第16話 オルタリアのお転婆姫

「何でだよ! 何でたかが一地方都市の商船ギルド同士の協定立会人に王女様が出てくるんだよ!」

「そう言われましても。王宮が決めたことですので」


 急遽呼び出したキャスリーンにまくし立てているが、悪びれること無く、反論してくる。


「地方都市と言っても、オルタリア側のリドヴァルは王室直轄領の街ですから、王族が出てきてもおかしくないですよ」

「いや、でも代官とかいるでしょ?」

「それも考慮した上で王宮が決定したことですので」


 クソ、こいつ、よくある「上が決めたことだから仕方ない、私は反対したんですけどね(棒)」で逃げる気だな。


「でも、レティシア様は第7王女ですから、王位継承権も高くないですし、そんな気にする必要は無いですよ」


 キャスリーンが弁解してくるが、少しも安心できない。それってつまり、王位継承権の高くない王女を俺に押し付けようとしているってことだよね。


 今回の立ち合いにはいろいろ問題があるが、最大の問題は、俺がオルタリアに赴かねばならないことである。調印式は本来、レオニードでやっても、リドヴァルでやってもどちらでもいいのだが、リドヴァル側の立会人が王女だと、そうはいかない。一領主が王族に対して自領に来いと言うことはできないので、必然的に俺が向こうに行くことになる。しかも王族を地方都市に向かわせるわけにはいかないと言う名目で、リドヴァルでは無く、王都であるオラシオンで調印式を行うことになる可能性が高い。


 そうなったが最後、国王への表敬だの何だの、相手側要人との会談がセットでついてくる。むしろそれこそが相手側の狙いと見ていい。協定調印式を出汁に俺を呼び出して断りづらい要求をしてくるに違いない。王女を押し付けるつもりかと言ったのも、これに含まれる。


 調印式の立会と言う名目だが、実質的にはお見合いの意味を持っているはずだ。のこのこ出て行けば、王女と面談した後、国王から「娘をどうかね」と持ち出されるわけだ。その申し出を断った場合、俺個人の結婚が外交問題になると言うことだぞ。そんな国家レベルの美人局とかやめてくれ。


 かと言って、今さら貿易協定の話を無かったことにしてくれと言うのも、立会人に王女まで指名してきたオルタリアのメンツを潰すことになるので出来ない。まさに八方ふさがりだった。






 キャスリーンと話していても埒が明かないので、彼女を退出させるとカテリナに指示を出す。


「まずは早々にソフィアに面談のアポを入れてくれ。それから、フェルナシアに連絡を取って、結婚式を可能な限り前倒ししてもらうこと。後、貿易協定の交渉を可能な限り遅らせるんだ!」


 とにかくセリアとの結婚を急がないと。オルタリア側も婚約段階ならまだ押し込みようもあるだろうが、流石に正式に結婚した後にそれを解消してレティシアと結婚しろとは言えまい。


「わかりました。しかし、貿易協定の交渉を遅らせると言っても限界がありますが」


 そう言われて、うっ、と詰まる。この世界、この時代では貿易協定と言っても、それほど細かい取り決めがされるものでは無い。うーんと唸ってしまったが、一つだけあることに気がついた。


「問題が生じた時に裁判権がどちらにあるかの取り決めがあるでしょ。あれを凄い細かいケースごとにどう考えるかってやれば時間が稼げるはず」

「了解しました。直ちに交渉に当たる文官に指示するようにします」


 全く、オルタリアめ。俺とセリアの結婚にちょっかいかけて来やがって。これ以上、何かしやがったら許さないからな!





 それから一週間。貿易交渉の引き延ばしはうまくいっているようだ。セリアとの結婚も一月前倒しができ、来月には結婚式を挙げることになった。それで俺はソフィアと面会している。


「全く、ラキウス君はモテモテですね。もういっそ王女様と結婚したらどうですか?」

「冗談でもやめてくれよ。俺がどれほどセリアのことを好きか、知ってるだろ」

「ええ、そんなに力説しなくても良ーく知ってますから安心して下さい」


 ───う、ソフィアがニヤニヤしている。そう言やソフィアにバカップルと言われていたらしいことを思い出した。一瞬、懐かしいと思ってしまったが、思い出に浸っている場合では無い。それはソフィアも同じようだ。彼女の表情が一転して厳しいものになる。


「さて、そんな重大なことを隠していた信義則違反については、オルタリアに抗議するとして、まずあなたはさっさとセーシェリアと結婚してください。可能なら明日にでも結婚して欲しいんですけど」

「流石にそれは無理だよ。一月後だ。それでも相当急がせたんだからな」

「仕方ありませんね。貿易協定の交渉も可能な限り遅らせていただいているようですが、交渉がまとまっても、渡航する許可が王宮から降りないとして、決してオルタリアに行かないようにしてください。抗議が来たら、全て王宮に言うように伝えていただければいいですから」

「助かるよ。俺だけだとオルタリアの王宮相手に対抗できない」


 王宮の助力が得られることになって幾分か気が楽になったが、ソフィアは依然として渋い顔だ。


「問題は、オルタリアが、レティシア様を側室でもいいと言ってきた場合です」

「まさか、いくら何でもそんなことは無いだろう。王族の姫を、他国のそれも一領主の側室になんて。正室にするのだって普通はバランスがどうこうって言われるのに」


 王族の姫を嫁がせるなら普通は同じ王族か、国内の有力貴族の正室にと言うのが普通のはずだ。他国の領主の、まして側室など聞いたことも無い。そんな国のプライドを貶めるようなことをするだろうか。


「それだけ竜の騎士であるあなたを味方につけたい、と思っていても不思議ではありません。それにそのレティシア様、言葉は悪いですが、オルタリア王室にとってはそれほど価値は無いのでしょう。元々、家臣への降嫁用に考えられていたと思います」


 確かに、第7王女だとその程度の扱いでも不思議では無いが、それはそれで、その王女様も不憫だな。自分の意思で結婚相手を選ぶこともできず、父である王の言うままに結婚か。まあ、貴族社会、特に上級貴族以上では普通の話ではあるけど。逆にその王女様はどういう人で、この話をどう思っているのだろうか。


「レティシア様ってどんな人なのか情報ってあるの?」

「あら、興味あるんですか? セーシェリア一筋とか言ってるくせに」

「そんなんじゃ無いよ! ただ、相手のことを知ろうともしないのも礼儀に反するかなって思うだけだ」


 またまたニヤニヤ笑いだしたソフィアに反論するが、肩をすくめられただけだった。


「そうですね。この王女様、あまり表に出てこないので、人となりは今一つよく分からないのですが、漏れ聞こえてくる話では『お転婆姫』という評判のようですよ」


 お転婆かあ。まあこの時代の感覚でお転婆と言われても、俺的にはちょっと元気とか活発とかいう程度かもしれないけどね。まあ、でも元気なお姫様なら、向こうもこんな話は迷惑だと思ってるだろうし、心置きなく、無かったことにしてしまおう。うん、それがいい。

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