第17話 軍装の王女

 その日の午後、俺はへばっていた。昼休み、ラウル陣営を叩き潰すと大見えを切った男と同一人物とは思えない、だらけ切った姿でソファに全身を預けている。


「なあ、ソフィア。後どれくらいいるの?」

「しゃんとしてください、ラキウス様。まだ30組くらいしか対応してないでは無いですか。後50組くらいは残ってますからね」

「まだ、半分も行ってないのかよ」


 昼の休憩は終わり、今は個別表敬の時間。貴族や外国の使節団などからの挨拶を受けているのである。大広間でバラバラと挨拶を受けるのではなく、別室が設けられ、そこに貴族達が個別に招き入れられ、挨拶を受けるという形。


 それぞれの持ち時間は3~4分程度。短いようだが、挨拶だけなら家族の紹介含めても1分程度で終わる。それ以外に二言三言、会話を交わさないといけない。


 もちろん、話題は向こうが振って来る。と言うより、列をなしているのは、自分や家族を売り込みたい連中だ。話題に困ることは無いのだが、何しろ言質を取られないように会話しないといけない。それが思った以上に精神的な負担なのだ。その愚痴を今、小休憩の時間に吐き出しているという状況である。


「それにしても、俺に側室を売り込む奴ばっかりかと思いきや、思ったよりフィリーナの降嫁目当ての奴が多いな」

「ラキウス様がセーシェリアを溺愛していて他の女に目もくれないというのは、特に中央の貴族の間ではかなり浸透しているようですからね。それよりもフィリーナ様を降嫁してもらって、王族と関係を持ちたいと考える貴族はかなりいると思いますよ」


 全く、たくましい連中だ。ある意味見習わないとな。そんな変な感心をしながら、後ろの席にいるフィリーナに声をかける。


「なあ、フィリーナ。お前の眼鏡にかなった男はいたか?」

「え、今日会った中で? ごめん、興味無いから誰も覚えてないや」

「ああ、そうだな。お前はそういう奴だよな」


 軽い脱力感を覚えながらも納得する。しかし、王甥家であるこの家の家長は俺だ。いずれフィリーナの結婚相手も決めなくてはならない。本人の意向を無視して決めるつもりは無いが、本人の意向を聞いたところで、本気で「お兄ちゃんがいい」って言い出しかねない奴だからな。いつか無理やりにでも嫁にやらないといけないかもしれない。


 しかし、こうやって考えると、婚姻によって味方を増やしていくという貴族の感覚に、いつの間にかどっぷりと浸かっていることを実感する。前世の感覚だと、政略結婚など人権侵害も甚だしいと思ってしまうところなのに。


 ただ、フィリーナは王族の女性として、これまで以上に不自由な生活を強いられる。彼女の生活範囲は王宮の中に限定されるだろう。舞踏会やパーティーには積極的に出してやりたいと思うが、それでも彼女の出会いは限られる。そもそも自由恋愛など、望むべくも無い立場になってしまったのだ。ある程度、強引に進めなければいけないこともあるだろう。






 そうこうしているうちに休憩時間も残り少なくなってきた。次からは各国の外交使節団である。


「ソフィア、次は誰?」

「次はオルタリア王国ですが、つい先ほど連絡があって、首席代表が交代になったようです。今朝、本国から使節団が到着したとかで」

「へえ、で、名前とか役職は来てないの?」

「それがまだ届いてないんですよね」

「それで良く王族の元に通すな」

「何でも外務卿がOKを出したとか」


 いや、そんなんでいいのか? 誰ともわからない人間を通すとか。俺だからいいが、暗殺者とかに入り込まれたら、普通の人間では対応できないぞ。まあいいか。俺相手だから、そんな雑な対応で良しとしているのだろう。信頼されているのか、軽んじられてるのか、良くわからんな。


「オルタリアと言えば、例の貿易協定のことを持ち出されたらどう答えればいい?」

「ラキウス様が王族として認定されたので、堂々とレティシア様に対してこっちに来いと言えます。協定案自体は既に合意済みですし、後はこっちで調印式を行うということで合意していただければ良いかと」


 そうか。随分と放置してしまったが、ようやく締結できるな。とりあえずゼロ回答はしないで良さそうなのでホッとする。


 準備ができたので、担当の文官に伝えて、オルタリアの代表団を呼んでもらう。ドアが開き、最初に入ってきたのは、見知った顔、キャスリーンだった。だが、彼女はドアを開けただけで入り口で待っている。続いて入ってくる人物こそが首席代表だろう。


 そう思って待ち構えていたが、そこに入ってきた人物を見た時、思わず声が出そうになった。そこにいたのは、大広間で見た軍服の礼装を着た女性。国内の騎士では無いだろうと思っていたが、オルタリア王国の騎士だったのか。


 見たところ、年の頃は10代後半くらいか。俺より年下と言うことはあるまい。ストレートの金髪を肩の下まで伸ばし、深い蒼い瞳が俺を見つめている。白い、豪奢な軍服に身を包む、そのきりりとした雰囲気は訓練された騎士のもの。髪がウェーブがかっていたら、前世であったヴェルサイユを舞台とした少女漫画の主人公を彷彿とさせるところだ。


 そんな無遠慮な感想を浮かべているうちに彼女は大股で近づいてくる。その行動に感じる違和感。例え外国の使者であれ、王族の前で跪きもせず、いきなり近づいてくるか? 対等の立場でもない限り、あり得ない行動───


 俺の感じる、その違和感など知らぬかのように目の前に立った彼女は、頭を下げることも無く、胸に手を当てる略式の礼をすると、その名を告げたのだった。


「アラバイン王国王子、ラキウス・リーファス・アラバイン殿、お初にお目にかかります。オルタリア王国第7王女レティシア・アルマ・セラ・オルタリアです。以後お見知りおきを」

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