位よりも君を

 王都の屋敷に帰宅した俺をセリアとフィリーナが出迎えてくれた。しかし、母さんがいないことを不審に思ったフィリーナから質問攻めに会う。


「ねえ、お母さん、どうして一緒じゃ無いの?」

「母さんは帰ってこない」

「えー、何で? 何で?」

「ちゃんと説明するから。ちょっと静かにしててくれ!」


 混乱しているため、少しきつい言い方になってしまった。いけない、フィリーナは純粋に心配しているだけだと言うのに。


 居間に戻ると、完全に人払いをし、遮音の魔法障壁も張った。部屋にいるのは、俺とセリア、フィリーナの3人のみ。


「フィリーナ、母さんのお父さん、つまり俺たちのお祖父さんが誰かわかったんだ」

「へえ、誰、誰?」


 興味津々といった妹の無邪気さが今は少し羨ましい。こんなにも何も考えずいられたら幸せだったろうに。だが、妹とて今後はそうも言っていられないのだ。覚悟を決め、その名を告げる。


「ナルサス・A・アラバイン、それが俺たちの祖父の名だ」


 セリアが息を呑み、手で口を押えている。その目が大きく見開かれ、衝撃の大きさを物語っていた。一方で、フィリーナはピンと来ていない様子である。


「え、ナルサス? アラバイン? どゆこと?」

「ナルサス・A・アラバイン、前国王陛下だ。母さんは王女様だったんだよ」

「えええぇっ!!」

「ついでに言うと、お前も王女様だ」

「マジ?」


 王子、王女と言うのは、王の直接の子供だけの呼称では無い。王族の男子を王子、女子を王女と呼ぶのだ。その意味では、俺も王子だし、王の姪であるフィリーナも王女なのだった。


 それから俺は王宮であった話を二人に説明した。過去の経緯についての、あまりにも残酷な部分は濁したが、おおむね、受けた説明の通りの話をし、二人にも納得してもらった。問題はこの先、王宮で受けた提案の話だが、その前にフィリーナに関する問題を先に話すことにする。


「それからフィリーナ。お前は王立学院退学だそうだ」

「えええ、何でっ?」

「学院は貴族のための学校だ。王族であるお前がいると問題になるんだよ」

「問題?」

「……つまりだな、王族のお前に悪い虫がつくと困ると言うことだ。王族とわかると、これまで以上にお前に近づこうとする男どもが出てくるだろうからな。お前の教育は今後、王室が雇っている家庭教師が見てくれるそうだ」


 その説明は、完全な嘘では無いが、真実を伝えてもいない。


 王室が出資して学院を作り、貴族の子弟を学ばせている。それはもちろん、王室に対する忠誠心を持った騎士、魔法士を育成すると言う目的もあるだろう。だが、貴族の子弟を王都に集める、そこに、地方領主を始めとする貴族たちに対して、人質を取ると言う意図が無いなどと言えるだろうか。


 そうした人質の群れの中に、人質を取る側である王室の人間がいるなど許されることでは無かった。ただ、そんな真相を今、妹に話す必要など無い。


 説明を聞いたフィリーナは上を向いたり、下を向いたり、しばらく考え込んでいたが、あっけらかんと口を開いた。


「ま、いいか」

「いいのかよ?」

「いいの、いいの。その方がお兄ちゃんと一緒にいられる時間が長くなりそうだし」


 若干、それでいいのかと言う気がしないでも無いが、本人がいいと言うのなら、それでいいのだろう。その後、王宮への引越しなどを説明し、いよいよ問題の提案の話である。


「最後に大事な話がある。王太子になれと言われた」

「王太子って?」

「……フィリーナ、お前、それくらい学院で勉強してるだろ? 次の王様になる王子のことだよ。つまり、次の王様になれって言われたんだ」

「すごいじゃん!」

「断ったけどな」

「えええっ! 何でえっ⁉」


 真面目な話をしようとしてるのに、フィリーナのせいで、全然深刻な雰囲気にならない。幾分脱力してしまう。しかし、大事な話なのだから、きちんと話をしておかなければ───と思ったのに、口をついて出てきた言葉はこちらもたいがいだった。


「だって、あいつら、セリアと別れてテオドラと結婚しろって言うんだぞ、あり得ないだろ!! セリアのことは側室にすればいいって! ふざけるな!!」


 感情そのままの俺の言葉に二人ともポカンとした顔をしている。それから、セリアが額に手を当てて難しそうな顔をしたかと思うと、口を開いた。


「ええと、あなたの言葉から想像するにこういうこと? ドミティウス陛下はあなたを次の王にしたいけど、あなたは王族としては新参だし、陛下も自分の血が受け継がれないのも困る。だから、テオドラ様と結婚して王太子になるように提案してきたけど、あなたはそれを断った……と言うことなのね?」

「そう、その通り! セリア、凄いね」


 セリアの理解力に素直に感嘆の声を漏らす俺に、彼女はますます眉間に寄せたしわを深くする。


「何で、どうしてそうなるの⁉ 王になれるチャンスだったんでしょう? それを私のために袖にしたって言うの?」

「当たり前だろ! 王位なんかより、君の方がよっぽど大切なんだ!」

「あ、あなたの気持ちは、凄く嬉しい……けど、それでも、やっぱり、私のせいで、あなたの未来を潰してしまうなんて……」


 そのまま押し問答になるかと思われたが、突然ドアが開いて、ヘンリエッタが顔を出した。慌てて遮音障壁を解除して、どうしたのかと問う。


「すみません、何度もノックしたのですが、お返事が無かったもので。カーライル公爵と辺境伯様がお見えです。ラキウス様にお話があると」

「はあああ……、ここまで追いかけてきたのか。仕方ない、応接室にお通ししてくれ」


 前みたいに呼び出される立場だった時と違い、王族となったことで、向こうから押しかけてくる立場になってしまったことに若干の鬱陶しさを感じてしまうのだった。

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