第18話 情報封鎖
「つまりリューベック侯が意図的に情報を流さないようにしていたと?」
シャンデリアの光が煌めく中、隣に立つソフィアに問い質す。今はパーティーの真っ最中。俺のお披露目に伴うパーティーでは無い。本来、俺のお披露目は昼の式典で完了する予定だったのだ。
今開かれているのは、王族の客人であるレティシアの歓迎パーティーである。王族の歓迎パーティーと言うことで、出席者は厳選されているが、それでも100人近くはいる。
これほどのパーティーが準備されていることからも事態は明らか。レティシアの来訪はかなり前から知らされていたのだ。俺たちのところに情報が流れてこなかっただけで。
「それで、情報を流さなかったことについて、彼は何と言い訳してたんだ?」
「それがふざけてるんですよ。ただ楽しんでただけと言うか。どれだけふざけてるか分かるように、そっくりそのまま、侯爵の言葉を繰り返しますね」
憤懣やるかたないという表情のソフィアは、リューベック候の顔真似なのか、思い切り顔を歪めると言い放った。
「『だってさあ、ラキウス殿下が袖にし続けた王女様が業を煮やして押しかけてきたんだよ。こんなド修羅場、事前に情報流したらつまらないじゃ無い? レティシア様と顔を合わせた時のラキウス殿下、反応どうだった? いやあ、ソフィア羨ましいなあ。俺も同席したかったよ。ねえねえ、どうだった?』です! ほんっとふざけてますよね! 昔の上司でなきゃ、張り倒してやるところですよ!」
───いや、それは昔の上司どころか、今の上司であっても張り倒していいと思う。レティシアとの会談は、衝撃を飲み込み、何とか無難に終えたと思うが、下手をすれば、外国の王族相手にとんでもない非礼を働く可能性もあったのだ。だが、俺のその恨み言も侯爵は織り込み済みだったらしい。
「その後で、昔の同僚に聞いたのですが、本当に情報を伏せたままでいいのかと問う同僚に『大丈夫、いざとなったら、俺の首が飛ぶだけだから』って笑ってたって言うんですよ」
この場合の「首が飛ぶ」は比喩でも何でもない。物理的に首が飛ぶと言うことだ。そこまで開き直られてしまうといっそ清々しい気さえしてくるのが不思議。
だいたい、今回の問題の本質は、外務卿のおふざけにあるわけでは無い。その危機意識はソフィアも共有しているようだった。
「それにしても参りましたね、ラキウス様」
「ああ、俺たちは今回、リューベック候に完全な情報封鎖をやられたわけだ。由々しき事態だな」
「ええ、情報収集を他者に頼っててはいけないという見本ですね。全ては無理でも、ある程度独自の情報網を築く必要があります」
今回、このような事態になったのにはいくつか要因がある。
まずは、まさか王族である自分たちに王宮の事務方がこれほど重要な情報を寄こさないなどということはあるまい、という事務方への無意識の信頼。それに伴い、自ら情報収集をすること無く、受け身になってしまっていたこと。そして何よりも、王宮の中という外から隔絶された世界に住むことの弊害である。
俺が外の世界に住む貴族の身分であったなら、このようなことは起こらなかった。もっと身軽に外に出て、外部の人と話をし、噂話でも何でも情報の糸口をつかんだことだろう。だが、王宮の中は黙っていては情報は入ってこない。そのことを痛感させられたのだった。
思わぬ落とし穴に気づいて嘆息する俺たちの元にセリアが戻ってきた。彼女の服は昼間と同じ。歓迎会の案内が直前だったことと、夕方まで個別表敬が続いたせいで着替える時間が無かったのである。
ローレッタは「王甥妃殿下が昼と夜で同じドレスなんてあり得ません!」とブリブリ怒っていたが、流石にそんなことまで気にしていられない。彼女は着替えられなかったドレスを気にすることなく、知り合いとなったご婦人方に、今回の歓迎会の案内がいつ来たかをそれと無く聞いて回っていたのである。
「やっぱりみんな、お茶会が終わったタイミングで連絡が行ってるわね。しかも相手は王族だから警護に支障が出ないようにってわざわざ口止めされていたようよ」
