第16話 ラキウス様被害者の会
お披露目が終わり、今は昼の休憩である。既に下級貴族達への顔出しも終わり、午後には個別の表敬が行われる予定。本来は、昼食の後、午後の表敬に向けてソフィアと打ち合わせをする予定だったのだが、リアーナからの思わぬ祝辞と贈り物を受けて、急遽彼女との会談をセットしたのだった。
部屋にいるのは、俺とリアーナの他はセリアとソフィアのみ。午後の表敬には母さんとフィリーナも参加してもらうつもりだが、リアーナとの会談はかなり機微な話をすることが予想されるため、二人には遠慮してもらった。
「リアーナ様、お時間をいただき、ありがとうございます」
「ふふ、ラキウス君に呼ばれることは想定してましたよ」
お披露目の場では「ラキウス殿下」「竜の巫女」と呼び合っていたのに、今はまたいつもの呼び方に戻っている。あれはあくまで公式の場で俺を立てようとしてくれた彼女の配慮なのだ。実際の序列は逆転したわけでは無い。何より彼女は俺の「お姉ちゃん」。いつもの呼び方の方がずっとしっくり来る。
「お披露目の場での件ですけど、ありがとうございました。でもいきなりだから驚いちゃいましたよ」
「あら、ラキウス君はご不満ですか?」
「いや、不満どころか、ありがたいと思っていますよ。ただ、ご相談したいこともあったので、事前に言っといてくれたらなあって」
「あれ? あれって事前に調整してたんじゃ無かったんですか? リアーナ様の所に行った時に打合せしてたとばかり」
俺とリアーナの会話にソフィアが口を差しはさんできたが、それも無理も無いだろう。宮廷生活が長いソフィアからすると、あんなことを事前調整なしにいきなりやるなんて考えられないはずだ。だが、今回は違う。あくまでリアーナの独断だ。
「いや、あの時は単に祝辞を述べて欲しいってお願いに行っただけだよ」
「いえ、一応挨拶案も相談したんですよ。『私の胸やスカートの中を覗いていたラキウス君が王族だったなんて感無量です』って画期的な挨拶の案を出したのに却下されちゃったから、一生懸命、他の案を考えたんです」
「ちょっとおお、リアーナ様! 何言っちゃってんですか!」
いや、そりゃ事実だけど───事実だけど、時と場合を考えて欲しい。ここにはセリアもソフィアもいるんだぞ。───と思ったら、セリアから肩を叩かれた。
「胸ってアスクレイディオスと戦った時のことよね? でも、スカート覗いたって何のこと?」
「違う、違う、セリア、誤解だから。ただの事故だから!」
セリアは笑っているが、逆にその張り付けたような笑顔が怖いよ。
「リアーナ様と魔法で空飛ぶ練習してた時に、いきなり目の前で高く飛びあがったから見えてしまっただけだって。それに、すぐに目を逸らしたから!」
俺の言い訳に、セリアがリアーナの方を向いて真偽を確認する。幸いなことにリアーナはニッコリ笑って肯定してくれた。一安心である。セリアも納得してくれて、元の話題に戻れるかと思ったが、そこにソフィアがぼそりと呟いた。
「私もラキウス様に肌を見られたことがあるんですよね」
おおい、何こんな時に爆弾放り込んでるんだよ!
「ソフィア! あれも事故だったじゃないか!」
「そう言えば『責任取って』って言ったのに、責任取ってもらっていませんね」
「いや、『責任取ってお嫁さんにして』だっただろ! そっちから引っ込めたんじゃ無いか!」
「ラキウス、詳しく話を聞きましょうか」
うう、せっかく機嫌直してくれたと思ったのに、セリアの笑顔がさらに怖くなってる。
「いや、ソフィアにお嫁さんにしてって言われたこと自体はもう、はるか以前に話したよね。肌を見たってのも、アスクレイディオスからソフィアを助けた時に彼女の下着まで切り裂かれてたから見えてしまっただけで。本当にただの事故なんだよ」
セリアの手を取り、目をまっすぐに見て真摯に訴える。嘘は全く言ってない。事故とは言え、乙女の肌を直接見てしまったリアーナやソフィアには申し訳ないが、悪意があったわけでは無いことだけはわかって欲しい。
「わかったわよ。事故だってことはわかったから。私の方こそごめんなさい。いつもあなたを信じてるって言いながら疑うようなことを言って」
「セリア……」
わかってもらえたことにホッとする。これで漸く本題に入れる───と思ったのに、さらにソフィアから追撃があった。
「それにしても、ここにいる3人全員、ラキウス様に見られてるんですね。ラキウス様被害者の会でも結成しますか? まあ、セーシェリアは好きで見せてるから別にいいんでしょうが」
「ちょっと待ちなさいよ、ソフィア。その言い方じゃ、私がまるで痴女みたいじゃない!」
「あら、違うのですか?」
「違うわよ! 夫婦なんだから見られて当然でしょ!」
「それを『好きで見せてる』と言うのでは?」
「そりゃ、彼のことは大好きだし、見られても嫌じゃない……と言うか、もっと見てもらいたい……けど、とにかく、あなたの言い方がいやらしいの!」
