第18話 あなたに会いに

 今日は週末。この国では別に宗教に基づく安息日が定められているわけでは無いが、慣例的に、前世では日曜日に当たる「宵闇神の日」に休むことが一般的だ。ちなみに月曜日は「太陽神の日」である。海神信仰がさかんなレオニードでは、前世では水曜日になる「海神の日」に休む人も多いが、多くの人はこの宵闇神の日に休みを取っていた。


 と言うことで、俺も仕事をお休みして街を散歩───もとい視察中だ。領主の仕事にお休みは無いと言うことで、今朝も商船ギルドの幹部と朝食会がてら、徴税権の委託に関して大まかな方向性をまとめると言う大事な仕事をやったよ。で、今は、後の細かい調整をカテリナと部下の文官達に押し付け───もとい任せて、俺は領主として街の視察業務を遂行中だ。


 え、カテリナ達は休日出勤で酷いじゃ無いかって? 大丈夫、彼女たちには別の日に休みを取らせるから。前世、ブラック企業で過労死した俺はその辺、ちゃんと考えてるから。───もっとも、この国に労働基準法なんて無いけど。





 広場に出て見ると、特段お祭りがあるわけでも無いけど、それなりに露店の出店がある。広場の使用料を無料にしたから、出店希望が増えてるって、管理を委託した商業ギルドの職員が言っていたことを思い出す。出店拡大による経済活性化は狙いの一つだから、まあまあうまく行ってる方なのだろう。まあ、商業ギルドに所属していない商人からギルドへのみかじめ料は無くなっていないから、それほどドラスティックな改革でも無いが、商業ギルドを味方につけておきたい俺としては、これくらいがせいぜいである。


 さて、歩いていると、いつぞやの串焼き屋の親父が目に入ったので、最近の調子を聞いてみた。


「結構いいですよ。ご領主様が広場の使用料を無くしてくれたのもですが、城門での税が無くなったのが大きいですね」

「城門での賄賂要求とかは無い?」

「それは大丈夫ですがね、ただ、この売上税って奴ですか? 税率が低いのはいいんですが、計算が面倒なんですよね」

「いや、それ位はやってくれ。商業ギルドでも無料の講習を受けられるようにしてあるから」

「わかっちゃいるんですけどねえ」


 売上税は売り上げに定率でかかる税。仕組みはかなり簡単にしたうえ、税率も相当に低く抑えてある。 一応、それでも計算ができない人向けに、一定額を納付すればいいと言う制度も導入しているが、あくまで一時的なものだ。商業ギルドには予算を渡して、会計処理のやり方を教える講習会を開くようにしているし、少しずつ制度を変えていきたい。





 そんな話をしていたが、「領主様ー!」という可愛い声がして、トテトテ走ってくる音がする。振り向くと、これまたいつぞやの女の子が俺に向かって走ってくるところだった。おいおい、また転ぶなよ、と思っていたが、今度は転ぶこと無く俺の元にたどり着くと、「はいっ!」と小さな花を差し出してくれた。恐らくは道端に生えてるような花だろうけど、お礼の気持ちなのだろう。それが嬉しくて、花を受け取って頭を撫でてやる。女の子も嬉しそうだ。


 そこで、ふと思いついて、懐の革袋から、金平糖のような砂糖菓子を一粒、女の子に渡してあげた。女の子の顔がぱあっと輝くと、「領主様、ありがとう!」と言って、母親の元に駆け戻っていく。一粒だけなんてケチ臭いと思われるかもしれないが、この後起こるだろうことを予想していれば、そうせざるを得ないのだ。何しろ、見ていた周り中の子供たちがワラワラ寄って来て、「僕にも!」「私にも!」っておねだり始めるからね。


「はいはい、順番だよ。一列に並んでね」


 そうやって並んだ子供たちに砂糖菓子を渡しながら、こうした子供たちの未来を明るくできる領主になりたいと思う。今は即物的なご機嫌取りしかできていないとしても。





 子供達もはけたところで、その場を離れ、引き続き散策を続けていると、広場の片隅の方で、何やら人だかりがしている。人垣で良く見えないが、複数の男が誰かに因縁をつけてるようだ。聞くと、どうも男たちがナンパしようとした女から無視されて怒っているとのこと。ホント、何してるんだか。俺は周りの人達に断って、前に出た。


「なあ、無視すんなよ、姉ちゃん! 俺たちに付き合えって」

「そうそう、天国に連れてってやるからさ」


 聞くに堪えない言葉をかけているのは、冒険者風の男たちが3人。そのうち、巨漢の男がリーダー格らしい。その男の前に黒づくめの女がいた。黒い長い髪に───黒い大聖女のローブを纏った女が。


 お、おい、助けなきゃ───男たちの方を! このままじゃ彼らが天国どころか地獄に送られちゃう! 男たちは、自分が何に話しかけてるのか、まるでわかっていない。ハムスターが虎にちょっかいかけているようなものだと言うのに。俺は慌てて、彼らの間に割って入った。


「ちょ、ちょっと待った。この女、俺の知り合いだから」

「何だあ、お前、邪魔するつもりか? 貴族様だからっていい気になるなよ!」

「そうだ、ガキがいきがってんじゃねえ!」


 せっかく助けてあげようと割って入ったのに、思い切り罵声を浴びてしまった。何より、領主としてまだ顔を覚えられていないことを痛感する。一方、リュステールの方は、割って入ってきた俺を不思議そうに見つめていた。


「竜の騎士、あなたは何をしているのですか?」

「何してる?じゃねえよ! お前こそ何しに来たんだよ?」


 その問いにリュステールは首をことりと傾げると、呟いた。まるで自分でも何しに来たのか分かってないかのように。


「あなたに……会いに?」


 ハアアア? 何言ってるの、こいつ? 一方、男たちは、自分たちを無視して会話している俺たちに苛立ったらしい。


「おい、てめえ!」

「うるさい!」


 俺の肩に手をかけてきた巨漢の男をデコピン一発で吹き飛ばす。男は数メートル飛んで行って、気絶したようだ。全く、殺さないように手加減するの、大変なんだからな。他の男たちがたじろいだ隙に、俺はリュステールの手を取った。


「ここじゃ目立つから、別の場所に行くぞ!」


 抵抗するかと言う予想を裏切り、リュステールは素直に俺についてくるのだった。

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