第3話 叛逆者の運命
反乱に加担した陣営への処分が確定したのは、一週間後であった。
カーディナル侯爵とサルディス伯爵は死刑。両家は取りつぶしとなり、男は乳児に至るまで死刑。女は成人は死刑、未成年は貴族位はく奪の上、神殿送りとなった。事実上の幽閉である。それ以外の貴族たちも当主の交代、王室への高額の賠償金支払い、軍管区再編による実質的な領地内への王国軍駐留など、大きなペナルティが課せられた。
同時に、首謀者であったテシウス殿下の獄中死も発表された。毒を飲んでの自殺と言うことらしいが、果たして自分の意思で自殺したのか、死を賜ったのかは分からない。しかし、これで、アルシス殿下、テシウス殿下という、王太子候補を王国は二人とも失ったのである。結果として、王室、貴族双方に大きな爪痕を残し、反乱は終結した。
そして今、ここは監獄。
死刑を待つサルディス伯爵との面会が許され、会いに来たのだった。
伯爵は俺のことを覚えていた。恨み言を言われるかと思ったが、そんなことは無く、むしろさばさばとしていた。
「やあ、君か。全く、竜の騎士が相手側にいるとかついてなかったな」
「恨んではいらっしゃらないのですか?」
「君を? まさか。こうなることは覚悟の上さ。むしろ君には娘を助けてもらったらしい。宰相閣下に聞いたよ。君が必死に娘の助命嘆願をしてくれたと」
「……カテリナ様は尊敬する友人ですから」
伯爵と話をしていると違和感がある。やはりカテリナの父親らしく、真っすぐな人柄。それが何故あのような反乱に加担したのか。それもあんな雑な反乱に。
「伯爵は何故反乱に加担したのですか?」
「……そうだな。君はクリスティア王国との交易がどういうルートを通ってくるか知ってるかな?」
クリスティア王国はアラバイン王国の南にある王国だ。当然陸路しか無い。大陸を西回りでぐるっと回る海路も無いでは無いが、陸路以上の時間がかかる上に遭難などのリスクも高い。東回り海路は、時間的には最短だが、ミノス神聖帝国と敵対しているアラバイン王国は使えない。
「それはもちろん陸路かと。帝国側を回る東回り海路が使えるなら別でしょうが」
「それが使えるんだよ。クリスティア王国はミノス神聖帝国とも外交関係があるからね。クリスティアの商船が東回り海路で近くまで来て、その荷物を洋上で受け渡しするわけだ。要は密貿易だな。褒められた話では無いかもしれないが、それが領民の富を増やしているんだ」
そうか。つまり、クリスティア王国との密貿易の拡大、そのためにクリスティア王国とのパイプがあるテシウスの派閥に入っていたのか。
「テシウス殿下の派閥に入っていた理由は分かりました。でも、そうだとしても何故反乱など。それもこのタイミングで」
「それが、私にも分からないんだよ」
「分からない?」
「ここ1年くらいのテシウス殿下はおかしかった。アルシス殿下への憎しみを募らせ、すぐに勘気を爆発させていた。反乱自体もそうだ。蜂起計画そのものは、あくまで最後の手段として、以前から検討されていた。だが、アデリアーナでの襲撃は、わずか数日前に計画されたものだ。アルシス殿下のファルージャ訪問が公になってから計画された。雑にもなる。何故、ああもおかしくなってしまわれたのか。君が討伐したと言う魔族のせいなのかもしれないし、別の要因があるのかもしれない。私は最後まで殿下を止めようとして、結果、逃げられなかった」
そうだったのか。あの襲撃を止めようとして逃げられず、結果、反乱の中心人物として処刑される。何という皮肉だろう。
「君に頼みがある。私は先にも言ったように、逃げられずに反乱に巻き込まれた時点で覚悟していた。でも、娘には何の罪もない。助命のために努力してくれた君にそれ以上をお願いするのは虫がいい話だが、どうか、娘が理不尽な労苦にあわないように守ってもらえないだろうか」
「それでしたら既に。彼女は大聖女の側仕えとするよう頼んでいます。エヴァなら必ず彼女を守ってくれますから」
「そうか、竜の騎士と大聖女様が後ろ盾であれば、こんなに心強いことは無いよ。これでもう、心残りは無い」
伯爵は男泣きに泣いていた。
「最後にもう一つだけ。これを娘に渡してもらえないだろうか」
そう言うと指輪を渡してくる。指輪には紋章が刻まれていた。
「サルディス家の紋章が入った指輪だ。代々当主に受け継がれてきた。既に取りつぶしになった家、今や何の意味も無いが、形見として娘に持っていてもらいたい」
「必ず、必ずお渡しします」
伯爵の前を辞し、その足でエヴァの元に向かう。
「それで、この指輪をカテリナちゃんに渡せばいいの?」
「ああ頼む」
「私に頼むんじゃ無くて、直接渡せばいいのに」
探るような彼女の言葉に、首を横に振る。
「俺には会う資格なんて無いよ。だって、俺は伯爵を拘束した作戦の中心にいたんだ。その時、俺は『カテリナが不幸になるかも』ってぼんやり考えるだけで、何もその先の事を考えてなかった。伯爵が死刑になることも、カテリナが連座して死刑になるかもってことも何も考えず。あの時、俺がもっと、ちゃんと考えていたら……」
「何も変わらなかったわ!」
思いもかけぬ強い否定の声に驚いてエヴァを見る。彼女の、いつに無く真剣な目が、俺の目をまっすぐに見据えていた。
「あんたが何をどうしようと伯爵は捕まったし、死刑になったし、カテリナちゃんだって連座するの。だから……あんたが責任を感じる必要なんて、何一つ無いのよ!」
こいつ、いつも毒舌のくせに、こういう時だけ優しいんだ。いや、違うな。こいつはいつも優しかった。
「とにかく、この指輪は渡しておくわ。カテリナちゃんには、あんたはヘタレで会いに来れませんって言っとくから」
「ああ、それでいいよ。頼む」
伯爵たちの死刑が執行されたのは、その数日後だった。
王都の広場に設けられた処刑台。その公開の場で斬首された人々の遺体は、晒し物のように数日間放置された。俺は、夜の闇に紛れ、伯爵と伯爵の奥様の遺体を盗み出し、炎の魔法で焼いた。いつか、伯爵の名誉を回復し、きちんと葬ろう、そう心に誓いながら。
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