第15話 オルタリアの使者
領主としてレオニードに着任してから3か月ほどが過ぎた頃、俺は突然の来訪者を前に困惑していた。
「久しぶりだな、キャスリーン。事前に連絡をもらえれば、きちんと出迎えの礼を取ったのだが」
「事前にご連絡して、出迎えの手間をおかけするのもどうかと思いましたので」
言外に込めた「突然、押しかけてくるんじゃないよ、馬鹿野郎!」と言う抗議を受け流すと、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。彼女の後ろには山と積まれた土産品の数々。オルタリア王国の参事官である彼女がどう言う意図をもって近づいてきているのか、ここは慎重な対応が必要だろう。
「さては、いよいよこの俺がオルタリアに通じていると言う噂でも流しに来たかな?」
「いえいえ、これは単なる領主ご就任のお祝いです。他意はありませんので、どうぞご笑納いただければ」
笑えねえよ。そこにカテリナが横から口を挟んだ。
「サルマ参事官、今回のご訪問の件、我が国の王宮は承知しているのですか?」
地方領主が外国の要人と会う。それ自体は禁じられているわけでは無いが、外患誘致の可能性もあり、王宮に事前に話を通しておくのが慣例であった。
「もちろんです。外務卿に話を通してありますよ」
───外務卿って、ソフィアの上司かよ。ソフィアはこの話を知ってるのだろうか。一方、キャスリーンはと言うと、話しかけられたのをこれ幸いとカテリナへの距離を詰めている。
「奇しくもカテリナ様は私と名前が同じ。ラキウス様の補佐官に同じ名の方がいらっしゃるのは偶然とは思えませんわ。是非とも仲良くして下さいませ」
いや、偶然だよ。確かに発音違うだけで同じ名前だけど海千山千のお前と違って、カテリナには裏表無いからな。そのカテリナはキャスリーンの申し出をニッコリと笑って受け流している。
「ええ、ラキウス様のお味方でいらっしゃるのであれば是非」
「もちろん、私はラキウス様のお味方ですわ。まずはサルマ参事官などと堅苦しい呼び名では無く、キャスリーンと呼んで下さい」
カテリナが言外に込めた「敵対したら容赦しないぞ」という脅しを当然分かった上でキャスリーンも受け流す。外交官と言うものはこういう人種なのだろう。どうせ腹の探り合いをしていても向こうの方が上手。ならば真正面から聞くしか無い。
「それで? 単刀直入に聞くが、今回の訪問の目的は何だ?」
「はい、オルタリアはレオニードと貿易協定を結びたいと考えております」
貿易協定───お互いの関税をゼロにして貿易を促進しようと言うことか。しかし、レオニードみたいな一地方領地と協定を結ぶメリットがオルタリア側にあるのだろうか。
「狙いは何だ? オルタリアに協定を結ぶメリットが無いだろう」
「それは、先行投資とお考え下さい」
「先行投資?」
「そうです。ラキウス様は一地方領主に収まる器ではありませんわ。いずれ王宮に然るべき地位を築かれると思っています。そのために早くから特別な関係を築いておきたい。そう言うことです」
何おべんちゃら言ってるんだか。だいたい俺はセリアとこの領地で静かに暮らしていくことが望みなんだぞ。だけど、そんなキャスリーンの見え透いたおべんちゃらに同調する残念な奴もいるらしい。
「キャスリーン様もそう思われますか! ラキウス様は絶対もっと偉くなられますよね!」
カテリナがキャスリーンの手をガシッと掴んで俺の素晴らしさを力説している。おおい、カテリナのポンコツ度が増してるんだけど。キャスリーンも若干引いているみたいで、頬を引きつらせながら「え、ええ、もちろんですわ」とか、適当に濁していた。
「カテリナ、落ち着け」
そんなカテリナの後頭部をポンと軽く叩いて黙らせる。痛くも無いはずなのにウルウルと涙目で抗議してくるカテリナを無視し、キャスリーンとの会話を続ける。
「先行投資と言うのはわかったが、それだけではあるまい?」
「ええ、もちろん。……レオニードはクリスティア王国とも取引がありますよね?」
「脅迫でもするつもりか?」
密貿易のことを持ちだされ、一気に警戒感が高まる。だが、彼女はニッコリ笑って首を横に振った。
「ご安心ください。我々も取引にかませてほしいと言うだけです。もちろん、レオニードの利益を損なうようなことは致しません」
「それを信じるに足る根拠は?」
「だからこその貿易協定なんですよ。レオニードの利益が我が国の利益に、そして逆もまた然りです」
考え込む。目の前の女の胡散臭さを除けば、話としては悪くない。だが、一地方領主に過ぎない俺が王国の頭越しに他国と協定を結ぶことを王宮がどう思うかという問題はある。
「キャスリーン、話は分かった。だが、俺はあくまで地方領主。オルタリアも協定を結ぶ相手が地方領主ではバランスがとれまい」
「我が国はそれでも構わないと思っておりますが」
「いや、バランスは大事だよ。そこでだ。徴税権を商船ギルドに委託して、商船ギルド同士で協定を結ぶと言う形にしないか?」
「ですが、それだとオルタリアも一都市しか締結できませんよ」
「構わない。一番大きな港湾都市が相手であればいい」
「後、ギルド同士の協定だと、問題が起こった際の強制力に問題が出ますが」
「それも問題無い。協定締結はあくまでギルド同士だが、権威がある者が立会人になればいい。レオニードでは俺が立会人になるが、オルタリアでも適当な人物の人選をお願いしたい」
「わかりました。本国に問い合わせて見ます」
キャスリーンは帰って行った。こちらの出した条件にオルタリア側が同意するかは五分五分だろう。条件を飲むならそれで良し、飲まなくても現状維持なのだから問題ない。
そう思っていたが、一月後、条件に同意した旨の親書が届いた。だが、その内容を読んだ俺は、親書を取り落とし、思い切り叫んでいた。
「あの
親書にはこう書いてあった。「オルタリア側立会人:オルタリア王国第7王女 レティシア・アルマ・セラ・オルタリア」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます