第4話 終生の忠誠を
今回、レオニード領を拝領するにあたり、王宮には、一つだけお願い事をしていた。領地経営の補佐が欲しいと言うものである。俺は平民出身で、領地経営のノウハウなど何も無い。レオニード領には人脈も無いわけで、こんな状態で赴いてもまともな統治ができるはずも無い。
───と言うことを滔々と訴え、補佐官としてカテリナを任命することを認めてもらった。補佐官が平民ではいろいろ支障があるので、彼女の貴族位復帰も合わせてである。サルディス伯爵家が取りつぶされている今では、さすがに伯爵位に就ける訳にはいかないが、女男爵としての地位を認めてもらった。
伯爵の名誉回復はまだ叶えられていないが、少しは彼女に償いができただろうか。それでも怖い。父親が捕えられ、死刑になったことで俺を恨んでいるなどとは思わない。しかし、本来であれば、彼女の父が統治し、将来は兄が継いだであろう領地を授けられることとなった俺に何も思うことは無いだろうか。まして、俺は彼女の父が捕えられた作戦で中心的な役割を果たしていた。そんな男が父の領地を統治する。彼女に詰られるのでは無いか、それが怖い。
「久しぶり、カテリナ」
ドアを開け、声をかけた俺にビクッとしたようにカテリナが立ち上がった。彼女は奥の上座を開けるように、手前の椅子に座っていたから、表情を伺うことはできない。彼女に近づき、肩に手をかけると、彼女が振り向いた。
「!!」
不意打ちだった。
抱き着いて来た彼女に、いきなりキスをされた!
「何を⁉」
振りほどこうとした俺の手は、しかし、彼女の哀願に制された。
「お願い! 今だけ! 今だけはこのままでいさせて! あなたとセーシェリアの間に割り込もうなんて思わないから! だからお願い、今だけは!」
絞り出すように紡がれる彼女の言葉に何も言えなくなる。
「エヴァ様から聞いていたわ。あなたがどれほど私を助けるために力を尽くしてくれたか。連座して死刑にならないように宰相閣下に直談判してくれたことも。エヴァ様の側仕えになれるように手配してくれたことも。私を貴族に戻すために頑張ってくれたことも!」
俺を見上げる彼女の瞳には薄っすらと光るものが浮かんでいた。
「……どうすればいいの? どうすれば、私はあなたに報いることが出来るの?」
───ああ、彼女に詰られるかも、なんて、俺は彼女の何を見ていたんだ。彼女は自分の不幸で他人を恨むような人じゃ無かった。彼女の瞳に宿っているのは、俺への感謝の気持ちのみ。だが、だからこそ、きちんと伝えておかねばならない。
「違うよ、カテリナ。君が負い目を感じる必要なんか無い。これは俺にとって恩返しであり、償いなんだ」
何を言っているのか、という表情で俺を見つめてくる彼女の髪を優しく撫でる。
「覚えてる? エルミーナの部屋から飛び出してきた俺を、疑われないようにって君が男子寮まで送り届けてくれたこと。その時に、自信を持てって言ってくれたこと。シーサーペント退治の時に、化け物を見るような目を向けてた人たちに言い聞かせるように、俺のことを誇りに思うって言ってくれたこと。君の言葉に俺がどれだけ勇気づけられてきたか。君の方こそ俺の恩人なんだ」
そうだ。彼女は最初から俺に分け隔てなく接してくれた。その高潔な心に報いなくてどうする。それに彼女への償いは道半ばだ。こんな彼女を育ててくれた伯爵の名誉を回復できていない。
「カテリナ、これも言っておかなくちゃいけない。隠したまま、君に接することはできない。俺はテシウス殿下の反乱鎮圧の中心にいた。君のお父上は俺の目の前で囚われたんだ。それなのに俺は、君にも伯爵にもどんな未来が訪れるか想像もできないまま、漫然と時を過ごしていた。もっと早く動いていれば、伯爵を死刑にしないで済んだかもしれない。君を平民に堕とさずに済んだかもしれない。俺が、俺がもっとちゃんと考えていれば……」
「違うわ」
俺の懺悔は、だが、彼女に制される。彼女は俺からそっと離れると、目を伏せた。
「お父様が死刑になったのはお父様の責任よ。それこそあなたが負い目に感じることじゃ無いわ」
悲しみに耐え、それでも他に責任を求めない彼女の姿に心を打たれる。だけどまだ終わりでは無い。彼女の悲しみをさらに抉るようなことにならないだろうか、そう迷いつつも、切り出さないわけにはいかなかった。
「カテリナ、君に渡しておくものがあるんだ」
訝し気な彼女の前に陶製の箱を二つ置く。
「君のお父上とお母上の……遺骨だ」
「!!」
彼女が息を呑んだ。まじまじと箱を見つめている。
「……あの日、伯爵と奥様の遺体は、他の斬首された人たちと一緒に広場に晒されていたんだ。俺は二人が晒し物になってるのが耐えられなくて、盗み出した。いつか、伯爵の名誉を回復して丁重に葬ってあげたいと思って……」
カテリナの震える手が箱に伸ばされると、手に取ったそれを宝物のようにかき抱く。
「レオニードで二人の好きだった場所に葬ってあげよう、一緒に」
「うん、……そうね、そうね」
その呟きは、耐えていた涙腺を決壊させた。
「お父様! お母様! ああああああああああっ!」
遺骨を胸にかき抱き、号泣する彼女にもらい泣きしてしまう。気丈に振る舞っていても、若干15歳で両親を失い、大逆の犯罪者の子とされ、貴族位を剝奪されていたのだ。心労はいかばかりだっただろうか。
しばらく泣き続ける彼女の背中をさすっていたが、漸く泣き止んで来た彼女に切り出す。彼女に会いに来た理由はこれからなのだ。
「カテリナ。今日、来たのは君にお願いがあるからなんだ」
「……わかってる。領地経営の手伝いをして欲しいってことでしょう?」
「そうなんだ。本来なら君のお父上のものだった領地を経営する手伝いをしてくれと言うのは図々しい限りだけど」
「そんなこと無い。あなたを必ず支えて見せる。あなたが立派な領主になれるよう私が支えるから」
そう言うと彼女は俺の前に跪いた。
「ラキウス様」
「カテリナ。俺にそんな敬称は」
「いいえ、補佐官が対等な言葉遣いをしていては、ラキウス様が舐められます」
敬称はいらないと言う俺の言葉を否定すると、彼女は俺を見つめる。その瞳に心からの忠誠を宿して。
「このカテリナ・エリュシオーネ・サルディス、ラキウス様に終生の忠誠をお誓いいたします。ですから、私をお側にお置きください。ずっと、……ずっと」
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