第15話 聖剣の後継者

 いよいよ正式お披露目の当日、王宮の大広間は200名を超える貴族、外国からの外交使節に埋め尽くされていた。大規模となると言われてはいたが、これは想定外である。


 しかも、この大広間に集まっているのは、外交使節団の他は、伯爵以上の上級貴族か領地持ちの中級貴族、騎士団長以上の軍関係者に限られている。


 領地を持たない中級以下の貴族や一般の騎士団員、兵士たちは王宮の前庭で、バルコニーから俺の姿が見えるのを待っているという状況。全て合わせると1000人を超える人々が集まっているのだ。


 王族の庶子が見つかること自体は、そう珍しいことでは無い。だが、ここまで大掛かりにお披露目をすることなど無い。普通、王室にとって歓迎すべき存在では無いのだ。見つかっても、王宮の片隅でひっそりと暮らしていくことが運命づけられた存在。


 それがここまで大掛かりになっている理由はひとえに、俺が王位継承権第三位という序列をいただいたからに他ならない。実質的には第二位。しかも竜の騎士だ。


 王位継承権では上位であっても、今だ7歳のラウルより次の王位に近いと見なす貴族は多いだろう。それは外国も同じだ。参加している外交使節の多くが、俺の人となりを見極めようと見つめているに違いない。今はまだ空席の玉座の横に並びながら、投げつけられる無遠慮な視線を受け止める。


「国王陛下御入場!」


 先触れと共に、ドミティウスがアウロラ妃を連れて入場してくると、式典が始まった。文官の司会に従い、簡単な俺の紹介があった後、玉座に座っていたドミティウスが立ち上がった。


「余の隣に立つ男、諸君も既に知っているだろう。竜の騎士ラキウス。国際的な傭兵団を一人で壊滅させ、復活した72柱の魔族を討伐し、わが娘テオドラを襲ったクリスティア王国の軍勢300人を剣の一振りで消滅させた、まさに鬼神のごとき力を持った男だ。彼を王族の一員として迎えられることを余は嬉しく思う。彼には王位継承権第三位をもって報いるつもりだ」


 ドミティウスの言葉に、皆が一斉に俺を見る。ザッと歩調を合わせたような視線の動きに一瞬気圧されそうになるが、ここでたじろぐ訳にはいかない。今後はさらに無遠慮な視線に晒されていくのだから。






 プログラムは各界からの祝辞に移っている。最初の祝辞は、文官代表であるカーライル公爵、財務卿、外務卿からのものだった。続いて武官代表として、軍務卿の他、騎士団長、魔法士団長が並んで祝辞を述べる。その後にいよいよリアーナの出番だった。


 リアーナは竜の巫女としての正装である白地に金装のローブを纏っている。が、目を引くのは、その美しい衣装では無く、手に持った長尺の何か。あの大きさは剣のように見えるが、布でグルグル巻きにされているので、正体は定かでは無い。何を持ってきたのか、と勘繰っているのだろう。列席者がひそひそ話をする姿があちこちで見られた。


 そのリアーナは、周りのさざめきなど聞こえないかのように俺の前まで進み出てきたが、その次の行動に、会場の皆が息を呑んだ。彼女が俺の前に深く跪いたのである。その意味がわかる者たちが騒然となった。


「リアーナ様が跪いたぞ!」

「これまでアルシス殿下にも、テシウス殿下にも跪いたことが無かったのに」

「ラキウス殿下を王太子として認めたと言うことか?」


 リアーナはアレクシウスの孫にして竜の巫女。その序列は国王、王太子に次ぐ。その彼女が跪く相手は、王太子以上しかあり得ないのである。


 騒然とする大広間の中、リアーナの美しい金色の瞳が同じ色を纏う俺の瞳をまっすぐに見た。


「竜の騎士にして王甥殿下でいらっしゃるラキウス殿下に心よりのお祝いを申し上げます。我が祖父、初代国王アレクシウスと同じ竜の騎士が、祖父の血を受け継ぐ王族の方であったことに、運命を感じないわけにはまいりません。本日は、その私の思いを込めたささやかな贈り物をお持ちいたしました」


 そう言うと、手元の長尺物の布を外し始めた。その姿が露わになるにつれ、広間の喧騒は高まっていく。


「……あれは、聖剣では無いか!」

「アレクシウス陛下の聖剣!」


 リアーナが持ってきたのは、一時期俺が借りて、セリアに又貸ししていた聖剣、リヴェラシオンであった。その由来にまるで敬意を払わない実用使いをしていた剣だが、今、この場での意味合いはまるで違う。


 アレクシウスの聖剣は3本あり、そのうちの1本をリアーナが、後の2本を王家が所有している。その2本の所有者は国王と王太子。それと同等の聖剣を俺に譲る、その意味するところは、よほど鈍い者で無ければ明らかだった。


「ラキウス殿下、祖父アレクシウスの聖剣、リヴェラシオンでございます。祖父からこの剣を預かってまいりましたが、私はあなたをこの剣の正統なる後継者と認め、お譲りしたく思います。どうぞお納めください」


 その言葉は更なるダメ押し。初代国王が所持していた剣の正統なる後継者、それを国王以外を表す言葉と捉える人間がこの広間にいるだろうか。


 さっきまで喧騒に彩られていた会場が静寂に包まれた。皆、息を呑んで剣の行方を見守っている。俺が剣を受け取るかどうかを。この剣を受け取ることは、自ら次の王位を目指すと宣言するようなもの。だが、俺の心は既に決まっている。


「竜の巫女よ、感謝する。有難く受け取ろう」


 一歩前に出て、恭しく捧げられた剣を受け取る。その瞬間、会場は再び、喧騒の渦に巻き込まれた。拍手をする者、怨嗟の声を上げる者、様々。


 皆が皆、歓迎してくれる話では無いことは分かっている。この会場にいる者は大半、俺が平民上がりだと言うことを知っている。前王の血を引いているとは言え、平民上がりが王を目指すなど、許しがたいと思っている者も多いだろう。


 そして何より、ラウルの派閥に属する貴族達。若干7歳の王子が政治的野心を持つなどとは思えない。だが、その若年の王子を担ぎ上げ、自らの栄達の道具にしようとする者たちからすれば、いきなり王族として現れ、王位継承権が下にもかかわらず、次の王のように扱われる俺の存在は目障りそのものに違いない。


 俺は注意深く、広間に居並ぶ貴族たちの反応を伺っていた。敵対するであろう貴族を特定するために。そうやって会場を見回していた目が一点に止まった。


 そこにいたのは白い軍服の礼装を着た女性。その瞳が、俺を値踏みするように向けられている。軍服を着ているということは護衛騎士では無いかと思うが、近衛騎士団の朱雀隊にあのような女性は見たことが無い。


 何よりあの礼装はこの国の騎士団のものでは無い。だとすると外国の使節の一員なのか。流石にどこぞの領主貴族が連れてきたということは無いだろう。どこの所属か見極めようとしたが、すぐに彼女は人込みに紛れてしまった。


 まあいい。何となく違和感を感じる人物だったが、今はそれどころでは無い。俺は再び、貴族たちの様子を伺うのだった。

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