第19話 お転婆姫レティシア

 レティシア・アルマ・セラ・オルタリア。オルタリア王国の第7王女である。年は18。俺より一つ年上だ。プラチナブロンドの髪と蒼い瞳。だが、何より目を引くのは、その美しい髪でも瞳でも無く、身に纏う軍服。その白い礼装は、女性にしては長身である彼女の凛々しい姿をこれ以上無い程引き立てていた。


 それにしても護衛騎士かと思いきや、まさかの姫騎士である。名乗られた時、思わず「クッコロ!」と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。


 アラバイン王国では結婚前のセリアのように貴族の女性が護衛騎士を務めることはあっても、王族の女性が騎士になることは無いが、オルタリア王国では違うのだろうか。そう言えばキャスリーンもこの国の感覚だと男装としか言いようのない服装をしていたし、案外、オルタリアでは普通なのかもしれない。


 そのレティシアは俺の視線の先で、列席者とにこやかに談笑している。男装の麗人と言うのは女性には大人気のようで、多くのご婦人方に囲まれている。この辺り、前世の宝塚を愛でる女性たちと同じ感覚なのだろうか。


 一方で、男たちから注がれる視線は一様では無い。奇異の目を向ける者も多いように思われる。やはり王族の女性が騎士をやっていることへの困惑が大きいのだろう。


「お転婆姫って、こういう事だったんですね」


 ソフィアが横から話しかけてくる。そう言えば、以前、彼女にレティシアの評判を聞いた時、お転婆姫と呼ばれていると聞いたのだったか。


 そうだとすると、やはりオルタリアでも奇異の目で見られていると言うことなのか。だが、前世の記憶がある俺からすると、この程度、お転婆の範疇に入らない。若干拍子抜けである。


「王族の女性が騎士でいることはそれ程おかしいのかな?」

「そうですね。騎士と言うのは本来、主君である王族を守る臣下としての役割ですので。騎士たちを率いる男性王族であれば司令官として騎士と同じ格好をしているのは別におかしく無いですが、女性王族が騎士の姿をしていることには違和感を感じる人たちは多いと思いますよ」

「でも、男性、女性という前に王族として国を守ろうという思いからの行いなら陰口をたたくようなことでは無いと思うけどな。女性の身で王国宰相を目指すと言った君ならわかるだろう?」

「皆が皆、ラキウス様のような考えを持っているわけでは無いと言うことですよ。私自身、裏では色々言われているようですしね」


 確かに以前、第二騎士団長に「物好き」と評されていたのを聞いたな。まあ、あれは文官をやっていることへの評価だったが、宰相を目指していると知ったら、よりネガティブな反応が返ってきただろうことは想像に難くない。


「ラキウス様だって他人事ではありませんよ。私やカテリナを重用していることで、裏ではいろいろと陰口が囁かれていること、ご存じですか?」

「くだらない。俺が君やカテリナに頼ってるのは純粋に能力を評価しているからだ。そんな陰口、俺じゃ無くて、君たちへの侮辱だよ」

「皆がそう思ってくれればいいのですが」


 ソフィアはやれやれというように肩をすくめて首を横に振っていたが、こっちを見るといたずらっぽく笑った。


「まあ、ラキウス様がセーシェリアに首ったけで他の女なんか目にも入らないってことが分かっている貴族はそんなこと言わないですからね。そう言う訳で、そんな陰口を叩かれないよう、ラキウス様は思う存分、皆の前でセーシェリアといちゃついてください」


 そう言うと、俺を思い切りセリアの方に押し付けた。


「ちょと、ソフィア、何やってるのよ!」

「まあまあ、バカップルはバカップルらしくってことですよ」


 セリアの抗議に逆にソフィアは楽しそうだ。そうやって3人でワイワイやっていたら、声をかけられた。


「楽しそうですね」


 気が付くと、レティシアがすぐ近くに来ていた。慌てて姿勢を正す。ホスト役の王族がゲストをほったらかして仲間内で遊んでいるなど、何と言う失態。


「これはレティシア様、失礼しました」

「いえ、とても楽しそうで、ラキウス様には仲の良いご友人がいらっしゃるのだなあと」


 レティシアは微笑んでいるが、その目が二人を紹介しろと言っている。確かに表敬の際にセリアには会っているし、ソフィアも少し離れて陪席していたが、どちらも紹介はしていなかった。


「改めてご紹介します。妻のセーシェリアです」

「セーシェリア・フェルナース・アラバインです。よろしくお願いいたしますね」


 まずはセリアを紹介する。それを聞いたレティシアは一瞬目を細めたが、すぐにまた笑顔になった。


「それではあなたがラキウス様の奥方様ですか。いや、噂には聞いていましたが、本当にお美しい方ですね。キャスリーンから、ラキウス様は、それはもう奥様を大事にしておられると聞いておりますが、納得です」


 何と言うことは無い言葉だが、どこと無く口調に棘がある。やはりオルタリア訪問を数か月に渡って放置して先に結婚したことを不快に思っているのか。しかし、それ以外の手段は取りようが無かったし、今の俺の立場では下手に謝罪などすることもできない。俺の謝罪は国を代表しての謝罪になりかねないのだ。なので、無視してソフィアの方の紹介に移る。


「そしてこっちが秘書官のソフィアです」

「ソフィア・アナベラル・カーライルでございます。レティシア様にご挨拶の機会をいただきましたこと、誠に嬉しく思っております」

「おや、女性が秘書官なのですね。でも、カーライル……ああ、宰相閣下のお嬢様ですか」

「ソフィアを秘書官にしてるのは、彼女の能力を評価したからであって、宰相の娘だからではありませんよ。まして男女は関係ない。彼女ほど宮廷の内情に詳しく、信頼できる人を私は他に知らない。彼女の名誉のためにもそこは訂正させて下さい」


 王国宰相を味方につけるために秘書官にしたと言われた気がして、たまらず訂正する。確かにカーライル公爵に俺の派閥に入れと言ったし、ソフィアを秘書官に出してほしいと頼んだ。だが、公爵の派閥入りとソフィアを秘書官に出して欲しいと願った理由はリンクしていない。あくまで能力のある人物が公爵の娘だったというだけだ。


「それは失礼。彼女を侮辱するつもりは無かった。許されよ」


 レティシアは俺の抗議に少し驚いたようだったが、意外とあっさり引き下がった。その後は少し世間話などをしていたが、頃合いと見たのか、彼女が例の貿易協定について切り出した。


「リドヴァル側はいつでも貿易協定を締結する用意があります。レオニード側はいかがですか?」

「我々も協定締結に異存はありません」

「それは良かった。それで協定締結の場所ですが……」


 来たか。これでオルタリアに俺が行くとなってはいけない。是が非でもアラバイン側で行わなければ。何なら、このレティシアの訪問中にやってしまおう。そう思ったが、彼女の提案は意外なものだった。


「ぜひ、ラキウス様の直轄領であるレオニードを拝見したいものです。いかがですか? 私がレオニードに伺うので、そこで締結式を行うのは」

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