「……用意周到なことだな」
お茶会をいつ誰とやるかは別に秘密にされているわけでは無いが、大々的に公表されているわけでも無い。情報を得ようとするならば、インサイダーとして入り込む必要がある。しかも、それを得たうえで情報開示の順番をコントロールするような面倒くさいことなど、確固たる意志を持っていなければやらないだろう。
果たして修羅場で俺がどう反応するかを見たいなどというふざけた理由のためだけにやるようなことだろうか。しかも自分は同席しないのはわかっていたのにである。
「本当にただ俺の反応を楽しむために、こんな手の込んだことをしたのか? 裏は無いんだろうな?」
「少なくともリューベック候はラウル派でもテオドラ派でも無いんですよね。外交的な失敗があれば責任を問われる立場ですし、何のメリットも無いんです」
リューベック候の真意を改めてソフィアに問うが、彼女も測りかねている様子。一方、セリアは首を傾げている。
「ラキウスの反応を楽しむためってどういうこと?」
会場内で情報収集をしていて、ソフィアの話を聞いて無かったために俺たちの会話がピンと来なかったようだ。彼女に改めてソフィアから聞いた話を説明する。彼女は考え込んでいたが、ふと思いついたように言った。
「反応を見ていたのは本当なんじゃ無いかしら?」
「どう言うこと?」
「つまり、情報封鎖をされたあなたがどういう対応をするかを見極めようとしてたんじゃ無いかってこと。あなた自身の危機対応能力とか、不測の事態の際に現れる人となりを確かめたかったんじゃ無いかしら?」
「……なるほど」
彼女の言葉に考え込む。確かにいきなり王族として現れた男。竜の騎士とは言え、平民上がり。本当に王族たる資質があるのかと思われていても不思議では無い。
「そうだとすると合格点には程遠いでしょうね。最後の瞬間まで情報封鎖をされていること自体に気づかなかったわけですし」
「そうだな。まあリューベック候に味方になってもらおうとも思ってないから、彼の評価はどうでもいいけど、こちらの弱点を教えてくれたことには感謝するよ」
ソフィアへの返事は半分は負け惜しみ。だが、本音も含まれている。動乱の時代を見たいと言ったアナベラル侯爵と懇意にしていたらしい、何を考えているかわからない男。例え外務卿という要職にあろうとも、味方と考えるべきでは無い。ことさら敵と見なす必要も無いが、警戒しておくべきだろう。対抗していくには、まずは独自の情報網か。
冒険者ギルドは今でも俺の手足となってくれているが、流石に王宮の中にまでは入り込めない。
カーライル公爵に頼めば、いくらでも彼の配下でそう言ったことに長けた者たちを貸してくれるだろう。だが、今、俺はカーライル家に政務の殆どを頼っている。例え派閥の取りまとめとは言え、この上、諜報活動まで頼るのは得策とは言えない。
言うならば、目と耳を預けることになるわけだ。色のついていない、俺自身の手駒を持たなければ。
そうだとすると頼れそうな奴は意外と少ない。そもそも信頼できる人が少ないのだ。この王宮で信頼できて、そういう絡め手、荒事に長けているとなると───
「ソフィア、明日にでもクリストフを呼んでくれるか?」
「従兄をですか? ……わかりました」
クリストフはアナベラル侯爵の弟。だが、彼が信頼に足る人物であることは、何年にも及ぶ交流で理解している。もちろん、彼に頼りきりになるつもりは無い。あくまで俺の手駒を揃えるための助言をしてもらうつもりだ。
同時に、王宮内のことには手が及ばないとしても、冒険者ギルドや盗賊ギルド、暗殺者ギルドなどの手綱はもう一度締め直しておかねばなるまい。
さて、リューベック候によって露わにされた俺の弱点。それへの対処について方針がまとまったところで、改めて会場を見渡す。その視線の先には、列席者に笑顔を向ける軍装の王女レティシアがいた。
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