第14話 カッコ良かったですよ、ラキウス君

「なるほど、テオドラ様にそう言う過去があったんですね」


 リアーナが興味深そうに聞いている。テオドラと話をして数日後、別件でリアーナに会いに行ったついでに、テオドラとの一件について相談をしたのである。


 個人の機微に関する情報なので、勝手に他人にしゃべっていいものでは無いが、一方で、王族の一人が魔族から精神汚染を受けていたという話である。事の真偽を確かめると同時に、以前、同様にアスクレイディオスに身体を乗っ取られたリアーナも同じ被害を受けていないか、確認する趣旨もあった。


「話は分かりました。ですが、テオドラ様と私では状況が異なります。私は魔族が体内に侵入してきたと悟った瞬間に、ブロックをかけて、精神を切り離しましたから。お陰で体は動かせなくなりましたけど、精神汚染は全く受けていません」


 流石、パスに枷かけて心を見せないようにする制御がうまいリアーナならではである。俺だったらそんな芸当はできなかったな。しかし、それだとテオドラと必ずしも同じ経験とは言えないのか。


「じゃあ、テオドラの言ってることの真偽は?」

「私自身の経験からは何とも言えませんね。でも、そう言うことがあってもおかしくないですし、何より、同情を引くための嘘にしては突飛すぎる話ですから、逆に信じてもいいんじゃないでしょうか」


 なるほど。俺を味方に引き込むために不幸話をするなら、もっとあり得そうな、もっともらしい話をするはずということか。それは確かにそうだろう。結局のところ、テオドラの話が真実であれ、嘘であれ、過去のいきさつではなく、今の彼女を見ないといけないのだろう。


 そんなことをつらつら考えていたら、リアーナがニヤニヤとこっちを見ている。


「それよりやっぱり、あの魔族に惚れられてたんでしょう?」

「う……」


 話の流れで、アデリアのことにも触れざるを得なかったのだ。できるだけ詳細はぼかして説明したのだが、お見通しだったようだ。


「いや、向こうが勝手に惚れてきたのを、俺の責任とか、女たらしとか言われても困りますよ」

「まだ、何も言ってませんよ」

「う……」


 エヴァやテオドラに散々女たらしだの何だの言われて、過剰に防衛的になっていたらしい。そんな姿勢をさらに笑われてしまった。


「でも、ラキウス君だって責任ゼロじゃありませんよ。先入観でアデリアさんに肩入れしすぎたとは思いませんか?」

「それは今だからそう言えますけど、今回はあまりにもアデリアが可哀そうだったと言うか、テオドラが酷すぎたと言うか……」

「でも、テオドラ様も魔族によって人生を大きく狂わされたのですから、魔族への憎しみが強いのも無理は無いですよね」

「そうは言っても、あれはやり過ぎです」


 抗弁する俺に、リアーナは優しく、諭すように言葉を重ねる。


「テオドラ様のやったことを肯定するわけではありませんよ。でも、酷いと思える行動の裏に、その人の抱える苦しみや困難があるのだと思えば、違う捉え方もできるかもしれませんよね。表面的に見えることだけでなく、そこに隠された真実を見つけ出せる視点を持って下さいね」

「……」

「一方に肩入れしすぎるのではなく、公正に中立に見る視点も大事ですよ。まあ、私はあなたのそう言う素直なところは美点だと思いますし、好ましいと思ってますけど、それでも、それだけでは済まないようになります。あなたは王になるのでしょう?」


 リアーナの言うことは頭では理解できる。支配者になろうとする者には必要な視点であるとも。そうは言っても、生まれついての王族で帝王学を叩き込まれたわけでも無く、前世もしがないサラリーマンで、平民出身の俺には実行することはなかなか難しいのであった。一方、リアーナは、悩む俺を微笑ましそうに見続けている。


「全く、ラキウス君はしょうがないですね。アデリアさんのことはちゃんと片を付けるんですよ。お姉ちゃんに泣きつかれても、流石にそこまで面倒見切れませんからね」

「いや、流石にそんなことリアーナ様にお願いしないですし。……とにかく、そんな話止めましょう。今日の本題は別にあるんです」


 これ以上話しているとドツボに嵌りそうなので、強引に話を打ち切ると、次の話題を切り出すことにした。







「……挨拶、ですか?」

「ええ、来月の俺のお披露目の際にご挨拶……祝辞をいただきたいんです。今回は、特に宴会とかでは無くて、王宮の大広間で内外の要人を集めて、ドミティウス陛下が俺を紹介するんですけど、その後、各界からの祝辞をいただく流れになります。その際、神殿を代表してリアーナ様から祝辞をいただけないかと」


 約一月後に迫ったお披露目会の流れを説明する。実際にはこれに加え、下級貴族や兵士たち向けに王宮のバルコニーでの顔出しや、要人からの個別表敬などがあるのだが、そこはリアーナには関係無いので、説明を端折る。一方、説明を聞いたリアーナはニンマリと笑顔を作るのだった。


「いいですよ。どういう挨拶にしましょうかね? そうだ、『私の胸やスカートの中を覗いていたラキウス君が王族だったなんて感無量です』って挨拶はどうでしょう?」

「……冗談でもやめて下さい」


 いや、冗談だとはわかっているけど、リアーナだと万分の一くらいの確率でマジでやりかねない。しかし、スカート覗いた件はともかく、胸のことまで知ってたのか。あの時、気絶してたから知られてないと思ってたんだけどな。おおかたエヴァ辺りが面白おかしくしゃべったんだろう。あれは完全に事故だというのに。あいつ今度とっちめてやる。


 しかし、肝心のリアーナはどう思っているのだろう。事故とは言え、見てしまった俺のことを怒っているのだろうか。彼女の表情からは、込められた感情を読み取ることが全くできない。


「……その、すみませんでした。事故とは言え、女性の胸をまじまじと見てしまって……」


 その、今さらながらの謝罪に目を丸くしたリアーナだったが、次の瞬間、優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。……あの時、あなたが私を助けるためにどれほど一生懸命だったか、見ていましたからね。そんなことで怒ったりしませんよ」


 そして、俺の髪を優しく撫でると囁いた。


「カッコ良かったですよ、ラキウス君」

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