おい、お前ら一体何話してるんだよ! セリアも言ってること、どんどんドツボに嵌ってるぞ。その辺でやめといた方が───と思っていたが、さらにリアーナが参戦して来た。
「被害者って、私は別にラキウス君に見られたことを不快に思っていませんよ」
その言にセリアとソフィアはギョッとした表情を向けるが、リアーナは微笑んだままだ。
「だって、あの時、私を助けに来てくれた彼は本当にかっこ良かったですもの。その彼に、そんなことで文句を言ったりしません。ソフィア様も同じじゃないんですか? 見られて本当に不快だったら、今頃、彼の秘書官なんてやってないですよね?」
ソフィアは黙り込んでしまった。その沈黙を肯定と捉えると、いろいろまずいことをカミングアウトしてるとも言えるのだが。リアーナの言もあまり踏み込まない方がいいだろう。とにかく、無理やりにでも話題を変えるしかない。
「ああもう、こんなバカ話をするために集まってもらったんじゃ無いよ! 大事な話があるんだ! 頼むから聞いてくれ!」
俺の悲鳴にも似た懇願に、流石に皆、表情を引き締めると俺の方に向き直ってくれた。これで漸く当初の目的が果たせる。俺はリアーナをまっすぐ見ると切り出した。
「リアーナ様、俺は今回の件、有難いと思っていますけど、同時に、神殿に介入されることは絶対に避けるべきだと思っています」
王位継承争いに宗教勢力が介入する、そうした事態は絶対に避けなければならない。
もちろん、世俗の権力と宗教的権威の関係は一様では無い。王や皇帝が自らの権威付けのために宗教的権威を利用することもある。キリスト教を国教化したローマ帝国などがいい例だ。弱体化しつつあった皇帝の権威を強化するために、当時、国内に浸透しつつあったキリスト教の力を借りたのだ。
一方で肥大化した宗教的権威が世俗の権力を超える力を振るうことだってある。ミノス神聖帝国などはそれに近い。皇帝を超える権威、権力を教皇が保持している。
この国における龍神信仰は、それほど確固たる教義を持った宗教では無いが、それでも神殿は一定の権威を持っているのだ。彼らにこれ以上の権力を渡してはならない。例えリアーナにそうした意図が無くても、神殿上層部全てを信用するわけにはいかない。
「神殿の協力が王を決めた、そう受け取られるような前例を作ってはいけないんです。そのため、当初俺は神殿の方から中立宣言を出してもらおうと考えてました。でも、リアーナ様のあの祝辞の後に神殿側から一方的に中立宣言が出たら、神殿内部が分裂しているように見えてしまう」
意図が間違って伝わらないよう、言葉を選びながら、リアーナの目をまっすぐに見据えて話し続ける。一方、彼女は穏やかな表情を崩さないまま、無言で次の言葉を促すのだった。
「だから、俺はどこかのタイミングで、俺と神殿の連名で、神殿の協力を求めないという宣言を出そうと思っています。リアーナ様だけじゃ無く、エヴァやラーケイオスにも中立のままでいて頂きたいんです」
「ねえ、ラキウス。それって大丈夫なの? ラーケイオス様の力を使わないってことよね?」
「大丈夫だよ、セリア。ラーケイオスの力が無くても、俺個人の力だけで、そこらの騎士百人程度には負けない。それに今回俺には切り札がある。絶対に負けはしない」
「切り札?」
「ああ、今はまだ切り札の中身までは話せないけど。大丈夫だから、心配しないで」
心配するセリアを安心させるために少し誇張して話す。確かに切り札はある。ただ、俺の思うとおりに動いてくれるかはまだ未知数だ。でも、そんなことを言ってセリアを心配させたく無い。一方で、ソフィアからも声がかかった。
「ラキウス様、狙いは神殿の権力増大を防ぐことだけではありませんね」
やはりソフィアは気づくか。そう、真の狙いは別にあるのだ。
「そうだよ、ソフィア。もう一つの狙いはラウル殿下の陣営を引きずり出すことだ。ラーケイオスの力にびびって相手が出てこなかったら、いつまでも決着がつかない。俺はこの王位継承争いに時間をかけるつもりは無い。できれば1年以内、遅くても2年以内にはけりをつける。そのためには、相手に『勝てる』と思い込んでもらうことが重要なんだ」
何年も宮廷で陰湿な政争を続けるなどごめんだ。戦場に引きずり出して一気に叩き潰す。そのためには、ラーケイオスがいない俺の力など大したことは無いと侮って暴発してくれるのが一番いい。そのための仕込みはもう始めているのだ。
「そういうことで、リアーナ様、ラウル殿下の陣営を叩き潰すための猿芝居にご協力をお願いします」
「……ラキウス君もそういう悪い顔が出来るんですね。可愛い弟が悪い遊びを覚えてしまったような寂しさがありますけど。……でも、わかりました。弟のために頑張るのがお姉ちゃんの役割ですからね」
神聖なる巫女に権力争いの片棒を担がせる。そのどこまでも罰当たりな振舞いに対する評価は後世の歴史家にでも任せればいい。今はただ、勝利に向けて突き進むのみ、そう決めたのだ。
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