第3話 面倒くさいよ、お姉ちゃん
翌日、第一騎士団に退団届を出してきた。王都に役職を持っている大貴族は領地経営を息子などの家族に任せたり、代官を置くことも多いが、俺、役職なんか持ってない。ただの平騎士である。それに俺は領地をもらったばかり。代官なんか頼んでも忠誠心など期待できない。速攻反乱を起こされるだけだろう。
と言うことで、領地経営を自分でやらないといけない俺に、騎士団在籍を続ける選択は無かった。騎士団にいたのは1年程度しか無かったわけで、アーミス団長からはちょっとばかり嫌味も言われた。だが、元々配属に困ってたこともあり、退団はすんなり認められたのである。
騎士団を退団したとなると、当然ながら神殿での勤務も終了。そう言う訳で、神殿に赴き、部隊長に挨拶した後、エヴァとリアーナに挨拶がてらお茶でもとなった。が、リアーナの機嫌が悪い。テーブルに突っ伏して何やらブツブツ言っている。
「どうしたんですか?」
「昨日、あんたがリアーナ様を後回しにしてテオドラ様に挨拶したから不貞腐れてんのよ」
何の気なしに聞いた問いにエヴァが代わりに答えてくれた。
「どうせ、どうせラキウス君はお姉ちゃんよりお姫様の方が大事なんです」
───面倒くさいな、このお姉ちゃん。だいたい、序列なんか拘らなくていいって言ったのは自分じゃ無いか。
「あのね、リアーナ様。リアーナ様は俺のお姉ちゃんなんでしょ。言うならば家族じゃ無いですか。来賓をほっといて家族に挨拶するような奴はいませんよ」
「また適当なこと言ってる……」
ジトっと睨まれた。
「嘘じゃ無いですって。パスで覗いてもいいですから。リアーナ様はとっても大事なお姉ちゃんだから」
「本当ですか? 本当に私のことを大事だと思ってますか?」
「当たり前じゃ無いですか」
その言葉には嘘は無い。リアーナのことは大切な家族と同様に思っている。セリアに対する大事さとはまた方向性が違うけど。
「……ううう、何かまた言いくるめられた気がするけど、まあいいです」
テーブルに突っ伏したまま上目遣いで睨んでくるリアーナは超絶可愛い。何だろう、お姉ちゃんなのに小動物的な可愛さと言うか。可愛いにも2種類と言うが、前者も後者も兼ね備えてるお姉ちゃん、最強だろう。
「それにしても昨日の婚約式、あんたの挨拶は途中でブチ切られたけど、全体的に結婚披露宴みたいなノリだったわね」
「ああ、結婚式はレオニードで挙げることになるから、王都の人に来てくれとは言えないし、敢えてそうしたってのもあるんだよね」
エヴァの感想に答えるが、婚約式の形態も人それぞれだ。身内だけでやる人もいれば、知人友人を大勢呼んで大々的にやる人もいる。昨日のパーティーは後者だったわけだが、背景にはこうした事情もあったのである。
「レオニードで結婚式って、あそこの龍神神殿、たいして大きくなかったと思うけど」
「いや、龍神神殿じゃ無くて、海神神殿で式は挙げるつもりなんだ」
「大丈夫なの? あんた、龍神信仰における最高権威の一人だと思うんだけど。神殿側が許してくれるかしら」
「竜の騎士として結婚式に臨むわけじゃ無くて領主として臨むわけだからな」
この国の信仰は、〇〇教みたいな教義が定まった宗教では無い。元々はこの地方に古くから伝わる太陽神を主神とする神々を祀るものだ。この国では建国神話もあり、龍神信仰が盛んだが、この国以外では太陽神信仰が主流だし、海に面したレオニードでは海神信仰が主流と言う訳である。新任の領主として、領民たちにうまく溶け込むためにも、現地の人々が信仰している神を尊重しなければならなかった。
「……こんなこと言ってるけど、竜の巫女様としては、それでいいんですか?」
「いいんじゃないですかあ?」
エヴァの質問にリアーナが投げやりに答える。いや、結論はそれでいいんだけどさ。もうちょっと巫女として悩むとか───。
「レオニードの龍神神殿にとっては、竜の騎士と竜の巫女が自分たちの街に来るというだけで宣伝になるでしょうし」
ん? え、あれ?
「リアーナ様もレオニードに行くんですか?」
困惑してしまった。だって、レオニードの龍神神殿小さいのに、そこにわざわざ行くと言うのか? しかし、リアーナはその問いに、さも当然のように答える。
「竜の騎士が行くところに巫女は行くものです。それに私はあなたのお姉ちゃんで家族なんでしょう? 家族は一緒にいるものですよ」
ハハハ、何だよ、それ。全く過保護なお姉ちゃんだ。
「わかりました。よろしくお願いしますね、リアーナ様」
「任せてください。ビシバシ鍛えて上げますから」
少し機嫌を直してくれたのか、リアーナが笑ってくれた。一方、エヴァはと見ると、そんな俺達を渋い表情で見ている。
「私は行かないわよ。王都の神殿も竜の巫女と大聖女が一緒に抜けたら大変なことになるし」
「わかってる。お前には本当に、本当に世話になったよ。ありがとうな」
ぶっきらぼうで毒舌で、でも本当はこの上なく優しい奴。命を救われただけじゃ無い。彼女にどれほど助けられたか。同じ世界からの転生者と言うだけでは無い絆が二人の間にはある。
「で、レオニードに行くのはいつ?」
「そうだなあ、レオニードに行く前に、王都の旧サルディス家の屋敷を立て直さないといけないから、レオニードに行くのは一月後くらいかなあ」
「ラーケイオス様に乗ったらあっという間なんだから日帰りで行ってくればいいのに」
「さすがにラーケイオスをそんなタクシー代わりにできないよ。まあ向こうでお前の力が緊急に必要になったら、ラーケイオスに乗って迎えに来るけど」
「止めて! 私は乗らないからね!」
エヴァの奴、相変わらず高所恐怖症だな。苦笑してると、ジロっと睨まれた。
「もうやる事済んだでしょ。さっさとあの子の元に行ってあげなさいよ! ずっと待ってるんだからね、彼女!」
「わかってるよ。じゃあまた」
俺はエヴァとリアーナの元を辞し、指定された部屋に向かった。部屋の前に立ち、少し緊張してノックするとドアを開ける。そこには一人の少女が待っていた。
「久しぶり、カテリナ」
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