第17話 リュステールの夢

「……リア、起きて、アデリア」


 声をかけられて目を覚ます。いけない、ついつい居眠りをしてしまったようだ。全く、魔族との戦いが続いていると言うのに。緊張が続きすぎて、つい一瞬の気のゆるみで寝落ちしてしまったか。


 顔を上げると、金髪金眼の男と美しきハイエルフが目に入る。


「ごめんなさい、寝てた」

「アデリアは豪胆だな。これからリュステールを相手にしようと言うのに」

「もう、アレク、からかわないでよ」

「ごめん、ごめん。少しは疲れ取れた?」

「うん、ありがとう」


 全く、アレクは優しいなあ。───私なんか眼中に無いくせに。テレシアしか見てないくせに。


「アデリア、大丈夫ですか? 今度の作戦はあなたにかなりの負担をかけることになるから心配です」

「大丈夫、大丈夫。この大聖女様にまっかせなさい!」


 テレシアに心配されてしまうけど、ついつい強がってしまう。ごめんなさい、あなたが本気で心配してくれているのはわかってるけど、素直にあなたを見ることが出来ない。もう、この3人が出会ってから10年以上。私なんか、後数か月で30歳になっちゃうのに、もっと年上のはずのテレシアの若々しさ、美しさは全然変わらない。前世でのスーパーモデルやハリウッド女優ですら足下にも及ばない程の美貌。ハイエルフってずるい。そりゃアレクだってテレシアに夢中になるよね。


 そのアレクは、テレシアにとても楽しそうに話しかけていて、テレシアもほんのり頬を染めている。ホント、美男美女でお似合いだよ。アレクも竜の騎士で寿命長いらしいから、まだ青年のころのような若々しさが残っているし。それに比べて私は───。


 テレシアと比べてしまうと自分が惨めになってしまうけど、ついつい比べないではいられない。顔は、もう言うまでも無いけど、胸は───うん、胸だけなら勝てるかな。アレクがおっぱい星人だったら、絶対に私になびいたのに、残念。だいたい、比較相手が間違ってるだけで、同じ人間相手だったら、私だってそうそう負けないんだからね。


「アデリア、ちょっと来てくれ」


 いけない、いけない。馬鹿なことばかり考えていたら、アレクに呼ばれてしまった。


「改めて説明するよ。リュステールから指定のあった場所は、あいつがかつて根城にしていた屋敷の近くだ」

「こないだアスクレイディオスを封じた館ね」

「でも、魔族から場所を指定してくるなんて、罠では無いでしょうか?」


 アレクの説明にテレシアが当然の疑問を挟むけど、それは無いんじゃないかと思う。あの魔族は、その辺、妙に律儀で、不意打ちとかしない奴なのよね。まあ、戦い方自体は、消えては突然現れてってだから、それは不意打ちと言わないのかと言われると微妙だけど。でも、アレクも同意見のようだ。


「それは大丈夫だと思う。あいつは真正面から戦うことが好きな奴だからな」

「ホント、魔族って言っても色々よね。色恋沙汰で殺しあった魔族までいるし」


 愛する人を殺されて、怒りのあまり相手を殺し、自らも死を望む、そんな魔族、人間と何が変わるというのだろう。自殺できないように編まれている魔族の体の術式を嘆き、殺してくれと懇願してきた序列第1位の魔族ラフィノールの姿を思い浮かべる。いけない、今は感慨に浸っている時じゃ無かった。


「とにかく、テレシアの力でアデリア、君の力を何倍にも引き上げる。それで空間を渡るあいつの魔法そのものを遮断するんだ。捕まえたら、俺とラーケイオスの力で葬る。それでも足りない場合は、君の力で封印してくれ」

「了解。封印はこれまでだって何度もやってきたし、大丈夫よ」

「頼む。リュステールを倒せば勝利は目の前だ。もう後はたいした魔族は残っていないからな」


 ああ、突如この世にあらわれた72柱の魔族によって、かつてこの地にあった国が失われて半世紀余り。長らく続いてきたこの戦いにも終わりが見えてきた。平和になったらどうしよう。───ダメ元でアレクに告白してみようか。振られることはわかってる。それはもう確定した未来だ。でも、今のままじゃ前に進めない。告白して、振られて、ヤケ酒飲んで、次に進もう。───そう思ってた。そう、思っていたのに───。






「ここはどこ⁉ みんなどこ⁉ 誰もいないの? ねえ、誰かいないの?」


 最後、封印しようとしたリュステールが笑ったのは覚えてる。その後の記憶が無い。気が付いたら真っ暗な空間にいた。光も無い。音も無い。自分が地面に立ってるのかどうかさえ分からない。暗い、暗い、それに寒い。


「ねえ、誰か、……アレク! テレシア! ……誰か、誰か……助けて!」


 だけど、私の声に応えてくれる者は誰もいない。私の声は、反響することも無く、ただ虚空に消えていった。





 それからどれ位経ったのだろう。1年? 10年? それとも数日しか経ってない? 昼も、夜も、それどころか音も光も何もない世界では、どの位時間が過ぎたのかもわからない。まったく刺激の無い世界に置かれると人間は数日で狂ってしまうと、前世、何かの本で読んだような記憶がある。今の私は正気なのだろうか。それとも、とうの昔に狂ってる?


 その時、彼方に何かの気配がした。声は聞こえないのに、私にはわかる。それが私を呼んでいると。心の中で残り少なくなった理性がささやく。「あれは近づいてはいけないものだ」と。だけど、私はもう耐えられなかった。私はその気配に手を伸ばし───。



❖ ❖ ❖



「……ール、リュステール?」


 テオドラの呼びかけにリュステールは我に返る。なんだ、今のは? 睡眠を必要としない魔族である自分が、あろうことか夢を見たとでもいうのか。それも、かつて取り込んだ自らの半身の記憶を。


「リュステール、疲れているのですか?」

「いえ、私は魔族ですから、疲れるなどありませんよ」


 覗き込んでくるテオドラにリュステールは淡々と返す。ただの契約主のくせに、まさか、体調でも気遣っているわけでもあるまい。


「まあ、それでもたまには羽を伸ばすことも必要かもしれませんね。今日は1日、王宮にいるつもりですし、あなたの護衛が無くても大丈夫です。どこか好きなところに行ってはどうですか?」

「いえ、あなたの護衛は契約のうちですし、離れている時に何かあったら」

「私に何かあれば、あなたは瞬時に戻ることができるのでしょう? 必要があれば呼びますから、今日は好きにしていなさい。これは命令です」


 確かに契約により、テオドラの身に何かあれば、どこにいようとも瞬時にテオドラの許に引き戻される。契約主が呼べば、物理的に声が届かないところにいようと、声も届く。


「畏まりました。それでは何かありましたらお呼びください」


 命令とまで言われてしまえば、リュステールには拒むことはできない。テオドラの許を辞し、さて、どこに行こうと考える。好きにしろと言われても、魔族の自分が何をするというのか。行きたいところと言われても、特には無い。アレクとテレシアが葬られた地に建てられた神殿は、ラーケイオスの暴走で崩壊して再建はまだまだ先だ。アデリアーナにあるらしい、自分の半身の墓になど行きたいとも思わない。


 思いを巡らすリュステールであったが、一人の青年の顔が思い浮かんだ。アレクと同じ金髪金眼の青年。アレクと別人であることはわかっている。でも気になる。あの青年は今は領主となってレオニードに着任しているのだったか。


「ちょっと覗いてみましょうか、レオニードを」


 そう一人つぶやくのだった。

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